新世紀エヴァンゲリオン2 開発日記

第3話 たった一つの冴えたやり方
 その日の前日、我は酒を飲んでいた。
毎日飲んでいるので、これは間違えようがない事実である。

 その日も、社長と一緒に移動していた。
第1サンプルロムことテスト版を届けに、はるか東京から1000km離れたネルフ出張所熊本支部(仮)から来たのである。

 なぜ数年も前なのに社長と一緒に動いていたのを覚えているかというと、前日一緒に飲んで、そのまま朝まで飲み続け、空港で迎え酒を飲みつつ東京に来たためであった。
 迎え酒とは二日酔いで気分が悪い時にそれを迎撃するために飲む酒である。森林火災を消すのに向かい火を使うのに似ている。

 ああ、実際のところ、その日は忘年会の翌日であった。
酒は二人で30リットルくらい飲んでいたと思われる。惨状がいかほどかは、読者諸兄、諸姉のご想像にお任せするが、勝ったのは常に我であると言い添えておく。何に勝ったかは機密なのでお教えできない。

そうこうしているうちに、バンダイにつく。

バンダイの岡本氏が、「いつになく社長が本気の目をしてますね」と、頓珍漢な事を言う。

 目がすわっているだけだ。
というか、頭がガンガンするのでしゃべるのはやめれ。
と、念波を送る。が、効いた風な感じではない。

 岡本氏は神妙な顔をすると、
「分かりました。精一杯評価させていただきます」
と言った。

 バンダイを出たのは4時過ぎであった。これから、数時間泥のように眠った後、東京忘年会と称して朝まで飲むのだ。かくも楽しい酒との日々。もちろん初心者には到底お勧めできない。
 ああ、もちろん未成年者は絶対だめだ。未成年者で酒を飲んでいると肝臓がやられる。我の知り合いもこの年に至るまで2名ほど死に、3名ほどが事実上死んでいる=酒ドクターストップである。今更我の生き方も過去も変えられない、我も酒で破滅する。が、我に続く誰かの人生は修正できるかもしれぬ。
 ミサトさんや我が酒好きなのは他に愛するものが何もなかったからだ。人生のどこかで酒以外をなくしたんだな。若いもんはその辺、勘違いしないように。

 さて、その日の夜、どういうわけだか、飲み会の席でバンダイ社員の姿を見ることできず、社長と不思議に思う。
 岡本氏も基本属性は我らと同じ闇の眷属=酒で破滅コースなので必ず飲み会にくると思ったが。まあ、いいか。

 翌日朝、社長と二人で天を仰いで睡眠不足をつくりたもうた神に呪詛の言葉を投げかけていると、電話が来た。

 着信音はサンダーバードのテーマ。つまりはバンダイであった。
我は社長と無言のジャンケンをしたあと、電話をとった。負けたのではない。転進である。
「こちら、国際救助隊、公安Q課」
「岡本です」
「どうしました」
「評価版遊びましたよ」
「酒飲まんでやってたんですか」
「どうせ彼女はいませんよ」
「そういうひねくれ方をするプロデューサーはロクな奴になりませんぜ」
「結構です。俺は仕事に生きるんです」
「不良社員が急にそんなこと言うと、電話ボックスの中で射殺されますよ」 
 社長はジェスチャーで何事かを伝えている。うなずく我。

「んで、どうでした?」
「んーまー、5時間やらないと面白さが分からないのはどうかなーと思いますよ。これは今後の課題ですねぇ」

 岡本なる人物は悪いことは結論から言うが、いいことは遠回しに言う。そんなんだから彼女が出来ないのだよ。
 という思いはさておき、我はすかした声を出した。社長、席を立つ。
「ということは、どういうことですかね」
 受話器の向こうで声が揺れた。笑ったらしかった。
「OK、レッツゴー。僕はあんたらに賭けます。今後はきびしくやりますよ」

 社長が買って来た缶ビールを我によこした。二人で乾杯の真似をする。
「なるほど、じゃあ、さっそく作戦会議ですな。ああ、いいワインを出す店を見つけてですね」
「そうですね。やっぱり」
 先程までの威勢はどこにいったのか、その声は沈んでいた。

第一部 完。



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'3' 2003.12.12.Fri. 



第2話 聖なる侵入
 アルファ・システムは酒飲みと美食の殿堂である。
昔、これで美女がいれば最高だと社長が発言して、女性社員たちにめった打ちされたことがある。

 我は知っての通り、勝負事>酒>女と、正しいサラリーマン道を歩んでいるので、仕事してください以外の文句は来ないのである。まさに、我に死角なし、である。

 勇者岡本氏が来ると聞いて、我々は全員が戦闘員のごとくケー! と叫んで迎撃準備である。魔王の城に乗り込む勇者岡本の図である。

 もはや仕事どころではない。

 社長と共に昼食を摂り、ビールを飲む。
社長:「岡本さんはハンディ10ですか」
芝村:「いやいや、20でしょう」

 ハンディキャップとして事前に飲んでおかないと公平な勝負にはならないというのが魔王の城のプライド、もといアルファのフェアプレイ精神である。20だから2リットルである。

 こんな人達でも結婚して自社ビル持てるから日本経済は明るいのである。なぜなら我が心には希望があるから。人はそれさえあれば、月にだって行けるのだ。

 さて、岡本氏が遅いので我々二人で仕事していると、連絡が来た。
どうやら渋滞に巻き込まれたあげく、アルファのセキュリティに引っ掛かったとの報告である。

 元々ネタ系だと思ってはいたが、まさかここまでとは。

 仕方ないので会議室に通して突っ込んでやることにする。

社長:「岡本さん、なかなかやりますね」
岡本:「いやー、ミサイルでも作ってるんですか、ここで」
芝村:「いえ、にゃんにゃん共和国のアイドレスですが」

 また静かになる場。
もういやだ。俺は東の果てあるという漢達とギャグだけの大陸に行きたい。

 一転してまじめな話をする。アルファはゲーム業界のどん詰まりの辺境にあり、ここにはさまざまな理由で関東や大阪、福岡では開発不能な案件だけが流れて来る。
 例えば、極端に短い納期。例えば、誰も見たことのないゲームの製作依頼。例えば、特許回避依頼つきのタイトル。技術的に不可能だと決めつけられたカードゲームなど、おおよそ我らが最後の砦として奮戦せねば永遠に世に送り出されないであろう誰かの夢ばかりである。

 世間一般ではそれを不良案件ともいうが、我々の美学は、今、捨てられようとする誰かの夢を法外な金をふっかけてかなえるこの一点にある。

 このため、中には起死回生の一撃として開発を依頼して来る会社もあるし、大手メーカーやライバルハードメーカーの人同士が隣の会議室で商談していることも、決して珍しくはない。まさかの秘密会談が1時間500円で、会議室ごと貸し出されることもある。このため神経質なぐらい機密保持には気をつけている。酒にとんでもなく強い人間がそろっているのは、酒の席で致命的な情報漏洩を防ぐためである。

 と、私が熱く語っていると、社長と岡本氏は既にPDAの話などをするのでがっかりである。

 仕方ないので、本題である評価版の話をする。
ようするにアルファが言うことは、ホントにできるのかを実証するための試作版である。試作版だから長い時間はかけないし、評価する方も相当割り引いて評価するので、さほどこの段階で恐怖することはない。
 まじめに企画書を書いて、設計・施工していればなんの恐れもなく通過する話である。

 今回はフレームそのものが操作系でありAIでもあるIM(インテリジェントマテリアル)の実証実験である。いつか岡本氏と組むことになるかもしれない究極のゲームシステム<オサム1>システムの原型にあたるものである。

 話は20分で終わり、茶飲み話をする。まあ、仕事などそのようなものだ。岡本氏はあまりのスピーディーさに落ち着かない様子である。馬鹿相手に調子に乗ることもなく、自分の仕事を検討するのはいい社員である。バンダイはまじめでいい会社というところか。少なくとも社員教育はなっている。いや、この人の個性かもしれないが。

岡本:「あのー。観光客扱いしてませんか?」
芝村:「いえ、酒のみ競争の対戦相手です」
 我がそう言おうとすると、社長がテーブルの下で我のすねを蹴った。
敵前逃亡のチャンスをつくるな、である。そう、勇者の最後は敵前逃亡で銃殺よりも戦場で雄々しく散るほうが似合っている。

 我はにこやかに笑ってみせた。せりふを練り直す。

芝村:「んなことあるわけがないじゃないですか」
岡本:「なんで棒読みなんですか!」

 そして、社長と共に岡本氏を挟んで立ち上がると、そのまま戦いの舞台に行った。男が相手だとむちゃ出来るので大歓迎である。


次回
「たった一つの冴えたやり方」

お楽しみに。



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'2' 2003.12.12.Fri. 



第1話 ドア達が挨拶する男。
時に西暦2000年
東京都中野区
以下、敬称略。

 ビールがうまいと思える夏に、事実上はじめて岡本なる人物と会った。
場所は当時バンダイのゲーム関係を扱う中野区のビルである。
 岡本氏はバンダイの社員であり、有り体に言えば年齢の割にうだつがあがらない奴であると芝村機関から一般情報を受けていた。
 私は仕事柄、はじめて会う人に関しては必ず情報を集めて勉強しておくことにしている。

 今回は社長の随員として登壇である。

 単純に言うと、バンダイとアルファシステムの商談のために東京にやってきたのである。
 今回運が良ければ一緒に仕事することになるだろうとアナウンスを受けていた、バンダイ岡本氏とはここで初遭遇した。彼はプロデューサーである。

 岡本氏はアルファ・システムと付き合うのははじめてではない。「ネクストキング・セガサターン版」で、アルファは一度世話になったことがある。
 もっとも、岡本氏と我が直接会ったことはない。ネクストキングの頃の我は諜報網の構築に忙しく、とてもゲームの話どころではなかった。

 2000年時においてはガンパレの評価が定まってない頃であり、我はまだ存在そのものが最高機密扱いになっていた。この件に関しては以下のやりとりがある。

「社長、影武者+トラップB名刺でなくていいんですか?」
「かまわん」

 これで決った。ひさしぶりに正式な名刺と素顔で表に出ることになった。

 ちなみに正式な肩書きは
「第4世代型パワードスーツ開発部特命部長 芝村裕吏」
である。
 この名刺を出した時の岡本氏の表情は忘れられない。
文学的な表現をあえて排除すれば

「ああ、ヤバイ人だ」

と目で語ったのである。我はこれが社命であることを言おうとしたが、途中でアホくさくなり、やめた。
 こうしてキャラは作られていくのだろうなと思った。

 この出会いの前、4月29日に企画書の依頼があり、我は岡本氏に対して企画書を送っている。
 依頼の内容はEVAゲーの決定版を出したい。ついてはアルファの目茶苦茶なセンスを期待しているので常識を壊すようなことをやってください、とのことだった。

 我はこれに対し、
アルファは数学的かつ常識と良識で形成される会社である。おっしゃるような目茶苦茶なものなど、なにもない。

 と、返答している。
この時のメールの返事は

「それです。その目茶苦茶な回答が欲しかったんです。これだこれだ」

である。だから俺は常識で語ってると言っているだろうが。と怒った覚えがある。
 が、しかし、岡本氏はどういう訳だかいたく機嫌が良く「天啓ってあるんだなあ」と非科学的な返事を出してきて我が社を騒然とさせた。

 さて、この要請に対して企画書を送ったところ、サブジェクト名「これは宇宙語でしょうか」「でも面白いんで話すすめましょう、解説お願いします」と、メールがあり、ついてはこの顔あわせになった次第である。

 企業と我を捕まえて宇宙語はなかろう。いや、宇宙人語だったかもしれないが、どちらにしても常識と良識の代理守護者と日本人をつかまえておいて失礼な話である。
 これで会社的に問題にならなかったのはアルファの社長、佐々木哲哉が

「いやまあ、俺も芝村を最初に見た時はそう思った」

 古参の企画部員櫻井の

「俺は未来人だと思ったね」

と、口々に社内で裏切りが発生したためである。
 あ、いや、その後呑んだ席で「我は常識人だ。俺の目を見ろ。さあ、見ろ」と岡本氏には詰め寄った覚えがあるので、問題にしなかったわけではない。


 さて、岡本氏とバンダイに出した企画だが、この名を「仮称エヴァンゲリオン」という見たままのものであった。しかし、大事なのは名前ではない。中に搭載された機能とメカニズムである。
 この中には2000年最高のゲームシステムとして設計されたものが入っている。

 基礎技術=メインエンジンはカレル3。
 カレル2=<ガンパレに搭載されていたAIシステム>の後継にして、新たに建造しなおした、新たなるアルファのフラグシップシステムである。
 カレル3はPS2用に新規建造された全域同時性をもつゲームシステムである。
 無矛盾に同時描写して応答の大部分をシナリオではなくコンピューターに委譲した、カレル2譲りの応答性はそのままに、さらに一瞬の描写ではなく”流れ”という概念に着目して、より自然な行動描写能力を形成したものである。

 この他、後のnew−システムとは違う、作家性という観念で新たに設計されたゲームマスターAI、構造そのものがAIになっているAIフレーム、10000を越える記憶受容体を駆使した思考の連続性など、当時最高の技術の数々をつぎ込んだつもりである。

 そしてエンジンの性能を引き出すようにして作られたのが、これぞエヴァンゲリオンと言われるために設計した「システム名E」すなわちエヴァフレーバー復活計画とその実行システムEである。
 フィルムと当時の雑誌、ネットから復元したあの当時のEVAの雰囲気と感覚を再現するゲームシステムである。

 だがそんなものは、所詮前座に過ぎない。
 特筆すべきは(長いので省略、1時間分くらいある)

 と説明し、そのためにドンっと、「カレル3への招待」とギャグセンスの足りないと言われる我にしては愉快な題名をつけた書類を出した。

 あの時、なぜだか場が暗くなったのだが、あれはなんでだろうと今でも思っている。我としてはあそこは盛り上がる場所だったはずなんだが。

 まあ、それはさておきと、イマイチふに落ちないセリフで話が打ち切りになり、そのまま、とりあえず制作しましょうという話になり、我は進む商談をつまらなさそうに聞いた。
 まあ、応答は予想範囲外だったが、展開は予想通りということで、その日は納得した。

 岡本氏と、その時同席したスタッフ達とはそのまま酒を呑みにいった。
向うが食事に行きましょうと誘ったのである。

 この時社長は爆笑した。そして口を開いた。

「僕たちに食事などと言う婉曲的な表現は存在しませんよ。呑むんですか、どうすんですか?」

 岡本氏は言った。
「いや、まあ、飲みますよ」

 社長は真顔でいった。。
「アルコールファンシステムの社員とその統領を捕まえて良く言った」

 一方、我はこの言葉を聞きながら、岡本氏という人物に初めて好印象を持った。
 この時点で我の気持ちは、岡本氏をプロデューサーとして認めよう、である。ゲームのために命(急性アルコール中毒)を賭けられる人間はざらにない。貴方は我らを使うに相応しい。

 その夜、業界にあまねく知れ渡る伝説のアルコールエリート達の輝きを彼は見たに違いない。

(続く)

次回予告
第2話 聖なる侵入
「へっ、勇者様がきたぜぇ?」
「あぁん!?」



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'1' 2003.12.12.Fri. 






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