バカは、そうバカは!
 バカは故に、式を使うのだ! バカだから!

 夜が暗ければ暗い程、闇が深ければ深い程、バカはそれが嫌なのだ。
損得その他は関係ない。嫌だから嫌なのだ。暗いところより明るいところがずっといいと。



玖珂は。

 玖珂光太郎は血を吐きながら目を爛々と輝かせると、ゆっくり立ち上がりながら口を動かした。

ザサエさん……!

淡く輝く長い髪を振り乱し、巨大な肉切り包丁を構えた式神が、玖珂光太郎を護るように現出する。

 絶望を前をしてもなお凛々しい式神の横顔を見て、小夜の胸の奥が、小さくうずいた。
ザサエが幸せそうに見えたからだった。

 口に流れる血も拭かず、玖珂は優しく言った。
「おいたが過ぎたなこの悪党。俺の名前は玖珂光太郎。悪をふっとばす少年探偵」

これが最後だ。

……ザサエさん……GO!

玖珂が走り出すと共に、ザサエが、跳んだ。

敵弾の数々をことごとく避けながら、玖珂は雄々しく叫んだ。

「昭和生まれがいつまでも大きな顔すんじゃねえよ! 時代は先に進んでんだ!」



「やれやれ、とんだ茶番だな」
 日向玄乃丈は、帽子を押えながら式神を出した。いかずちのたま、雷球。

「だが手伝うよ、坊や。俺もそういうのは、嫌いじゃない」

 口を細めて、日向は式に命令を下した。
「シャゥ!」

 3つの雷球が、まばゆい光を出しながら伸びる。

「どうして私を攻撃するの?」

 死んでしまった恋人の顔をした大蜘蛛が、そう言った。
雷球を指で自在に操りながら、日向は微笑んだ。

「昔のことばっかり気にしてたら駄目だと、そう教えられたのさ」

雷で輝く手を、胸元に寄せる。

「想い出はこの胸にある。他にいるのか? この俺に」

「友情があります」
 糸目の金は、ギターケースから長い仁王剣を取り出して言った。

「忘れてもらっては困ります」



「ミュンヒハウゼン!」
「はいでございます。お嬢様」
「衛星レーザー用意!」
「はっ」
「くだらんナルシストどもごと、焼き殺せ」
「お嬢様の趣味かと思いましたが」

 ふみこは一瞬だけ遠い目をした後、少しだけ笑った。

「私の? はっ、私の趣味なら生き残るでしょうよ。攻撃せよ!」
「かしこまりました」



天からの光の柱が次々と落ちる中で、小夜は顔を上げた。
 肩にとまる光鴉が、くぁと鳴いた。

「お前は行けと言うのね。ヤタ」

光鴉は首を振った。

 小夜は、少しだけ頬を赤らめた。
「お前はあの人の元へ行けというのね。ヤタ」

光鴉は二回うなずいた。
 翼を広げ、降り注ぐ弾幕から呪者を守る。
「無礼者さんなのに……」

 玖珂は、文字どおり最後の力を振り絞って戦っていた。
雄たけびをあげて、周囲の仲間がいることも忘れ、ただ己の本能が叫ぶままに戦っていた。

 なんのため? この人は何のために戦うのだろう。

それにあの式。食人鬼の分際でなんと美々しいこと。
 妻が夫によりそうごとく、包丁を振るい、血を浴びる。
ザサエは大蜘蛛との戦いの中にあって、幼妻のように優しく玖珂に微笑みかけた。

 小夜は、言い訳のように言った。
「あの人は、自分でだってわかってないのよ。それに、」

 下を見る。
「それにあの人は、式に好かれてる」

大蜘蛛の脚の真ん中から人の口が開く。翠色の弾を吐いた。
 それを避けながら、玖珂は小夜の手を乱暴に引いて引き寄せた。
二人の横を弾が飛んでいく。

「戦うんだろう。世界とやらのために」
「は、はい」
「だったら、ぼおぉっとしてんじゃねえよ。拳を握れ。歯をくいしばれ」
「はい……あの……痛い」

 玖珂は手を離した。小夜の細い腕に、玖珂の手の痕がくっきりと残っていた。
気まずそうに敵を見上げる玖珂。歯を剥き出しにする。

「気にくわねえんだよ、何もかも。女が殺されなければならんのも、訳の分からん城で人が踏み潰されなきゃならんのも! お前が死ななきゃならんのも、何もかも!」

 玖珂は怒っていた。それはさながら純粋な炎のごとく。その横顔を見ながら小夜は考える。

 本物の人類の決戦存在は、人が育てうるのか。
本当に世界が危機を感じ取れば、それは世界が勝手に生み出すのではないか。
 世界は問答無用で理屈も理由もなにもなく、一人の心の中にあしきゆめと本来戦うべき存在を出現させるのではないか。燦然と輝く何かを。



「俺は納得してねぇぞ!」
 玖珂は叫んだ。 叫びは光のようだった。

「俺が納得してねえことを、誰がやろうと見過ごせるか! それが本気だろうが!」
 玖珂は、どんどん強くなるようだった。
傷を負うごとに学習しては、その動きを速くする。

 絶対にさばけないと思った攻撃をあざやかに避け、トラップボムで脚の一本をふっ飛ばした。

「無駄よ。それくらいでは私は死なない。勝てると思ってるの?」
「勝つか負けるか知ったことか。俺の勝手だ。お前はムカツクからふっとばす!これは俺の戦いだ!」

「そんな動機でやられたら、たまらないわね」
 怜悧な笑い声をあげ、大蜘蛛についた女の顔は言った。

「さあ、たのしませなさい!」

 一斉に吐き出される何万の針のようなものが、不意に叩き落とされた。

「敵はコータローさんだけではありませんよ」
「まったくだ」

 仁王剣と雷球が、叩き込まれる。
「いつも通り作戦があるんだろう。坊や」
「時間は稼ぎます。コータローさん」

「へっ。すまねえな、親父ズ」
「ほっとけ」「ほっといてください」

 玖珂は怪我だらけになりながら少しだけ微笑むと、顔をあげた。

「ふみこたん、ふとくてでかいのたのむ。俺の後ろに」
「このエロガキが」
「それしかねえんだよ」

「そう、じゃあ、後でブタのように泣いて懇願なさい。許してくれと」
「考えとくよ」

 ふみこは笑うと手を組んで呪文を唱えあげた。
衛星レーザーが降り注ぐ中、炎が一斉に燃え上がる。

「我は呼ぶ、地獄の炎!」

炎が走り、爆発が起きる。一瞬の無風。

「それぐらいの火力で私に勝てて?」
「まったくだ」

 遅れて怒涛の爆風がせまる。
玖珂は背中で爆風を受け止めると、そのまま押されて恐ろしい勢いで走り出した。
小夜をかばっては抱きしめる。走る背中に、いくつもの破片が刺さった。

「言い忘れていたことがある。こいつは俺の戦いだ だがな」

 この一撃だけは、世界のためだ!

玖珂は最後のトラップボムを爆破させると、さらに爆風を利用して前に飛んだ。
 一瞬だけ人は、空を飛んだ。翼もなく。

「いけ」
 空中で小夜を離すと、玖珂は笑って落ちていった。

すべてはただこれのための伏線であった。

 小夜は腕を可憐に振ると光の鴉の名を呼んだ。

「ヤタ!」
 怪鳥が叫ぶ。翼が青い光の刃になって小夜のまわりを回った。

「今になってやっと分かった。 お前を倒すのが、誰かということを」

小夜は空中で髪を揺らしながら蜘蛛に言った。

「それは、明日よ。明日はお前に汚されることを望んでいない」

「沈みなさい。あしきゆめよ」

 光の鴉の翼が、女の顔をずたずたに切り刻んだ。

爆発が、起きる。