「んーどうするかだな。」
 なんとか公園に入りこむことが出来たものの、さてどうやって人質を助けるんだ。
玖珂光太郎は植え込みにまぎれて公園の中央を見ながら、自問自答した。

 公園を占拠した殺人人形達の目をそらすか。
あーくそ、俺は複雑なことが嫌いなんだよ。

 玖珂光太郎は英語のテストをやっていて途方にくれたことを思い出した。
その背後に、二つの人影が現れる。

「イテッ!」
 玖珂光太郎は後頭部をこづかれた。

「まだ懲りてないのね、少年」
「ふみこたん?」
「その言い方、気に食わないわ」
「でも、イテテ」
「なにかしら」
「ふみこたんって呼ぶ方がかわいいじゃん」
 ふみこは少し考えた後、それはそうかもしれないと思ってそれ以上の追求をやめた。
400歳になってもかわいいと言われるのは悪い気がしない。



「それと、そんな風に色々顔を突っ込んでいると、そのうち死ぬわよ」
「顔をつっこんで悪をふっとばすから悪をふっとばす少年探偵なんだ」
「それで死んだら死んだ悪をふっとばしていた少年探偵になるわよ……とはいえ」

ふみこは良く見れば笑っているように見えなくもない表情で玖珂を見下ろした。

「でも、今回はお互い出番なしね」
「なんで」
「あの娘が出てきたから。今回はこれで終りよ」

 玖珂は、遠くに見える小夜を見た。 面のような冷たい表情で、周囲の殺人人形達を見ている。
 小夜は何事かをつぶやくと、腕を伸ばして怪鳥ヤタを呼び出した。
青い炎をあげて光の鴉が飛び始める。

「あれが?」
「知ってるの?」
「コーラ飲んだことない奴だろ」
 ふみこは、玖珂光太郎のまじめそうな顔を見た。
玖珂は二度うなずいた。いたって本気そうであった。

「あの女が? ボケる以外になにか出来るのかよ」
「あの女が、人類の生んだ最高の魔道兵器よ。人類の敵と戦うために人に作られた人。アリにとっての兵隊アリのようなものよ……人類の敵と戦うために育てられ、戦いが終れば土に帰る。神々を狩り、死ぬために戦う人であって人でなきもの」

「……女だぞ。昭和生まれかも知れないが、俺とたいして歳がかわるわけじゃない」
「年齢も性別も関係ないわ。兵器は敵を殺せればそれでいい」
「ふみこたん、あれは人間だ。困っていて、照れていた。兵器じゃない」
「兵器よ。道具でなければ、まともな人間はあんなことやれないもの」



 小夜は、表情一つ変えずに、人質ごと、光の鴉で殺人人形達を両断した。
殺人人形達の怒りの声を無視し、敵の只中に死と破壊を撒き散らす。

「わかったでしょう。帰るわよ」
「まてよ」

 ふみこと老執事は、立ち止まった玖珂光太郎を見た。

「俺は納得してねえぞ。なんだ、その割りきりは!」
「昔から決まっているのよ。あれが出てきたら、終りなの。人質もなにもないわ。そして人類の敵は心の底から学ぶのよ。どのような方法でも人間を屈服させることは出来ないと」

「知ったことか!」
玖珂は叫んだ。

「すると何か? あの女は、自分を道具と思いこまされて、人質ごと殺すのを容認してるのか? ええ? 役目が終れば自分も死ぬからオッケーだって?」
「そうよ。 事が終るまで警官隊も来ないでしょう。そういうことよ」
「ふざけるな!」
「うるさいわ」

 わずらわしそうに手で耳を塞いだふみこを、玖珂は目を血走らせて見た。

次の瞬間、公園の中心部に目をやり、戦う小夜を見る。

 玖珂は歯をわななかせると、駆け出した。
くそが、くそが、くそが!



「人類の決戦存在が出てこられましたのに、あの少年は何をされているのでしょう」
「あの子には、人類の決戦存在なんて、見えていないわ」

 老執事ミュンヒハウゼンの言葉に、ふみこは計画通りという風に返した。

「あの子に見えているのは、変な服を着た、ただの少女。あとは人質ね」

 玖珂光太郎は訳の分からないことを叫ぶと敵の真ん中に踊り出た。

「人類の決戦存在がどうとか、魔術がどうとか、血がどうとか、自分の実力も、未来のことも関係ないのよ。あの子には」

ふみこは、野菜を八百屋で値定めするかのように言った。
 玖珂は拳で人形達と戦っていた。殴り倒す。人質や小夜をかばうように手を交差して立った。

「あの子に重要なのは、一人の少女が一人で戦うのを見ていられないだけ。……あの子は、たぶんそれだけを理由に命を賭けて戦えるわ」
「気に入っておられますな。お嬢様」

 ふみこは眼鏡をかけて、その表情を隠した。

「まさか。趣味じゃないわ。もう10年長生きできたら、抱かれてもいいけど」
 ふみこは少しだけ微笑むと、眼鏡を指で押して箒に乗った。

「でも、我が皇帝にも、我が総統に似ているわ。ミュンヒハウゼン」
「準備は出来ております」

「よし。友軍を助けよ!支援砲撃用意!一斉射」
「ははっ。衛星レーザー用意!一斉射。精密射撃」

 ミュンヒハウゼンに微笑むと、パンツァーファウストを膝の上に置き、ふみこと箒は恐ろしい勢いで戦場へ飛んだ。
 三つ編みが暴風に揺れる。

 いくつもの屋根の上を派手に越えて、一人の魔女がパンツァーファウストを構え、照準を合わせた。ふみこは優しい魔女の微笑を浮かべる。

 照星の先に玖珂光太郎がいたのだった。引き鉄を引く。

「撃て!」
「おわぁ!」
 玖珂は派手に吹っ飛んだ。天空から光が落ちてきて、背中の方で大爆発が起きたのだった。 遅れてロケット弾が着弾し、爆発する。人形がいくつかなぎ倒された。



「それぐらいで情けない声をあげるとは、男の磨き方がなってないわね」
「ふみこたん」

玖珂の前に現れた魔女は髪をわずらわしそうに振ると、玖珂を見下して告げた。
「戦いなさい。男は死んで名をあげるものよ」

 玖珂はふみこの冷たい表情を見た後、表情を隠して鼻の頭をこすった。
「へっ、こんなところで死んでたまるか」
「そうね」

 ふみこは玖珂を冷たく見下ろして言った。
撃った後のパンツァーファウストを捨てMG34を肩からぶらさげ、弾帯をさげていた。
 腰のホルスターからルガー拳銃を取り出し、投げて寄越す。
「銀の弾丸が入っているわ」
「いらねえよ」
「さっきも言ったでしょう兵器に呪われた帝国もなにもないのよ。お馬鹿さん」

「……銃を使うのは親父が嫌いなんだよ」
 拳を握る玖珂の横顔は、父親に良く似ていた。

「人を傷つけるなら、自分も痛いほうがいいって言っていた」
 父親が嫌いな少年は、そう呟いた。

「だから俺は拳でいい」

 玖珂光太郎は学ランを脱いで拳を握った。
なぜだかその姿はひどく荘厳で、神聖なもののように見えた。

その肩越しに美しい女食人鬼が半実体化する。
 食人鬼は玖珂光太郎の拳を愛するように頬を寄せた後、ふみこに向かって哀しい目で頭を下げた。
 好きにさせてくれと、言っているようだった。

「好きになさい。……それから」
「なに?」
「あなた、見えてないの?」
「なにが?」

 玖珂の不思議そうな顔に美しい女食人鬼は微笑んだ。
ふみこは何の表情も浮かべずに玖珂を見下ろした。
「その霊感のなさは驚嘆に値するわ。まあいいわ。戦いなさい。ネクロマンサー以外で食人鬼の精霊を配下にして戦った例がないわけじゃないもの」
「なんか訳わかんねえけど、サンクス」

 玖珂はそういうと、美しい女食人鬼と共に走り出した。
ここまで走ることが似合う男も少なかろう。



突き出される人形の腕を掻い潜り、玖珂は拳を叩き付けた。
拳を切りながら人形を叩きつぶしていく。
 その拳に霊がついていた。美しい女食人鬼だった。
小夜が目を細くする。光鴉のヤタが肩で鳴いた。

「あれは、死と飽食の悪霊?」
「今はあの少年を守っているわ」
「そんな。あの人には魔法の力が見えません。術式だって目茶苦茶で」
「原初の魔術師は、呪文や魔法陣を使って契約を結んだわけではないのよ」
 玖珂の拳に、食人鬼の手が重なった。

「原初の魔術師は、ただその態度だけで精霊を従えたわ。契約は精霊が契約したと認めれば発効する。……例え言葉がなくとも」

 美しい女食人鬼は、玖珂を守るようにして実体化した。
長い肉切り包丁を両手に持ち、切れ長の目で敵を流し見て、次の瞬間には駆け出した。
 人形達の首を肉切り包丁が撥ねていく。

「精霊は認めた。玖珂は魔術師よ」
 ふみこは宣言するかのように小夜に言った。

「そんな」
「おだまりなさい。精霊が決めたのよ。それが闇の精霊、最下級の雑霊であっても、精霊には違いないわ」

 美しい女食人鬼は、肉切り包丁を振ると玖珂を守って戦い出した。
玖珂の背中にその背をつけて、包丁を構える。その顔はどこか可憐で、胸を締め付けられた。

「それに……いつまでも闇であるとは限らないし、最下級であるとも限らない」
 ふみこは、自分に声を掛けるヴァンシスカを思い出した。

「少年、精霊に名前をつけなさい! それで契約は完成する!」

 玖珂は女食人鬼を見た。髪型がどこかのアニメでみたような気がした。
「ザサエさん」

 ふみこの顔が一瞬こわばったような気がしたが、小夜にはそれが良く分からなかった。
「契約は完成した! ザサエさんと名前を呼んでそれを使いなさい」
「サンクス」

 玖珂は、美しい女食人鬼の顔を肩越しに見た。
「あの時の、鬼か?」
女食人鬼は小さくうなずいた。

「悪いね、俺なんかに付き合ってさ」
 女食人鬼は哀しそうに首を左右に振った。それは違うと、表情に浮かべた。
結い上げた髪が、肩に降ちた。
 肉切り包丁で鬢削ぎし、己が男のものであることを知らしめる。

「……ありがとう」
 ザサエさんは、食人鬼にあるまじく、嬉しそうに微笑んだ。

「俺の名前は玖珂光太郎、悪をぶっとばす少年探偵!」
「ザサエさん」
玖珂はその名を優しく呼んで腕を肩まであげると、横一文字に振った。光の残像が残る。

「ザサエさん……! GO!」

 ザサエさんが、疾風のように走り出す。
髪が、生き物のように揺れた。

 ふみこが薄く笑った。MG34を担ぎなおす。
「さてと、解説は終り。私も戦うわ」
「私が来たのに、ですか」
「軍人の仕事は侵して殺すことよ。人類の決戦存在さん。他には何もないわ。貴方は貴方で好きにおやりなさい」

 ふみこはそれきり小夜に興味を無くすと携帯電話をもって、電話を入れた。
「ミュンヒハウゼン」
「友軍の支援を全力で開始いたします。お嬢様」
「そうして」

 そしてふみこは、冷たい表情で箒を飛ばした。
派手に上空を旋回して玖珂の空を護ると、機銃掃射を開始する。

「本当の名前は精霊の前や魔術師の前では隠すものよ。少年」
「知ったことか。隠さなきゃならない名前なんか、俺にない!」

「俺はどこまでもどこまでも玖珂光太郎だ」



「なぜですか。なぜ突入が出来んのですか!」
 指示を出していたパトカーの無線機にがなりたててぶちきると、玖珂剣太郎警部は白髪まじりの頭をかいて上司を見た。
「上からの命令だ。それしか言えん」

「中にはホームレスもいればカップルだっている」
「残念だった」

玖珂の父は、歯をわななかせた。
「なんだと?」
「剣さん、やめてください!」
 大勢の部下に押さえつけられて、玖珂の父はそれでも睨むのをやめなかった。

「警官が人を護らないでどうする!」
「警官も宮仕えだ。上級官庁と話し合わねば、何もできん」
「ふざけるな!」



 親子が叫んでいる間、日向玄乃丈はいち早く公園から抜け出して犯人の臭いを追い始めていた。

立ち止まって、自分を追ってくるギターケースを持った朝鮮人を見る。

「なんでお前さんも来るんだい」
「警官がいました」
「なるほどね」

「それに、貴方といたほうが犯人を見つける、早そうです」