突き出される人形の腕を掻い潜り、玖珂は拳を叩き付けた。
拳を切りながら人形を叩きつぶしていく。
その拳に霊がついていた。美しい女食人鬼だった。
小夜が目を細くする。光鴉のヤタが肩で鳴いた。
「あれは、死と飽食の悪霊?」
「今はあの少年を守っているわ」
「そんな。あの人には魔法の力が見えません。術式だって目茶苦茶で」
「原初の魔術師は、呪文や魔法陣を使って契約を結んだわけではないのよ」
玖珂の拳に、食人鬼の手が重なった。
「原初の魔術師は、ただその態度だけで精霊を従えたわ。契約は精霊が契約したと認めれば発効する。……例え言葉がなくとも」
美しい女食人鬼は、玖珂を守るようにして実体化した。
長い肉切り包丁を両手に持ち、切れ長の目で敵を流し見て、次の瞬間には駆け出した。
人形達の首を肉切り包丁が撥ねていく。
「精霊は認めた。玖珂は魔術師よ」
ふみこは宣言するかのように小夜に言った。
「そんな」
「おだまりなさい。精霊が決めたのよ。それが闇の精霊、最下級の雑霊であっても、精霊には違いないわ」
美しい女食人鬼は、肉切り包丁を振ると玖珂を守って戦い出した。
玖珂の背中にその背をつけて、包丁を構える。その顔はどこか可憐で、胸を締め付けられた。
「それに……いつまでも闇であるとは限らないし、最下級であるとも限らない」
ふみこは、自分に声を掛けるヴァンシスカを思い出した。
「少年、精霊に名前をつけなさい! それで契約は完成する!」
玖珂は女食人鬼を見た。髪型がどこかのアニメでみたような気がした。
「ザサエさん」
ふみこの顔が一瞬こわばったような気がしたが、小夜にはそれが良く分からなかった。
「契約は完成した! ザサエさんと名前を呼んでそれを使いなさい」
「サンクス」
玖珂は、美しい女食人鬼の顔を肩越しに見た。
「あの時の、鬼か?」
女食人鬼は小さくうなずいた。
「悪いね、俺なんかに付き合ってさ」
女食人鬼は哀しそうに首を左右に振った。それは違うと、表情に浮かべた。
結い上げた髪が、肩に降ちた。
肉切り包丁で鬢削ぎし、己が男のものであることを知らしめる。
「……ありがとう」
ザサエさんは、食人鬼にあるまじく、嬉しそうに微笑んだ。
「俺の名前は玖珂光太郎、悪をぶっとばす少年探偵!」
「ザサエさん」
玖珂はその名を優しく呼んで腕を肩まであげると、横一文字に振った。光の残像が残る。
「ザサエさん……! GO!」
ザサエさんが、疾風のように走り出す。
髪が、生き物のように揺れた。
ふみこが薄く笑った。MG34を担ぎなおす。
「さてと、解説は終り。私も戦うわ」
「私が来たのに、ですか」
「軍人の仕事は侵して殺すことよ。人類の決戦存在さん。他には何もないわ。貴方は貴方で好きにおやりなさい」
ふみこはそれきり小夜に興味を無くすと携帯電話をもって、電話を入れた。
「ミュンヒハウゼン」
「友軍の支援を全力で開始いたします。お嬢様」
「そうして」
そしてふみこは、冷たい表情で箒を飛ばした。
派手に上空を旋回して玖珂の空を護ると、機銃掃射を開始する。
「本当の名前は精霊の前や魔術師の前では隠すものよ。少年」
「知ったことか。隠さなきゃならない名前なんか、俺にない!」
「俺はどこまでもどこまでも玖珂光太郎だ」 |