ミュンヒハウゼンは光太郎の肩の埃を払うように手振りで教えた。
肩の埃を払う光太郎。ミュンヒハウゼンを真似て髪を整える。
「いついかなる時も、服装を正しなさい。まず形から入るのです。そして心から、らしく振る舞いなさい。例え死んでもらしく振る舞うのです」
「人はそこに紳士を見る。死んで灰になった紳士の誇りは、そこから再び生まれてくる」
「誇りを見て男はまた思うのです。我もまた紳士となろうと。紳士とは手本。紳士とは先駈け。それが真実かどうかさして重要ではありません。らしく振る舞って女性がそれを最後まで信じきれば、紳士はその役割を果たしたことになります」
「我々が喩え偽物で途中で死んでも、手本がある限り、いつか本物がやってきます。だから、我々が偽物であろうと本物であろうと、やることは同じです。エレガントに。エレガントに!」
手を叩いてテンポをとりながら、ミュンヒハウゼンは次々と蹴り技を繰り出した。
ぶざまに光太郎はよけた。眉をひそめるミュンヒハウゼン。
「エレガントに、あくまでエレガントに! 不幸な女性のために戦うのであれば、ただ勝てばいいというものではありません。不幸な女性のその心に光を灯さねば、なんの意味もない!」
小夜か。 光太郎は、そう思った。それともふみこたんも不幸なのだろうか。
くるくる廻って光太郎はよけてみせた。 華麗に足をとめてみせる。
「それでいい。それでこそ紳士。それでこそ、ただ生きているだけで不幸にさせられた女性が最後に頼る男!」
ミュンヒハウゼンは薔薇の花を一輪取り出すと、光太郎の学ランの胸ポケットに投げ入れた。
「その心、大切にしてくださいませ」
「俺は、俺は紳士じゃねえよ。そういう生まれじゃねえ。親父は警官で……」
「我々は振り上げられた男子としての最後の意地。生存本能を超えてなおも戦わんとする他人への心づかい。生きるか死ぬかの段になって、愛を選ぶ男子の誇り。それが紳士」
ミュンヒハウゼンは、昔の自分を見るような目で光太郎を見た。
「紳士に悪魔も神もない。まして人など」
「典雅と愛がすべて。典雅と愛がすべて!糞汚い最低の悪魔でも、愛のために徹頭徹尾女性のために典雅にふるまいつづければ、紳士になれます!」
ミュンヒハウゼンは言った。
月に照らされたその影が、老いた悪魔を映し出す。ぼろぼろになった翼。傷だらけの身体。
「それだけは間違いありません」 |