士魂号のガンパレード
薄暗闇の中から、人とは思えぬ足音が聞こえてくる。
左右に交錯する光。それは砲弾であり、弾丸であり、一つの光が、いくつもの命を中断させる悪意だった。
闇を突き破り、現地部隊で乱雑に都市迷彩を施された機械とも生物ともつかぬ巨人が、抜き身の小剣と、ジャイアントアサルトを持って走り寄る。
それは化け物と戦う人類が、歴史の敗者を墓穴から引きずり出し、生命を弄ぶ技をもって陸戦兵器とした存在。…士魂号。
新しい光。
硝煙と炎上する乗用車の光によって、一機の士魂号複座型が浮かび上がる。
歩道橋を飛び越え、ゴルゴーンの首を小剣の一斬で落すと、その士魂号は上半身にひねりを加えて、走り寄るミノタウロスの腹中にいくつもの鋼弾を叩き込んだ。
赤い血を盛大に吹き上げ、倒れるミノタウロス。
ジャイアントサイズのアサルトライフル、その中の多銃身がまわる。
落ちる薬莢が、意外に澄んだ音を立てた。
上半身をひねったまま、士魂号が走り出す。弾倉を入れ替え、走りながら射撃。
ビルの窓ガラスを次々と割りながらビル向うのヒトウバン達を次々と叩き落していく。
「悪い、お嬢ちゃんがまた突っ込んでいる。助けてやってくれ。位置を送る。」
士魂号複座型は、胸の中で聞こえてくるその声をしばらく考えた。
小剣を振りかざし、またゴルゴーンの首を撥ねると、士魂号複座型は首の部分についた
レーダーを回した。照合。走り出す。
士魂号複座型は、装甲越しにも分かるほど、筋肉を収縮させ、緊張させて、跳躍を繰り返した。盾を捨て、さらに身軽になって激しく跳躍を繰り返す。
ビルを飛び越え、乗り捨てられた乗用車を踏み潰し、戦場の誰からも見えるように、夜の闇を跳躍する。空が飴色になるほど、幻獣達が弾を撃ち上げる。
レーダーカバーの上に、ヘタクソな落書きで描かれた顔を、薄れいく幻獣の血で汚しながら、士魂号は目指す友軍機を見つけた。被弾を無視し、跳躍し、敵の耳目を一身に集める。
そちらの方が、いい。士魂号複座型は、胸の奥で、そう考える。
最後の跳躍。 長い胴体、身体の中心線からかなり離れた所に生えた二本の腕が、広げられる。その電子の目で見る風景は、今しも打ち倒されんとして膝をつく一機の士魂号だった。
着地。 ビルの陰から、上から、道の真ん中から、全周に集まる幻獣達。
その瞳に、赤い光が集まる。レーザーの発射用意。
士魂号複座型は、己の心臓の鼓動を聞きながら、赤ん坊が眠るようにかがんだ。
背の方へ長く伸びた胴体が、立つ。
薄いプラスティックのカバーを破って、白い煙を放つミサイル達が一斉に幻獣達に襲いかかる。
各ミサイルが分離し、何千もの燃える小弾に分離する。着弾。夜を消す炎が燃え広がる。
ビルに取り付けられた看板が炎によじれ、跳ね上げられた。
幻獣達が、声なき絶叫をあげる。燃える。
炎に巻かれた、生き残ったミノタウロスが、赤い目で炎を見た。
炎の中から、炎を付着させて、士魂号複座型が現われる。
ミノタウロスのやわらかい腹が、3mの刃渡りを持つ小剣で貫かれた。柔らかい内臓を剣にひっかけて、士魂号複座型が現われる。
炎に飾られたそれは、地獄の悪魔も鼻白む凄惨な美しさを出していた。
胸の奥から、呼吸音とも、魂の叫びともつかぬ、奇怪な音が流れ出る。
* * * *
* * * *
* *
「もう少しだけ、我慢しろ。“電子の巫女王”が、来る。」
漆黒の士魂号重装甲型は、胸の奥で、その優しい声を聞いた。
地面に突き立てた展開式増加装甲を盾に、ミノタウロスの拳を受ける。
盾が曲がり、肩が沈む。白い血が歪んだ装甲の下からにじみ出る。
だが次の一撃で鎧武者に似た漆黒の士魂号は、両手に持った小剣でミノタウロスの腕を斬り飛ばし、脳天を真っ二つに叩き割った。
次の瞬間には、次のミノタウロスと切り結んでいた。
巨大な拳で顔をかばい、剣を突き立てたまま残った左腕を振り上げるミノタウロス。
その頭が、射撃で粉々に吹き飛んだ。背中に何発も着弾を受け、ミノタウロスは、死の踊りを踊った。
何発かが、漆黒の士魂号にも命中して、醜い弾痕を残す。
漆黒の士魂号重装甲型は、呆然と剣を落した。
人工筋肉の疲労が、稼動限界を超えたのだった。
倒れるように跪く漆黒の士魂号。その肩を片腕で掴み、支える複座型。
戦闘は、終った。
体中から、薄い蒸気をあげて、立ちつくす士魂号。
* * * *
* * * *
* *
コクピットの中で、長いような、一瞬だったような夢から醒めた速水は、目に光を取り戻すと、狂乱した身振りでヘッドセットをはぎとり、後席に座る女の名を呼んだ。
「舞。舞!」
狭い座席で、かろうじて身をよじり、ハーネスを引き千切るようにして、速水は、足だけ見える後席の狭い隙間から、身体をねじ入れた。
舞の右足と左足の合間から、顔を出す速水。
「舞!」
舞は、腕から血を流しながら、機体の終了シークエンスをおこなっていた。
「何を叫んでいる。」
「怪我…怪我!」
「…ッ分かっている。そういうことは。」
舞は、ヘッドセットをかぶったまま、少し微笑んだ。
「それより、水を飲めるのが嬉しいな。接続されている間に、垂れ流さないようにするのは…っ…大変だ。」
舞は速水に抱き寄せられた。
後ろにひっぱられ、外れるヘッドセット。
「…な…」
舞の白い肌が、首筋まで一気に桜色に染まった。
「お、おおおおおお前は、ば、ばかかお前は!…ちょっ、ちょっと。…痛い…」
舞は、長いまつげを伏せて、痛いのだか嬉しいのだか当惑したのだかな気分でパニックになった。肺に残った空気が、速水の腕と肩に押されて出る。息が苦しい。
ガタガタ震える速水。
舞は速水に覆いかぶさるような格好で、速水の横顔を見た。
速水は、涙を流していた。よかった、よかったと呪文のように繰り返す。
肩を落す舞。ののみと同じだ。こうなったらしばらくは何を言ってもきかぬと、そう思った。
半眼。
「…おろか者め、怪我をしたのは私だぞ。厚志。お前がなぜ、そこで脅える必要がある。」
舞の顔の横で、揺れる速水の髪。舞は、思わず速水の髪の中に指を入れてくるくる回してしまった。
しばらく考える舞。頬が赤く染まる。
「…まったく。…だいたい、お前は…その、いつから私を舞と言うようになったんだ。前からそう言えと言っていたのに、よりにもよって今日だと?…もう、ばかめ、ばかめ…っ痛い!…おろか者! わ、私をどうにかしたいのなら、痛いか悲しいのか、それ以外か、はっきりさせよ!」 |