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“原さんのガンパレード”
 

 肩をえぐられ、半ば落ちかけた右手を左手で支えながら。一機の士魂号が走ってくる。
滝川機。

「補給、お願いします。」
「了解。」

 原 素子整備班長は耳にあてたヘッドセットを捨てると、わずらわしそうに頭を振った。
髪が、ばらける。 目の周りを青く腫らした中村が、遠方を見ながら目を細めた。
「二番機、来ます!」
 原の髪が、風圧で揺れる。
 次の瞬間には、滑り込んできた白い血を肩から流す士魂号が、力尽きたように膝をついていた。膨大な熱が、走り寄る原の額に汗を流させる。
 レーザーに被弾し、溶けかけた軽装甲。そこに巨大なホースで引いた冷却剤代わりの白い血を掛けながら、原は声をはりあげた。白い煙が、半ば原を隠す。
「起重機! あげて!」
「起重機!あげ! パイロット・チェック!装甲交換用意! パッチ第1第2!」
 血を送り続けるホースを捨てて、原はリフトに乗ると、白い血を吹き出す士魂号の肩部に取り付いた。 焼ける人工筋肉の匂い。
 原は、吹き出す士魂号の白い血を浴びながら、巨大な応急処理パッチを当てた。
歯をくいしばりながら、傷口の中に手を突っ込み、血管の閉鎖弁を引く。
「森さん。輸血を開始して。」

リフトの下の森が、手際良くうなずいて新井木とヨーコを見た。
「はい。輸血を開始します。」
 太いホースがヨーコの手で士魂号の腰に接続される。
「輸血を開始、毎秒2リットル。毎秒3リットル。毎秒4リットル。規定限界です。」
「規定を越えてもいいわ。今は時間が惜しいの。」
「立ち眩みが起きないぎりぎりまで、輸血量を増やします。7リットルまで上昇。」

 30mm弾帯が、新井木の手でドラムから長く引き出されて、ジャイアントアサルトライフルの弾倉に再装填されていく。一、二度試射して薬莢を跳ね上げると、一気に順調に弾帯を吸い込み出した。

 白い血の匂いを嗅ぎながら、遠坂と田辺は背中のコクピットにはりついた。
バスケットを持つ田辺が転ばないように手を握りながら、遠坂は強制開放レバーを回した。

 汗と小便の匂いと熱気があふれる。コクピットの中には、夢を解かれて呆然とする滝川が居た。

 その背に、シートの背に手をあてた遠坂が、ささやいた。
「お疲れ様です。差入れです。」
「畜生、なんでいつも俺だけが…」
「気持ちは分かりますが、体力を回復してください。それが任務です。」

 滝川は、不甲斐ない自分に涙を流しながらコンソールを叩いた。その腕をつかんで、遠坂は滝川の顔に自分の顔を近づける。ウォードレスのモニターは正常。精神安定剤増量するか。口を、開く。
「それに、我々には、速水がいる。彼が居る限り、持ちます。」
「…」
 田辺が眼鏡をあげながら、握りこぶしをにぎった。手に持ったバスケットが、揺れる。
「あ、あのあの、それに、芝村さんもいます。あの人なら、速水君についていけますよ。」
 
 
 

  ヘッドセットを拾って耳にあてた中村が、原を見た。
「司令から通信です。あと7分で復帰させよと。」
「分かってるわよ!バカっ! と、伝えて頂戴!」
「へい。」
「5分でやるわ。あの男、それくらい読んでいるから。」
「はい。輸血、終りました。」
「肩交換! 人工筋肉チューブ持ってきて!」

「右手の指がバカになってます。」
「交換する時間がない! 人差し指だけ交換して!ジャンアント・アサルトライフル持たせたら、あとは生体接着剤で固定させて。」
「はい!」
「あと三分!」

「急げ!」
 原は白い血で濡れたまま、士魂号2番機を見上げた。
血と涙で濡れた顔を、血と汗で濡れた軍手で拭く。
「絶対に、負けるもんですか。毎日あなた達の子守りをしているのは、ここで負けるためじゃないのよ。」
「…肩装甲! 強制分離! 起重機に予備装甲結わえ!」
 士魂号の肩で、煙が吹いた。300kg近い溶けかけた肩装甲が、重い音を立てて、地面に落ちる。響くいやな音。 起重機であげられる、予備の装甲。
 
 
 
 

滝川は、血と小便の匂いに吐きそうになりながら、サンドイッチをほおばった。
「コクピットチェック。1番から4番。正常。オペレーター。そっちどう?」
 しばらくして、無線機から声がした。美声。
「悪りぃ、俺、今速水の世話で手一杯だ。壬生屋のお嬢ちゃんがまた突撃してやがる。」
 滝川は、目をつぶった。
「東原。」
「えっとね。えっとね。こんなイメージなのよ。」
 ののみが目をつぶる、滝川は、ガクガクと首をふった。畜生、薬が強すぎる。遠坂め。
「分かった。」
 滝川は、ののみの声に精一杯微笑みかけると、上面のスイッチ達を次々と跳ね上げた。
次々と赤からグリーンになるランプ。
「6,8、9まで神経切断。…機能閉鎖。くそ、また悲鳴が聞こえる!」
 小さな手で一生懸命耳を塞いだののみのイメージ。まだ、精神連結していたのだった。それでも伝えたかった小さな、声。
「…がんばって…」
「言われなくても。」
 滝川はゴーグルをつけた。小便の匂いが目に付いて染みるのが、滝川は嫌いだった。
手が震えている。背後のハッチが閉まる。
「滝川二番機。準備よろし!」

 司令の、小隊長の声がやけに鮮明に響いた。
「再出撃を許可します。いってきなさい。滝川十翼長。…人類に勝利を!」
「人類に勝利を!」

 頭部に備え付けられたレーダードームが、毎分10回の速度でゆっくりとまわり始めた。
起重機に掴まった原が手を伸ばして、今にも飛び出さんとする士魂号の頭部装甲を引き降ろしてロックする。最後に、撃墜マークを黄色いマーカーペンで書き加えてやった。

 原は、起重機のワイヤーに掴まったまま、6m下の地面を一瞥すると、装甲を叩いて、機体だかパイロットにささやいた。
「後でたっぷりサービスしてあげるわ。だから生き延びなさい。いいわね。」
滝川機が、立ち上がる。原の濡れた髪が、風圧で跳ね上がる。
 濡れて重くなった袖を伸ばし、原は敬礼する。

その下に並んだ整備員達が全員敬礼した。
「御武運を!」
「ご無事で!」
「死ぬなよバカヤロウ!まだ集める靴下が残ってるからな!」
「ふっ」
「が、がんばってください!」
「グッドラック!」

士魂号のクラウチングスタート。
 そして士魂号は、また戦場に戻る。

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