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二人のガンパレード
 
 

舞は、病室で天井を見ていた。
 時刻は午後三時。

包帯を巻いた左腕が痛んだが、口の端を少し動かしただけで無視した。
 少しだけ身じろぎして、また天井を見る。

時計を見ると、時間が5分しか経っていなかった。
頬を紅くして、目を伏せる舞。立派な芝村にしては落ち着きがない事だと思ったのである。

枕に顔を埋めながら、舞はうなった。
「…ばかめ…確かに私は学校に行けと言ったが、本当に行くだと? …ばかめ、ばかめ。」
押し付けられて、くぐもった声。
「私はガンナーだぞ。相棒だ。一人で複座型が動かせるなら、動かしてみるがいい。」
 急に舞は、大変目つきの悪い表情になった。自分が独り言を言っていることに腹を立てたのである。
 ため息を一つつくと、舞は黒い髪を白いシーツにばらけて、また天井を見た。

「バカではないが、やっぱりあの男は変だ。おかしい。そう、気配りが足りない。大体私はそういう芝村ではないのだ。」
 天井に謝っている速水を思い浮かべて、舞は少々得意気な気分になった。

「厚志、ずっと前から思っていたが。そな」
 病室のドアが開いた。速水が、顔を出す。
「なに?」
 舞は、顔を隠そうとして腕にコードをつけたままベットから落ちると、一人で壁際に追いつめられた。
首をかしげる速水。
「忙しかった?」
 舞は、とりあえず自分の服装…ちょっと小さすぎるような気がするパジャマを見た後、必死に裾を伸ばしながら口を開いた。
「い…いつからそこにいたぁ!」
「今、君から呼ばれたからだけど。」

 舞は、しばらく考えた後、顔を真っ赤にして、早口で言った。
「そういう問題ではない。私はそ、そそそそソンな変なこと別に、問題にしてない…」
さらに首をかしげる速水。まあいいかと思って、部屋に入ってくる。洗濯物を沢山持っていた。
「昨日からずっと傍に居たよ。君が寝ていただけさ。…よかった、戦闘で負傷したときはどうしようかって思っちゃった。」
 速水は、舞がひるむような笑顔を向けると、洗濯物を置いて、舞に近寄った。
ため息をついて、自分の腰に手をあてる。舞の顔にかかる髪を払ってやった。
「ほら、それより、コードつけたままだよ。測定器だからともかく、点滴だったらどうするの。戦闘に行きたい気持ちは分かるけど、ベッドで横になってなきゃ。」
「私は子供ではない!」
「僕と同い年だけどね。ほら、ベットに入って。」
「う、腕を引っ張るな。…痛い。」
「ご、ごめん。」

 気まずい雰囲気。

それを追い払うように、速水は手を振って、口を開いた。
「そうだ、何か食べたいものある?」
 舞は、気分を切替えられずに、すねたようにつぶやいた。
「そなたは力の加減を知らぬようだ。そのうち誰かを壊すぞ。絶対に。いや、最初に私が壊れる。絶対だ。」
「悪かったって言っているだろ…もう、怒り虫なんだから。」
 速水は、立っている舞に背を向けて、手早くベッドメイキングした。
「できたよ、さあ、お姫様。自分でベッドに入る?抱き上げてもらって入る?」
「そんなことをしたら、死刑だ。」
「じゃあ、自分で入るんだね。はい。」
「分かっている!」
 舞は、おとなしくベッドに入った。めくりあげた毛布と布団を戻して、ぽんぽんと叩く速水。洗濯物を几帳面に畳み始める。 こっちはアイロン、こっちはそれいらない。
 その様を大変面白くなさそうに舞は見つめて、今度は壁を見た。舞は家事が苦手である。

「楽しそうだな。」
「うん。こういうの、大好きなんだ。知ってる?石津もこういうの得意なんだよ。」
「当たり前だ。衛生官はそれが仕事だろう。」
「それだけじゃないよ。…今度あの娘に、ビーフストロガノフ習わなきゃ。どうやったらお肉を柔らかく煮込めるのかな。」

 舞は口を一文字に結ぶと、起き上がって速水の頬を引っ張った。芝村一族では子供に対する罰として、もっとも好まれている手法であった。
「…痛いよ、舞。」
「黙れ…私は今、大変気分が悪い。」
「はんで」(なんで)
「知るか!」
 舞は叩き付けるように言うと、布団をかぶった。
頬をさする速水。
「…なんでそう原因不明で怒るかな。」
「芝村の宿命だ。そなたごときでは分からぬ。」
「いいけどね。…もう慣れちゃったから。」
 舞は布団から顔を出した。
「何に慣れただと?」
 速水は頬をさするのをやめて、微笑んだ。
「君に。あるいはそれは、君達にかもしれないけど。僕にとっては、主に君に。」
 舞は言葉の意味を考えた後、痛くなった胸を左手で掴んだ。
「…私に…飽きたのか。」
笑う速水。口から出る言葉に、どうやれば優しさを込められるのだろう。
「ちがうよ。理由が分からなくても、人は人を好きになれる、そういうことだと思うけど。」

 舞はまじまじと速水の顔を見た後、意気地なく下を見た。怒った声。
「それより、学校は? 私はお前に学校に行けと言ったぞ。」
「ガンナーがいないパイロットに、やることなんかあると思う?」
「そ…そうか、ふむ…」
 何もない横を見る舞。口に拳を当てる。
「ま、まあ、確かにそうかもしれぬ。予備のパイロットにあわせて調整しなおすのは大変だからな。」
「そうそう。だから早く良くなってよ。…さびしいから。」
 速水の無意識の言葉に、舞は息を止めた。耳まで真っ赤になる。
 

ドアを開ける音。
 看護婦姿の善行と、白衣を着た岩田。
「先生、心拍数が危険領域です。」
「なんですと!」
 舞は枕の下に入れた拳銃を抜いて7、8発撃った。
ゲラゲラ笑って逃げる善行と岩田。
 ため息をついて、速水は弾倉を交換しようとする舞の手を握った。
「やりすぎだよ、跳弾したらどうするのさ。」
「そういう問題か!」
「はいはい。…司令。芝村は怪我しているんですから、からかうのはやめてください。」

 善行はナース帽をとって、恍惚の表情を浮かべて踊る岩田を見た。
「…ほら、だからやめましょうと言ったでしょうが。」
「フフフ、ですが! 私は本望! ああ、ギャグーギャグーに殉じる男、その名は岩田岩田イワタマーンー。」

「じゃあ死ね。」
 舞は致死性の毒を塗ったヘアピンを抜いて投げようとした。
「だからやめなって。」
 舞の腕をつかんで、引き寄せる速水。舞は図らずも速水の胸に頬をよせることになった。
怒りに我を忘れて速水を見上げる舞。
「私が侮辱されたんたぞ! そなたにとっての相棒のことだ!」
速水は、舞の瞳一杯に自分の顔を映して、言った。
「僕が代りに怒るから。君はいい子にして、ご飯を待っててね。」
「…だから! 私を子供扱いするなと言っている!」
「君の怪我が直るまでは、めーだよ。…怒っても。めーったらめー。」

 善行はナース帽を深くかぶりなおした。
「おほほほ、聞きましたか、岩田の奥様。」
「フフフ、このようにテープレコーダーにばっちりと。」
 岩田は、僕が代りに僕が代りに僕が代りに僕が代りにとリフレインさせて恍惚の表情を浮かべた。
 速水が舞の拳銃を受け取って撃つ前に、黒い影が3階の窓から現われた。

原。

原が飛び蹴り一発で、岩田を轟沈させた。

 長い脚を下ろし。善行を冷ややかな目で睨み付ける。
 

「何してるのかしら。二人とも。」
「今し方、一人になりましたけどね。…ほら、幽体離脱してる。」
 負けず劣らず、冷ややかに答える善行。看護婦姿なのでまるで威厳はない。
原は。拳を握って静かに言った。
「馬鹿じゃないの。そんな格好で。」
「窓から入って来た覗き趣味の人に言われる筋合いは、まったく、ありませんけどね。」
「…なんですって。」

 同じく窓から入って来た森は、抱き合っているのかどうか、かなり微妙な速水と舞に軽く難しい顔の会釈をして、原に近づいた。
「先輩、お邪魔ですからもう行きましょう。」
 善行は、森の視線にちょっと照れて笑った。
「そうですね。もうからかいましたし。」
「…逃げる気?」
「誰からですか?」
森はため息をついて、手袋を脱いで指を鳴らした。
整備員達が沢山窓から入ってきて、口論のポーズのままで固まった原と善行を担いでドアから出て行く。 一体三階の窓にどうやって十人もいたのか世界の謎である。

 一人残った森は、速水と舞を見た。
「…」
 顔を赤らめる。
「お幸せに。」
 森は病室の外へ、走って行った。
 

 しばらく考えた後で、舞は、視線を上に向けて、速水を睨んだ。
「何がおかしい!」
「みんな、ずいぶん君に慣れたみたいだね。」
「知るか。」

「喩え芝村だってみんなと仲良くなれるよ。」
「奴等は我らを…からかいに来ただけだ。」
「そうかな。」
「そうだ。」
「一部はそうかも知れないけれど、一部は違うかもしれないよ。」
「そな…あ、…」
「?」
 速水は、優しく首をかしげた。その後ろに、ふりふりエプロンをつけた凶凶しい人影が見える。

 次の瞬間。舞ごと、速水を抱き寄せる瀬戸口は速水の耳元でささやいた。
「ひどいじゃないか。厚志…俺達の愛でデンジャラスで熱い夜の饗宴は、嘘だったとでも言うのかい。」
「○×□△…」(←舞)
「あのね…瀬戸口君。」
「…なんだい。」
「舞はそういうの慣れてないんだ。」

 瀬戸口は大きく手を広げて離すと、悲しそうに頭をふった。
「はぁ。あっちゃんすっかり、慣れちゃって…タカちゃんかなしい!」
「誰が慣れたんですか!」
「ああ、それだよ、ダーリン。その態度。昔はウブでほんとに可愛かったんだがな…何か欲しそうに、もじもじしてたし。」
「これ以上、舞の前で嘘を並べたら死刑だ。」

 それまで、瀬戸口の影に隠れていたののみは、舞を見つけると、舞に駆け寄った。
「まいちゃん、ケガ、だいじょーぶ…?」
「ふむ。速水が過保護なだけだ。まったく…それより、病院は苦手ではなかったか?」
 ののみは、昔を思い出したように、悲しそうにうなずいた。舞を見る。
「…うん。でもね…うんとね…それよりも、だいじなことがあるのよ。」

 瀬戸口は、何か言おうとする速水の顔を手で押して、ののみの小さな肩に手を置いた。
「大丈夫。このタカパパがいるかぎり、かわいいレディには指一本触れさせない。」
「普通はこの時点で、不潔ですって壬生屋が走ってくるんだけど。」
「ああ、あいつか…なんか、落ち込んでる。好きにすりゃいいだろ。あんな女。自分の都合を優先させて、怪我人の見舞いに来ない程度の女だ。あさましい。」
「容赦ないんだね。」
「俺は、自分を他人よりも特別に大事にしている奴が嫌いなんだ。…さて腹の立つ話より、腹をいっぱいにしたほうが健康的だろ。」
「なに?」
 瀬戸口とののみは目を光らせると、魔法のようにふりふりエプロンを出した。
ののみは自分でエプロンをつけた。
 瀬戸口は速水に抱き付いた。離れたときには、速水はふりふりエプロンをつけている。
「どうやって!」
「脱がせるの逆だ。」

 瀬戸口は、堂々と言った後、ちょっと照れて頬をかいた。
「…俺ぐらいの達人になると、まあ、一瞬なわけでね。」
 三人揃ったふりふりエプロンで、瀬戸口は目が点になっている舞を見た。

「近くの家の奥さんにちょっと台所を貸してもらった。材料もある、さあ、せいぜい、お前さんのパートナーが元気になるように、料理でもしよう。」
「まいちゃん。まっててね。」
「…舞。」
「ということで、速水をちょっと借りるよ。芝村のお嬢さん。」

 舞はやっと我を取り戻した。
「速水は私のものではない。速水のものだ。」

 しばらく考えた後、瀬戸口は優しく笑った。
「そうか。じゃあせっかくだから俺のものにしておくか。」
 舞は銃を抜いた。
照準をつける前に舞の手から銃をとりあげて、速水は、ため息をついた。
「瀬戸口君。」
「OKOK。それじゃあ料理にいこうや。そう、速水、今のお嬢さんの顔、一生覚えてろよ。あれはお前さんのために浮かべた表情だぜ。」
「自分で乱を起こしておいて、まとめにかからないでください!」
「俺ぐらいの役者になると、起承転結一人でやれるんだ。」
 速水は、ちょっと困った表情ですぐ戻ってくるよと舞に言って、瀬戸口と歩いていった。

ののみがにこっと笑って、舞に小さな手を振ってみせる。
 

*    *    *    *    *    *    *    *    *    *    *    *    *    *



 部屋の外で警護していたのか、敬礼する若宮と来須に、瀬戸口と速水は笑顔をむけて崩れた敬礼をしてみせた。
 

若宮と来須は、首を動かして廊下をふりふりエプロンをつけて歩いていく速水を見る。

(…あの男…)
(…むう…)

 遠くの速水は、瀬戸口に何か言われて、ちょっと照れて見せた。小さくうなずく。

(ぽややんだな…)
(ぽややんな奴だ。)

 若宮は頭をふり、来須は帽子を深くかぶり直した。
「…さて、どうする。まだ警護の真似をして廊下を往復するか、それとも意を決して見舞いをするか。」
「…」
「たまには喋れ。」
「…」
「もう一往復するか。」
 来須は、一人で歩き始めた。若宮も歩きながら、今日中に家に帰れるかなと、思う。
 


*    *    *    *    *    *    *    *    *    *    *    *    *    *



  一方舞は、一人きりの病室でしばし考えた。

なんの罪もない枕を叩いてみた。

 2回3回叩いてみてから、ベッドの中でふて寝してみた。

むっくりと起き上がり、大変悪い目つきで正体不明の怒りを治めようと努力してみる。
次に自分の膝を抱いて、速水のことを考えた。

 まさか速水は、ひどいことをされてないだろうな。
 


*    *    *    *    *    *    *    *    *    *    *    *    *    *


 ドアが開く。
「舞、寂しくなかった?」
「たったの30分だ、バカ。」
「そう、良かった。」
 速水は、にっこり笑ってみせた。その背からののみと瀬戸口がトレイを持って姿をあらわす。

「えーとね、でまえですっ。」
「出前なんて言葉が分かるなんて、ののみは偉いなぁ。」
 瀬戸口は満足そうにののみにうなずいてみせた。嬉しそうに微笑むののみ。
瀬戸口は、人によって態度を変える。ののみに対しては徹底的に誉めつづけた。一度それを芳野先生に指摘されて、誉められるほうが、伸びる子もあると断言してみせている。
 ののみは誉められるごとに、胸の奥から輝くようであった。

「…こんなに沢山つくっても、私は食べきれないぞ。」
「おいおい、一人じゃない。四人前だ。」
「…そなた達も食べるのか。」
「えへへ、おりょーりはね、みんなでたべるのが、たのしーのよ。」
「たまには、いいと思うよ、舞。」
 ののみは、にっこり笑って舞の髪が食べる時に邪魔にならないように、舞の髪を編んだ。
憮然と言うよりは、慣れない舞。

「いただきますなのよ。」
「いただきます。」
「今日も君をいただこうかな。」
「…なにかの宗教行事か。」

 三人が同時に、首を振った。

楽しい食事が、はじまる。
 

*    *    *    *    *    *    *    *    *    *    *    *    *    *



 夜になった窓の外にカーテンをかけながら、速水は舞に言った。
「楽しかったね。」
「騒がしいだけだ。栄養補給は一人で粛々と進めたほうがいい。でないと、色々考えなければならぬ。心配しなければならぬ。消化に悪い。」
「それじゃあ、心の方が栄養不足になるよ。ねえ…何を心配したの。」
「…そなたごときでは分からぬ。」
「分からなくても、分かってみせるよ。どれだけ苦労しても、必ず。」
 ベッドの端に座った速水の顔を直視できずに、舞は口を開いた
「そなたは、…厚志。いや、世の中には、出来ることと出来ないことがある。私が猫に触れないのと同じだ。全てを手に入れることは出来ぬ。」

速水は何の迷いもない瞳を舞に向けた。
「僕は全部を手に入れようなんて思ってない。…僕は、そんなに欲張りじゃない。」
「欲張りでないのなら、あまりは持たざる民のために使うがいい。」
「うん。…君がそう望むなら。僕は君さえ居れば、世界だって守れるよ。」
「私が怪我をしたくらいで、騒ぐそなたが?」
「うん。」

 周りに誰もいないことを確認して、舞は、慣れない笑みを浮かべた。
「…そうなるといいな。」
「なれるよ。絶対に。」
 微笑む速水の胸の奥で、数多の光がまたたくような感覚を舞は覚えた。
その光をなんと言うのか、そもそも実際見えているのか、舞はいぶかしんだが、結局何も言わないことにした。
 光が悪いものに見えなかったからである。

小さな光に手を伸ばし、舞は、神妙な顔で言った。
「喉まで出かかっているのに、なぜその名を言えないのだろう。」
「…なんのこと?…ちょっと、くすぐったいよ。」
「私の父が、その名を言っていたような気がする。それに名をつければ、物語が終ると。」
「何、それは?」
「分からない。」
「…そうだ。戦争が終ったら、それを最初に探そうか。」
「ふふ、そうだな。」

 光が、消えていく。
舞が顔をあげると、速水は、顔を紅くしていた。
気付くと、舞は、速水の胸をまさぐっていた。

舞は、手をひっこめる。

二人で硬直する。
 


*    *    *    *    *    *    *    *    *    *    *    *    *    *



 暗くなったから病院の通用口から出た速水は、胸に下げられた、青い宝石のネックレスを引き出した。確認した後、戻す。不意に顔をあげた。若宮が近づいて来たからだ。

「お泊りにならなかったのですか。」
「あの娘は、まだ幼すぎるんだ。そうなるには、あと十年はかかるな。きっと。」
「…気の長い話で。」
「何よりも楽しい十年になるよ。もちろんそれから先は、もっとだけど。」
 速水の横顔は優しすぎて、若宮は恐怖を感じた。
 

「来須は?」
「はっ、面会時間が終ったので、帰りました。…自分は、帰る前に百翼長にご挨拶しておこうと思いまして。」
「そうか。」

「…あなたほどの力がありながら、よりにもよってなぜあんな娘で遊ばれるのか、私には分かりませんが。」
 

 速水は、ふっと笑うと、ふりふりエプロンを華麗に外して印象を変えた。
次に向けた目は、何の迷いもない目。全てを見通すような冷たい目。希望も絶望も、遠いどこかに置き忘れた目。

「若宮。」
「はい。」

「いらん世話だ。」
「は。申し訳ありません。出過ぎました。」

「僕は、あの娘を愛している。」
「…は。」
「お前や善行や、準竜師が何を考えているかは知らない。実際、どうでもいい。この世界も、この国も、どうでもいい。僕は、僕の好きな娘のために世界を救う。お前達を生かしておくのは、心優しい彼女がそれを望むからだ。伝えておけ。邪魔をするようなら、必ず殺戮する。それが何だろうと、例外はない。幻獣だろうと、人だろうと。」
「分かりました。」

 速水は、ふと優しく笑って、若宮を見た。
「ただの一パイロットが言う言葉じゃないかな。」
「いえ。あなたは、必ず絢爛舞踏になると思いますから。一度見たことがあります。…本物の恐怖を。」

 速水は、嬉しそうに笑った。次の瞬間に世界の半分を叩き潰す優しい微笑み。
「だったら、そう伝えてよ。」

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