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 ぬばたまの闇の中で目をこらす。ヘリの爆音が、耳にうるさい。
ヘリが、丘を越える。 そこは巨大なカルデラの中の草原。草千里。

炎と、模様を描かれた紅い瞳が、闇の中で瞬いていた。

「降下まであと、5、4、3、2」
 準竜師が、片耳にヘッドセットをあてて、数を数える。目配せ。
副官が、赤いボタンを押して、ランプドアを開ける。下一面に見えるそれは戦場。
 戦いしか知らぬ糞最低の兵士が帰る、ただひとつの場所。

 ウォードレスに仕掛けられた薬剤注入器が、己の心拍数が高鳴らないように首筋の血管に針を突きたてる。

 来須は、その唯一の財産である白い帽子をベルトにはさむと、ヘルメットをかぶり、無表情な仮面をつけた。

何も言わず、何も見ず。来須は、40mm高射機関砲と弾倉クリップだけを装備してヘリから空中に身を躍らせた。
 漆黒に塗られたウォードレス。新型の新型、武尊。互尊P型。

 背中に装備した、リテルゴルロケットに着火する。瞬間的に夜を切り裂く、青白い炎。
長く伸びる青い炎をあげて、来須は飛んだ。

 紅い瞳の幻獣達が、一斉に上を向いた。撃ち落とそうと、レーザーの光が、あがり始める。紅い光が、幾条も天に伸びる。

来須は、目をつぶる。
 どうせ目では見つけきれない。勘だけが、唯一の頼りだった。
 
 

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ガンパレード・マーチ
“来須くんのガンパレード”
 
 

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 名前もないような小さな丘の上で、自分を守る幻獣に囲まれて、ののみタイプは、傍らで攻性防壁を展開するブータを見た。

 巨大な飛行船にも見える敵、スキュラ。炎に巨大な腹を照らされる、そのスキュラの主眼から放たれるレーザーが、防壁を揺るがす。防壁の外の草が、燃えあがる。

連続して着弾する。防壁が、歪み、波紋が広がる。
 自分を守る幻獣達の一部が、紅い瞳から血を流して崩れ落ちた。念の力を使いすぎたのだった。

ブータは、優しい瞳でののみタイプを見た。
 ヘイゼルの瞳を見せて、震えながら小さくうなずくののみタイプ。
「はい、信頼しています。あなた方のことを。父は、良く話していましたから。信頼せよと。…その、俺の次に」

ブータは口元から血を流して笑うと、まっすぐスキュラを見た。
 受けた攻撃を跳ね返すように、防壁が収束する。

ののみタイプは、崩れ落ちて消えようとしている幻獣の隣にひざまずくと、その気持ちの悪い身体に抱きついて、ありがとうと言った。
 残った瞳を優しげに開き、消えていく幻獣。青い輝きに変わる。

青い輝きが、ののみタイプを守るように巡る。次々と死んだ幻獣達が、それに続いた。
 ののみタイプは、虚空に向かって口を開いた。
「駄目。輪の中にお帰りなさい。星にお帰りなさい。リュ?ンになることは永遠の悲しみ。私は大丈夫です、私は大丈夫」
 輝きは、より一層輝いて、ののみの手の動きに追随した。

「精霊手…」

ブータが、雄雄しく鳴いた。

 来須は、仮面の下の目を開いた。
脳裏の中で青い光が見えたような気がした。

 方向を、変える。
目指すは、低い丘の一つ。

 低空を這うように飛び、来須は、その肩に40mm機関砲を持った。背面飛行。
スキュラの腹の下をかいくぐり、真下から連続して40mm機関砲弾を打ち上げる。

 的確に装甲の隙間を射抜かれ、スキュラが血の詰まった風船のごとく爆発して崩れ落ちる。
 血の雨の中から漆黒のウォードレスが現れる。

 来須は半ば焼け焦げた丘の斜面に着地すると、リテルゴルロケットを切り離し、その足で丘を駆け上がりながら、上半身をひねり、機関砲を撃った。
 一発で一匹の幻獣が吹き飛び、二発で二匹の幻獣が吹き飛んだ。いずれも、正確に主眼を撃ちぬいていた。
 空になった装弾子(クリップ)を捨て、次の装弾子を接続する。
 

弾より敵が多い。来須は、そう考えた。
  ついに防壁が破られる。

 最後の味方幻獣が倒れたその瞬間、ののみタイプは目を回したブータを抱くと、一生懸命細い足で逃げ出した。

 その後ろをキメラが、追ってくる。
シャカシャカと耳障りな音でその背に迫るキメラ達。
 楽しむように、威力を小さくしたレーザーが放たれる。

背中から、ののみタイプの足が撃ちぬかれた。
 斜面を転げ落ち、うめくところを、キメラの足で押さえられる。
白いワンピースが、黒い土くれで汚される。

 ブータを抱いて目をつぶったその瞬間、漆黒の影が横切った。

正拳一発でキメラの頭が、変な方向に捻じ曲がった。そのまま、頭をつかまれ、ねじ切られる。

 ののみタイプが長い睫毛を開いて顔をあげると、そこには、自分の盾となって戦うたった一人の戦士がいた。
 声もなく、音もなく、その脚と拳で敵を打ち倒す、炎に照らされた漆黒の戦士。
それはどこかで見たような風景だった。
 それが父から聞かされた、おとぎばなしの風景であるのに気付くまで、しばらくかかる。

「…助かったようです」
「ニャ」

 ブータは、頭を左右にふると目を丸くして、ナオッ、と言った。
振り向き、一瞥して、ブータの頭を叩く来須。自分を見上げる、ののみタイプを見る。

「痛いか」
「はい」
「だったら、まだ生きられる」
「はい」

それきり来須は、ののみタイプのことを忘れた。
 弾が足りない分は、手と足でやれか。本田は、いいことを言う。
そんなことを、考える。 息苦しさを感じ、そして仮面とヘルメットを取捨てると、白い帽子をかぶった。片目を隠し、帽子を片手で押さえながら、また一匹を血祭りにあげる。

 人工筋肉が、来須本来の筋肉と共にたわみ、ふくらみ、そして一気に伸ばされる。
指先で音速を越える拳が、キメラの大きな瞳をぐちゃぐちゃにかきまわした。
 無表情に拳を抜き、次の目標にむかって歩き出す。その動きは無造作でいて、それでいて敵の死角という死角を、縫うように歩き、決して攻撃をさせなかった。

見上げれば小山のような巨大なミノタウロスに、ただ一人堂々と向かっている。
 

ののみタイプは、その絶望的な風景に、涙を浮かべた。

そのまま歯をくいしばり、黒く炭化した足を引きずり、歩こうとする。痛い。痛い。
 ブータが短く鳴いた。長い尻尾を左右に振る。
「先生、……お願いです。私を、テレポっ痛っ……テレポートさせてください。あの人のところへ。使い捨ての量産型である私の為にあの人が傷ついては、駄目です……」

 ブータはふーと言った後、ニャと鳴いて大きな頭をごっちんとののみタイプの足にすりよせると、短く歌を歌った。
 ののみタイプの身体が、金色に情報分解する。
  来須の背に生える金色の翼のように、ののみタイプが現れる。

 ののみタイプは、来須の背に抱きついた。
幻の血に濡れた来須の拳に、自分の手を重ねる。
青い輝きが、来須の拳に移行する。

「しょ、精霊手といいます」
「知っている」

 驚いて目を大きく開くののみタイプ。その拍子に、溜まっていた涙が、一筋落ちた。
来須は、何も言わずに一旦腰を落としてののみタイプを背負うと、歩き出した。
 ミノタウロスの拳を、やすやすと避けて見せる。来須が動くたびにうめくののみタイプ。
「目を強くつぶれ。歯を食いしばれ。痛いのは一瞬だ。それから、お前は勘違いしている。ガンプ・オーマが、青のオーマが最強なのは、そのような手品が使えるからではない」

 来須は、ののみタイプが素直に歯を食いしばったのを吐息で確認した後、脚の人工筋肉を一気に膨れ上がらせた。自分の骨がきしむ音がする。
 そして、三歩助走をすると跳躍をした。
振り下ろされたミノタウロスの拳に乗り、さらに飛び、ミノタウロスの顔を回し蹴りで叩き潰す。
 ののみタイプの甘栗色の髪が、来須の顔にかかった。
 

戦闘は、終了した。
 
 

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担架に載せられ、気絶したののみタイプは、腕に覚醒薬を注射させられて、目を覚ました。
土くれに汚れた白いワンピースに、血がついている。

自分を覗きこむ準竜師が、見える。
「どうだった」
「……あ、はい……第5世代が出したのは……九州撤退が、条件です」
「そうか、その程度だろうな。ごくろうだった」

 準竜師はうなずくと、担架をヘリに積みこませた。
「……あの」
「なんだ」
「あの人は」
「お前が知る必要はない。忘れろ」準竜師はそう言うと、ののみタイプの手の中に認識票を握らせた。「これは命令だ。更紗、眠らせろ」
「はい」

 ヘリのハッチが、閉まる。

“黄色い”ワンピースを着たののみタイプは、優しく微笑んで燃え盛る草の臭いを無視すると、来須を見た。

「良く妹を助けてくれました」

 来須は、何も言わなかった。
帽子をかぶり直し、背を向ける。

「優しくしてやってください。……クローンでも、人ですから」

 来須は、何か言おうとして、言うのをやめた。
そのまま歩調をはやめ、ヘリに乗り込む。
 

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