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森さんのガンパレード
 
 

 森は病室から出た後、ドアをしめた。
少しだけ頬を膨らませて。少しだけ涙ぐんで。
いまいましいくらいに青い空を、窓越しに見上げる。

 青いバンダナが、風に揺れた。好きだって聞いたから、変えたのに。

「…ちぇっ。」
森は、ちょっとだけ泣いた。
 

森を見ないフリをしながら、目の前を歩いていく若宮と来須。一心不乱の形相である。
 森は、泣きながら、笑った。
 

瀬戸口とののみが、森の横を通り過ぎて病室のドアをあける。
 ののみは何か言いたそうだったが、瀬戸口は、微笑んでののみを部屋の中に入れた。
ウインクを残して、自分もすぐ入る。
 

 涙を手袋で拭いて、もう涙が落ちないように上を向いて、森は口を開いた。
「もう…まったく、騒がしいったら。悲しむことも出来ないじゃない…」

「なに恥ずかしいことやってるんだよ。」
「…大介。」
 森は思わず、声の方向を見てしまった。涙が、落ちる。

 廊下の端まで行って、回れ右してこちらに向かおうとしていた若宮と来須が、行き場を無くして足踏みをしている。

 茜は、口に手をあてた森の表情を見て、真っ赤になった。
怒りともひるみとも恥ずかしいともつかない顔で、歯を食いしばると、森の腕を掴む。
「来い。」
「ちょっ、ちょっとまってよ…」
「いいから来い!」
「…待ってよ…こう見えても、泣いてるんだから!」
「見れば分かるさ!」

 茜は大きな目を潤ませた森を見ないようにして口を開いた。
「姉さんのそんな顔を人に見せられるか。」

 茜は顔に手を当てる森の腕を無理矢理引っ張ると、そのまま足踏みする若宮と帽子を深くかぶりなおす来須を、にらみつけて歩いていった。

 階段をあがり、ドアを開ける。

まばゆい光。

そこは青空だった。
青空の見える、屋上だった。

干された白い洗濯物が並ぶ中、十歩歩いて、茜は一度目をつぶると、手を離した。
 肩を震わせて泣いている森を見きれず、さりとて叩く壁もなく、干してあるシーツを叩いてみる。

 そして茜は、金色の髪をかきあげた。
「はっ、速水もバカだな。あんな、芝村のうすらバカを選ぶなんて…」
「あの人のことを悪く言わないでよ!」
「…実はトロイくせに、こういう時は速いじゃないか。」

 森は5秒考えた後、涙をふいた。

「無職のくせに。」
 茜は大きくぐらついたが、とりあえず倒れはしなかった。
「僕のは計画だ。」
「無職のくせに。」

 茜の髪の毛が逆立った。

「無職のくせに…。」
「泣くか文句を言うかはっきりしろよ!」
「…そったらこと言ったって…うち…だって不器用やもん。」
「ああー!もう! そんなことは知ってるさ! 3月4日から今日の今日までに!」
 茜は干してあるシーツに八つ当たりした。
やっつけられて風に飛んでいくシーツ。

「怒らないでよ!」
「怒ってるの姉さんじゃないか!」
 
 
 

シーツが、飛んで行った。

 急に細い肩を下げて、茜は自分がバカだと、思い知った。
「いいか、姉さん。はっきり言っておくけど、あのぽややん速水はいいやつだけど、芝村に魅入られている。もう駄目なんだ。あいつは毒されている。最悪だ。」
「…。」
「泣いたって駄目なんだ。」
「…男は、ずるい。」
「なんで。」
「それでも友達になれるじゃない…。」
「なに言ってるんだ、バカ。僕は、違う。もう芝村になった奴なんかとは話さない。」
「毎日プロレスごっこしてたくせに。」
「それは…あいつが、足をからませるとムキになって怒るからで…」
「明後日、二人で映画行くんでしょう。超辛合体バンバンジー特別編。」
「いや、それは滝川もいるんだ。三人で、もちろん速水とは話さないとは誓ったけど、映画を見に行く約束はもうしてしまった以上、仕方がない。」
 森は握りこぶしを握った。
「月曜に泊りに行くくせに。」
「だって芝村に出す料理の実験をするとか言うんだ!」

 森は涙で濡れた手袋を脱ぐ(取るでなく)と、バンダナを取って茜をにらみつけた。
「嘘つき。」

「違う。泊りには行っても話さない。」
「違うもん…芝村さんと速水くんが…その、つきあうって知ってたくせに。」
「いや、それは…その時はあの芝村は芝村だけど、まあ、色々違うからいいかなーと思ったわけで。姉さんがまさか、よりにもよって…くそ、何話しているんだ。」

「結局、ずるい。この場かぎりの嘘なんかついて。」
 茜は、ついに激怒した。元々気が大変短いのである。舞台俳優のごとく大きく手を振る。
「ああ、そうさ。こう見えても僕はあのぽややんの親友だ。だって仕方ないじゃないか。友達なんだから!」

「ずるいっす!」
「なんだと!」
「その上落ち込んでいたときはげまして貰ってたくせに!」
「あの時は色々あったんだ!ほんとに! あいつが居なかったら、僕は人として間違ってた!」

「嘘つき、嘘つき嘘つき!」
「うるさいうるさいうるさい!」

二人は自分の耳を手で抑えて、盛大にわめきあった。息が切れるまで。
 

荒い息をはいて、二人がにらみあう。
 汗までかくあたりが、若さであろう。

 金髪を紅い頬にはりつけて、茜は、上気して自分を見詰める森から、目をそらした。
「バカくさい。」

前髪が目に入りそうなので、目をしばたかせながら、森はバンダナをつけた。すまし顔。
「バカみたい。」

涙はもう、出てこなかった。 夜になって一人きりになれば、別だろうけど。

「いまいましい天気だ。晴れすぎている。」
「そうね。4月のくせに暑すぎる。」

 二人は、別々の方を見た。汗のせいでシャツが肌に張りつくのか、気持ち悪そうな身悶えをして茜はちらりと、悲しそうな森を見た。

「姉さん。」
「なによ。弟。」

「なんだったら、プロレスごっこしてやってもいいけど。」

森は12秒ほど考えた後、頭が爆発したかのように真っ赤になってバンダナを取った。
上から下まで義理の弟、茜 大介を見て、もう一度半ズボンをはいた足を見て、顔を見る。

「バカじゃないの!」
「間接的に速水の足に触れるじゃないか!」
「ダイバカ!大バカ!…なったらことか!」

 茜は頬を紅くしつつも、軽く満足のため息をついた。
「ちょっと!やめてよ!いや…!」
「もう、飯の時間なんだよ。買い物して、帰る。かあさんが、いじけちゃう。」
「手なんか握らないでよ! ヘンタイ!」
「いつ握った! 失礼な姉め! 掴んだと握ったじゃ1メートル違う!」

 茜は、森の手をひっぱって歩きながら、下の階にいる来須と若宮に、どうやって姉の顔を見せないでくれようかと考えた。

 この義姉の泣き顔と怒り顔だけは、僕の物だ。

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