/*/ /*/ 廃棄実験体46号は、誰のものとも分からない精液にまみれたまま、ぼんやりと天井を見上げていた。 天井だ。まぶしい。 周囲に誰もいないことを確認すると、実験体46号は、瞳孔を急にすぼめた。 歯をくいしばる。 その目は、生物であった。臭くて汚いが、生物には違いない。人形はこのような表情はしなかった。それは苦悶の表情であり、怒りの表情であった。 実験体46号は、かつては自分と同じ仲間であった汚い生き者達を見下ろすと、逃げろと言った。二次性徴前の男のような声だった。 汚い生き者達の瞳になんの反応もないのを見て取ると、なんの迷いもなく見捨て、角材を拾い上げてドアに体当たりして突き破ると肩から血を流しながら逃げ始める。 奇妙なことに、外に逃げるのではなくて、ラボの奥へ奥へと走っていた。
ただ、生き残りたかった。 理由も予想もあったわけではなく、ただ衝動だけがそれを欲していた。 生存本能。 廃棄実験体46号は、きつく閉じられた口から異様な叫び声をあげると研究員の一人の頭を棒で叩きつぶした。念のために何度も叩いた。 ドアの奥には人類の奢りと傲慢と科学が詰まっていた。 逃げろ 廃棄実験体46号は、言った。やはり二次性徴前の男のような声だった。 頭が二つある人間のようなもの、腕が何本もあるもの。頭だけで空を飛ぶものが動き出した。生きている人間を見ると、集団で追い掛け回し、そして足をつぶす。逃げられないようにするためだった。そこから先は知らない。廃棄実験体46号にとっては確認するまでもないことだった。 廃棄実験体46号は間一髪で隔壁の外へ出ると、コントロールパネルを開いて他の隔壁も一斉に閉鎖するように配線を接続した。次々と隔壁がしまっていく。 閉鎖された隔壁が内側から歪んだ。叩く音。あの巨人だろうか。 芋虫のような無様な格好で、それでも廃棄実験体46号は必死に通気口を這った。 通気口から落下する。 そこには逃げ込んでいた研究者達が居た。 「廃棄されるのを待っていた。ずっと」 「身体をいじられながら、記録を抹消される日をまっていた。お前達のやり方は知っていた。お前達のお楽しみのために書類上から登録が抹消されて実際に破棄されるまで、何日かある」 廃棄実験体46号は叫んだ。 「俺の勝ちだ」 繰り返し叫んだ。 「俺の勝ちだ!」 「お前達を全部殺せば、俺は生きられる。ないものを追うことはできない」 廃棄実験体46号は自分の指の骨が折れるまで相手の頭を執拗につぶした。 そしてすべてを殺しつくすと、廃棄実験体46号はラボの全ての区画で強酸の放出を命じた。 生きられる。そう思った。 |