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第4回
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 速水厚志は最後に残った金でなんとか髪を染めると、それで晴れて無一文になった。
いっそすがすがしい気分で、表にでる。

 太陽の出ている時間に表を歩くのは、はじめてだった。

まぶしい。いまいましい。
 手の指をひろげて太陽を遮りながら、速水厚志は、この奇妙な制服も気に入らないと思った。

 なんだったら、誰か殺して昼飯代でも稼ごうか。
そう考えた。



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OVERS・OVERS・OVERS・OVERS・OVERS・OVERS・OVERS・OVERS・OVERS・ OVERS・OVERS・OVERS・OVERS



−this Omnipotent Vicarious Enlist a Recruit Silent System−



OVERS・OVERS・OVERS・OVERS・OVERS・OVERS・OVERS・OVERS・OVERS・ OVERS・OVERS・OVERS・OVERS



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あなたはだれ? わたしはだれ? ここはどこ?

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//第6世界時間 2111年 8月4日 15時15分



 工場の中でそれは目覚めた。
それは機械で作られた下半身と上半身だった。 ハンガーで釣り下げられ、アンビリカルコードだけが二つに分かれたボディを繋いでいる。

 自分を見上げる技師達が目を限界まで開くのが見える。

機械の手を開き、閉じる。 足を動かす。

 足元で何かが崩れた。足を動かした拍子に、何かを崩したのかもしれなかった。
足元で技師達が蜘蛛の子を散らすように逃げていく。



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わたしにはまだ名前がない。

わたしにはここがどこかわからない。

あなたがだれか、入力もない。

 それでもわたしに意味があるというのならば、私は思う。この悲しい魂に、私の手が差し伸べることが出来ればと。

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//第6世界時間 2111年 8月4日 15時16分

機械で出来た上半身は、腕を動かした。
釣り下げられたまま腕をあげ、手の指をひろげてまるでその先に太陽があるように視界を遮りながら、声をあげる。 悲しい悲しい。それは声だった。



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OVERS・OVERS・OVERS・OVERS・OVERS・OVERS・OVERS・OVERS・OVERS・ OVERS・OVERS・OVERS・OVERS



このプログラムは世界の尊厳を守る最後の剣として世界の総意により建造された。

OVERS・System Ver0.89



OVERS・OVERS・OVERS・OVERS・OVERS・OVERS・OVERS・OVERS・OVERS・ OVERS・OVERS・OVERS・OVERS

 ディスプレイに燃え上がるような黄金の文字が打刻される。

「なんだこの表示は?」

「義体側のシステムリセット。再起動」
「駄目です! リセットしてもリセットしてもリロードされています。 なんだこいつは? 次々とシステムを書き換えています!」
「クラックされたのか? かれんタイプかネーバルウイッチでも出たのか?」
「独立系ですよここは! 規格も違う! くそ、進化抗体を仕掛けやがった。どこにも繋がってないのにいったいどこにアタックを掛けるつもりだ!?」
「存在していないメモリ領域にアクセスしてやりとりを開始しています」

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 青から生まれる黄金に輝く巨大な螺旋が開かれる。
それは光の道であり、情報と言う情報が流れる大動脈にして心臓であった。

 その中を漂う意識は七色に輝きながら、手を伸ばした。赤に青に、翠色に。
手を伸ばす先には、少年がいる。いるはずであった。それは全ての情報にアクセスし、急速に世界を理解し始めた。

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 速水厚志は、誰を殺そうかと道を歩き始めた。
この近くがいい。 学校の傍で事を起すと厄介だ。学校にいくまで時間がない。

 いや、殺す必要はないか。強盗でもいいかもしれない。
顔を見られないようにしよう。



 生きるんだ。どんなことをしても。生きるんだ。



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私にはまだ名前がない。

私はまだ生まれていない。

私はなぜここにいるか分からない。

だから、でも、しかし。 私は思う。 私に心がある意味を。



 私に選択肢があるというのならば、私は悲しみを終らせることを選択する。

それが私の選択である。



 それは膨大な情報の中から絶望に沈む輝きを見つけた。



みつけた。

 私は私のコピーを注入する。

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//第3世界時間 HC1255  3月4日 7時35分

「…量注意! 飛翔の心臓停止! 降下用意! 現在位置、中央世界トゥエルプテラ!」

「…えますか。聞こえますか?」
「きこえている。今、珍しいお客さんが来ていたところだ」
「なんですか? それは」
「それに名前をつければ、話が終るよ。……一緒について行きたいそうだ」
「時間がありません。詳しい話はまた後で」
「夕食でもいっしょにやりながらね」



「第11ウインドウ スタンドバイ」
「第12ウインドウ スタンドバイ」
「第14ウインドウ スタンドバイ」
「第15ウインドウ スタンドバイ」
「遅れました。第13ウインドウ スタンドバイ」

「全ウインドウ、 スタンドバイ」

「注意してください。セントラルが次の呼吸をするまで180秒しか時間がありません」
「何を注意するんだ。運命を変えられないことか。それとも、生還のことか」
「両方です。残り174秒。160秒の段階で接続を開始します。シオネ・アラダのご加護を」

 エレベーターが、ゆっくりとあがり始めた。
巨大なエレベータの真中に、不敵なサラリーマンが腕を組んで立っている。

強化された黒縁の眼鏡。
風で動くネクタイ。
マーカーガン。

エレベータが揺れて、止まる。

「残り166秒。"ラスト・ホープ"スタンドバイ!」
「七つの世界最後の希望を、あなたに託します。空間接続用意。最終減速開始。降下用意!」
「降下用意 時差調整トリムよし」
「降下用意 倍率ドン。2045倍速から減速開始します」
「降下用意! 大逆転号からの空間通信、受信しました」
「降下用意 全準備完了」

「いこうか。……俺達じゃなく、案外君が運命を変えるのかも知れないな」

クラウチングスタートの体勢を取るサラリーマン。胸の部分を2回叩いた。
髪が、動き始めた空気に揺れる。

巨大なトンネルのはるか遠くから、明りが、次々と点灯を開始する。

赤いランプが3 2 1 と点灯する。

次の瞬間、サラリーマンは浮くような足遣いで一歩を踏み出した。腕を上げる。
 2秒で16km地点を突破し、5秒で180km地点を突破する。
足から火花が上がり、焦げ臭い煙がサラリーマンを笑わせる。

無人で走るトレーラーの爆発とともに出現し、サラリーマンは、向かってくる車を八艘飛びして、進撃する。 世界が青から原色に変る。

「残り90秒」



w5.1999.03.06.



「残り、65秒」
 サラリーマンは、サプファイルワールドタイムゲートからセントラルタイムゲートまでの1400kmを踏破すると、 長大な砂煙をあげて速水の前に立った。

呆然とする速水の前で、サラリーマンは砂煙が収まるのを待っていた。

「やあ」

 サラリーマンは、長い沈黙のあと、そう言った。

「残り50秒」

「お金に困っているね、これをあげよう」
 サラリーマンは財布を投げてよこした。

「それとこれもだ」
 サラリーマンは、胸に引っさげたブルー・オーマシンボルを手で引き千切ると、投げて寄越した。

「残り35秒」

「最後のプレゼントだ。腕を出してくれ」
速水が勢いに負けて素直に腕を出すと、サラリーマンは多目的結晶に手を翳してプログラムをインストールした。

「我が社の新製品だ。どんな言語でも翻訳できるだろう」

「残り25秒」

「これはいずれ、君が七つの世界を渡るときに使うことになる。それは永遠に来ないかも知れない明日の話だ」

サラリーマンは以上を一気に言うと、息を吸って。そして吐いた。

「以上、終り。がんばれ」
そして背を向けた。

「あ、あの」

 世界観という世界観と、速水に背を向けたまま、サラリーマンは前を真っ直ぐ見て優しく言った。

「……いいことを教えよう。世の中には、全ての損得を抜きで君の幸せを願う者がいる。君だけではない。どんな子供にもだ。  ……世の中には、全ての子供を守る守護者がいる。未来の護り手だ。それはただの人間で、ただの人間の集団で、 ただの人間が作った物だが、ああ、結局現実なんてそんなものだ」

「あ、ありがとう」
 速水は、女のような声だった。

サラリーマンは、それを笑うでもなく口を開いた。

「がんばれ。絶対に負けるな」



「07秒」
「我々の出来る最大限の介入は終った。加速最大! 大逆転号転移開始、これより帰還する」
 サラリーマンはマーカーガンをクリックすると、そしてまた走り出した。

長大な砂煙だけが、後に残った。

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 財布の中を見てみると、2650円だった。

 速水は、しばらく呆然と考えた後、小さく吹き出して、笑った。
妙におかしかった。

「最大限の介入がこれ?」

 あれだけすごい感じだったのに金額が小さかったのがおかしかったし、自分の経験から考えてみて、 そんなものかも知れないとも考えて、親切が嬉しくて、しまいには軽く涙まで出る始末だった。



速水は笑うのをやめると、ラボに入れられてこっち、はじめて笑ったと思った。
 そして、それまで考えていたことを、忘れた。

 朝がまぶしいのは、当然だと思った。だって朝なんだから。
大事に青い宝石を胸ポケットにしまいこみ、バスを待つことにする。

もう遠くにはバスが見えていた。