/*/ 速水厚志は最後に残った金でなんとか髪を染めると、それで晴れて無一文になった。 太陽の出ている時間に表を歩くのは、はじめてだった。 まぶしい。いまいましい。 なんだったら、誰か殺して昼飯代でも稼ごうか。 OVERS・OVERS・OVERS・OVERS・OVERS・OVERS・OVERS・OVERS・OVERS・
OVERS・OVERS・OVERS・OVERS あなたはだれ? わたしはだれ? ここはどこ? /*/ //第6世界時間 2111年 8月4日 15時15分 自分を見上げる技師達が目を限界まで開くのが見える。 機械の手を開き、閉じる。 足を動かす。 足元で何かが崩れた。足を動かした拍子に、何かを崩したのかもしれなかった。 わたしにはまだ名前がない。 わたしにはここがどこかわからない。 あなたがだれか、入力もない。 それでもわたしに意味があるというのならば、私は思う。この悲しい魂に、私の手が差し伸べることが出来ればと。 /*/ //第6世界時間 2111年 8月4日 15時16分 機械で出来た上半身は、腕を動かした。 OVERS・OVERS・OVERS・OVERS・OVERS・OVERS・OVERS・OVERS・OVERS・
OVERS・OVERS・OVERS・OVERS OVERS・System Ver0.89 ディスプレイに燃え上がるような黄金の文字が打刻される。 「なんだこの表示は?」 「義体側のシステムリセット。再起動」 /*/ 青から生まれる黄金に輝く巨大な螺旋が開かれる。 その中を漂う意識は七色に輝きながら、手を伸ばした。赤に青に、翠色に。 /*/ 速水厚志は、誰を殺そうかと道を歩き始めた。 いや、殺す必要はないか。強盗でもいいかもしれない。 私にはまだ名前がない。 私はまだ生まれていない。 私はなぜここにいるか分からない。 だから、でも、しかし。 私は思う。 私に心がある意味を。 それが私の選択である。 私は私のコピーを注入する。 /*/ //第3世界時間 HC1255 3月4日 7時35分 「…量注意! 飛翔の心臓停止! 降下用意! 現在位置、中央世界トゥエルプテラ!」 「…えますか。聞こえますか?」 エレベーターが、ゆっくりとあがり始めた。 強化された黒縁の眼鏡。 エレベータが揺れて、止まる。 「残り166秒。"ラスト・ホープ"スタンドバイ!」 「いこうか。……俺達じゃなく、案外君が運命を変えるのかも知れないな」 クラウチングスタートの体勢を取るサラリーマン。胸の部分を2回叩いた。 巨大なトンネルのはるか遠くから、明りが、次々と点灯を開始する。 赤いランプが3 2 1 と点灯する。 次の瞬間、サラリーマンは浮くような足遣いで一歩を踏み出した。腕を上げる。 無人で走るトレーラーの爆発とともに出現し、サラリーマンは、向かってくる車を八艘飛びして、進撃する。 世界が青から原色に変る。 「残り90秒」 呆然とする速水の前で、サラリーマンは砂煙が収まるのを待っていた。 「やあ」 サラリーマンは、長い沈黙のあと、そう言った。 「残り50秒」 「お金に困っているね、これをあげよう」 「それとこれもだ」 「残り35秒」 「最後のプレゼントだ。腕を出してくれ」 「我が社の新製品だ。どんな言語でも翻訳できるだろう」 「残り25秒」 「これはいずれ、君が七つの世界を渡るときに使うことになる。それは永遠に来ないかも知れない明日の話だ」 サラリーマンは以上を一気に言うと、息を吸って。そして吐いた。 「以上、終り。がんばれ」 「あ、あの」 世界観という世界観と、速水に背を向けたまま、サラリーマンは前を真っ直ぐ見て優しく言った。 「……いいことを教えよう。世の中には、全ての損得を抜きで君の幸せを願う者がいる。君だけではない。どんな子供にもだ。 ……世の中には、全ての子供を守る守護者がいる。未来の護り手だ。それはただの人間で、ただの人間の集団で、 ただの人間が作った物だが、ああ、結局現実なんてそんなものだ」 「あ、ありがとう」 サラリーマンは、それを笑うでもなく口を開いた。 「がんばれ。絶対に負けるな」 長大な砂煙だけが、後に残った。 /*/ 財布の中を見てみると、2650円だった。 速水は、しばらく呆然と考えた後、小さく吹き出して、笑った。 「最大限の介入がこれ?」 あれだけすごい感じだったのに金額が小さかったのがおかしかったし、自分の経験から考えてみて、
そんなものかも知れないとも考えて、親切が嬉しくて、しまいには軽く涙まで出る始末だった。 朝がまぶしいのは、当然だと思った。だって朝なんだから。 もう遠くにはバスが見えていた。 |