ームバランス、カマキリの場合

03/02/03


 多くのRPGでは、主人公の緩慢だが確実な成長が、システムの大前提にあり、快感を生み出す主要素を兼ねる。
 そしてたいていの場合、この成長のペース配分はプレイヤーと、実際にはゲームデザイナーの、思惑の下でコントロールされる。
 だからRPGは、多くの人がとりあえずクリアが保証された、安心してプレイできるジャンルとして成立している。

 昨年の夏の始め、僕の次男は1匹のカマキリを近所の上級生からもらい、飼うことになった。
 名前は、確か“カマカマ”だ。
 ご存じのとおり、カマキリは立派な肉食動物である。
 ペットショップで安いスズ虫でも手に入れてこない限り、エサを安定供給するのがやっかいだ。
 あいにく家の近辺には、大型甲虫以外の昆虫を扱うペットショップは1軒もない。

 最初のころは、そう大変でもなかった。
 近くの公園に息子と出掛け、小さな茂みをのぞけば、8ミリくらいのバッタがいくらでもいた。
 4、5匹のバッタを捕獲するのに、ものの10分とかからなかっただろう。
 このバランスが2週間程、続いた。
 その後、カマカマは脱皮し一回り大きくなった。
 僕もカマキリの脱皮なんてもんは、初めて見た。年がいもなく、ちょっと興奮したのを覚えている。

 ちょうどこのころ、バッタの側にも同様の変化が起きていることに気づいた。
 具体的には、バッタを見かける機会がいつの間にか激減し、その代わり見つけた個体の大きさの標準は、3〜4センチにもなっていた。
 (どうして気づかないんだ、と言われそうだが、毎日毎日見てると、意外と気づかないもんなのだ)
 カマカマより、やや小さい程度である。
 おまけにこいつらの跳躍距離と来たら、30センチから10メートルに、それこそ飛躍的に伸びていた。
 一度逃したら、もう追いきれない。
 たぶん僕らが日々バッタ狩りに費やす時間は、30分を越えるようになっていたと思う。
 ま、それでもバッタの1匹1匹がが大きくなった分、えさは2、3匹で足りる気がした。
 カマカマも、自分とあまり大きさの変わらないバッタを、特に今までと変わりなく、むさぼり食っていたように思う。

 8月、1週間ほど、家族で旅行に出掛けた。
 その準備として、最大の懸案事項は、カマカマのえさの問題である。
 息子と協議の末、1週間分のえさを虫かごに入れておこう、ということになった。
 そこで僕と息子は、夏の炎天下、数時間かけて、1ダースほどのバッタやコオロギを捕まえた。
 12匹/7日では、少ないように思えるかもしれないが、僕らは自信満々だった。秘策があったのだ。
 えさの中にカマカマより大きなバッタが2匹いたし、後ろ足を折ってジタバタしないように工夫したからだ。
 ただ、気になることがひとつあった。
 外で時おり見かけるカマカマと同種のカマキリは、カマカマより大きく見えたのだ。

 1週間後、帰宅してすぐに次男は虫かごを見に行き、せい絶な光景を目にする。
 カマカマはまだ生きてはいた。
 が、頭が取れかかっていたし、羽は残っていなかったし、6本の手足も2本しかなかった。
 そして、1番大きなバッタが1匹、何食わぬ顔で虫かごの側面にぶら下がっていた。
 カマカマはその日のうちに死んだ。
 要するに息子のカマキリは、えさであるはずのバッタに食い殺されたのである。

 考えてみると、カマキリもバッタも何百という兄弟の中で、秋まで生きてめでたく交尾に至るのは、せいぜい数匹。
卵にしたって全部がふ化するわけではないだろう。
 残りはすべて生存競争の途中で脱落する。これが彼らの摂理だ。
 何億年も前から、このシステムでやってきて、ただの一度も大きな破たんはなかったはずだ。
 だからカマキリもバッタも、今も世界中にいる。
 ゲームデザイナー的に言えば、シンプルで柔軟性に富む、実に美しくて力強い、理想的な完ぺきなシステムだ。

 ちょっと想像してみてほしい。
 自分が何をしても何をしなくても時間は過ぎ、それに伴い、敵の数は減り、残った敵はどんどん巨大になり、強暴でズル賢くなる、
そんなゲームバランスを。
 戦い食らい、常に他を圧倒し続けなければ、すなわち敗北。
 最後に残る勝者は、せいぜいひとりか、ふたり。
 ゲームとしては、あまりに過酷で、正直言って商品化にはかなり敷居が高いと思う。

 だが、あなたの家の庭先や、近所の公園、河原、そんな近くに、このゲームバランスは確かに存在するのだ。
 小学1年生の僕の息子は、このゲームバランスを否応なく認めた。
 認めなければ、涙が止まらなかったからだ。
 これが僕ら親子にとって、この体験の最大の収穫かもしれない。

 以上
Alfa・MARS PROJECT