話“イカの骨”

99/5/11 桝田省治


 しばらく空き家だった、自宅の隣に親子が引っ越してきた。
 隣の子供は学校は違うがウチの長男と同じ小学1年生、Kくん。
 それまでウチの長男の遊び相手は隔週末にやってくる向かいの家のお孫さんたちだけだったので、長男はこの新しい友だちKくんの登場を とても歓迎しているようだ。
 表札を見る限りこのKくんの両親の苗字は異なる。長男に理由を聞かれたが、推測を述べるのも無責任なので知らないとだけ答えた。
 Kくんの両親は1キロほど離れた場所で小さな飲み屋を経営しているそうだ。そのためか夜はこの家には誰もいない。その間Kくんはどこに いるのか、これも長男に質問されたが、僕にはわからないので答えようがない。
 
 さて“イカの骨”の話はここからだ。
 先日の日曜、ウチの長男、Kくん、向かいの家のお孫さんたち3人、計5人の小学生が家の前の道で半壊のミニ4駆で遊んでいた。
 その半壊のミニ4駆は、Kくんの宝箱(要するに大人から見るとガラクタ箱だ)の中ではまだまともな1品だ。
 ここにウチの次男(3歳)が乱入。
 年齢が離れているためその遊びのノリについていけず、ほどなくひとりで遊び始める。ふと見ると長さ20センチくらいのサーフィン ボード状の白いモノが次男の手に握られていた。
 次男はそれを道にこすりつけ絵を描こうとしているようだった。
 この物体は何なのだろうと観察していると、それは真ん中からポキリと折れた。
 
 Kくんの表情が変わった。
 はたしてその奇妙な物体の正体は、Kくんがお父さんがからもらったイカの骨だった。
 Kくんの説明では、丹念に洗い日に照らし乾かすというめんどうな作業を経て今の状態になったらしい。
 つまりはKくんの宝箱に大切に保管されていた宝物の中でも極上のモノ。
 その宝物が無残に折れてしまったわけだ。
 怒りと悲しみが複雑に入り交じったKくんの表情は、無責任な表現だが「圧巻」であった。気まずい沈黙が30秒ほど。
 
 Kくんは偉かったと思う。
 3歳のチビの過失を感情に任せて責めるようなマネはしなかった。
 その代わり彼は、とても前向きな発想の転換を図った。
 Kくんは他の4人の子供にジャンケンをしろと告げた。
 勝者1名に彼の宝物であるイカの骨の半分をあげると言うのだ。
 新しい友人たちへの友情の証し。彼なりの最高級のプレゼントだ。
 
 だが1番年長の子が「オレ、イカの骨なんていらねェ」と言った。
 あとは右にならえである。
 この残酷な宣言を聞いたときのKくんの表情は言葉にできない。
 
桝田省治
Alfa・MARS PROJECT