・ワセダエトセトラ 桝田省治インタビュー

03/05/26


 以下は、早稲田大学登録団体、早稲田エトセトラ発行の大学生向け雑誌、ザ・ワセダエトセトラ別冊2号(2000年8月発行)に掲載された 桝田省治インタビューです。
 インタビュアーは、当時、早稲田大学の学生だった平野直子さんと他数名の学生さんです。
 今回、平野さんのご協力により転載させていただけることになりました。
 ありがとうございました〜!
インタビュー ゲームデザイナー桝田省治〜物語のもうひとつの語り方〜
 口から口への昔話から映画・ドラマにいたるまで、「物語」は全ての時代で、さまざまなメディアで語られてきました。そしていま、 ロールプレイングゲーム(RPG)をはじめとするゲームという分野が、物語の受け手と語り手の間にインタラクティブな新しい関係を提示しています。 桝田省治さんはそのインタラクティブ性を利用して、斬新なシナリオのゲームを製作しています。広告業界からの転身、物語、ゲームという メディアなど、幅広くその世界を語ってもらいました。

―― 今日は桝田さんを知らない人にも、桝田さんのユニークさを知ってもらいたいと思っている んです。
 桝田さんのゲームの説明書を見ると、ご自身が書いておられることが多いですね。ゲームデザ イナーがそういう形で前面に出ているものは、あまりないと思うのですが。
桝田
(以下M)
 そういう「とりあえず全部俺」みたいな作り方してるのって、 堀井さん(堀井雄二氏 ※注1)と僕くらいだね。今どきのゲームは分業で作るから。
―― そういう作り方のせいか、桝田さんのゲームっていうのはひとつの「作品」っていう感じがしますね。
M  あんまり作品っていう意識はないんだけどね。
◆ゲームに関わったきっかけ
―― 最初に、「ゲームデザイナー桝田省治」誕生への軌跡についてお聞きしたいと思います。ま ず、ゲームに関わることになったきっかけはなんでしょうか?
M  僕、ハドソンが『天外魔境』(以下、『天外』)の1を作るときに、広告担当してたんだよ。天外の1っていうのは、CD-ROMゲームの 旗頭にならなきゃいけないものだった。その見せ方を考えなきゃいけないから、広告っていうのも大事なお仕事でね。ところがいつまでたっても ゲームがあがってこないんで、困っちゃって札幌に行って手伝った。
 はじめはハドソンがさくまさん(さくまあきら氏 ※注2)に、シナリオを直してほしいって依頼したんだよ。でも、そのときさくまさんは、 『桃太郎伝説』(※注3)のシリーズを3本くらい抱えてて、仕事量が完全にオーバーしてたのね。僕は当時さくまさんのプロデューサー的立 場にいて、これ以上は無理だっていうのがわかっていた。だからダメってハドソンに言ったら、 「じゃあお前がやれ」って言われてさ。
―― 「なんで俺?」みたいな(笑)。
M  そんで結構すごい値段をふっかけたら――断るためにだよ――「それでいい」っていう電話がかかってきて、その次の日から三ヵ月くらい 札幌に缶詰にされて、会社に帰ってきたら席がなくなってたの(笑) 。
―― それほどふっかけてもオーケーだったということは、そのとき既に桝田さんは相当買われていたということですよね?
M  どうなんだろう……? その頃のゲーム業界っていい加減だったんだよ。
―― 『天外』制作はまだ、広告会社の社員としてのお仕事だったんですよね。
M  広告会社のひとつの仕事としてやってたの。それまではハドソンと、桃太郎伝説のシナリオを書いたさくまさんをつなぐ人間として 立ってたわけよ。で、彼は文筆業の人だから、文章を書くとか、世界観やキャラを作るのとかは得意なのね。だけど、自分のやりたいことを 実際にゲームの形にするにあたって、式やら数字やらに落としこんでいかなきゃいけないわけじゃない? 僕はそこで、そういうプログラマーの仕事でも、さくまさんの仕事でもないところを作っていく仕事をしてた。
 だからシナリオに関しては、「ほらこうやったときに、このセリフ抜けちゃうよ」とか「こう展開したときはどうするの」って、シナリオが 分岐するところをチェックして書き足したり、つじつま合わせを手伝ったりするだけの役だったんだけど
◆天外2を作ることに
―― では、本格的にゲームのシナリオを書くことになったのはいつのことなんでしょうか?
M 僕が初めてまともにゲームを一本作ったのは、『天外魔境2』のときなんだけど…… それまで僕、シナリオ書いたことなかったんだよ。シナリオどころかキャラを作ったことさえなかった。
―― すぐシナリオを書けるような下地をお持ちだったんでしょうか?
M  いや、僕はそのころまで小説も読まないし映画も観ないし、ちょっと前まではゲームすらやらなかった。そういうエンターテイメント関係とは まったく無縁だったの。そのとき広井さん(広井王子氏 ※注4)のオーダーとして、キャラクターが「立った」、キャラクターのゲームにしたいって いうのがあったのね。それで、『キャラがたってる』って何だろうと考えた。
 それで、RPGゲームに近い、参考にできる媒体として、もしくは分析のために時間が「見える」ものとして、ビデオ屋さんでたくさんの人が観てそうな 映画を何本か借りてきた。 それを最初にばーっと見て、自分がどこでどういう風に感じたかをメモしておいて、あとでそれはどうしてだったのかを、ストップウォッチで時間を 計りながらチェックしていく。「あのキャラがここでこういうことをやってるから、この伏線がきいてくるんだな」「ああ、三十秒でこのキャラを こう立ててるんだ」とかいうのを、一本三日くらいかけて分析した。それで、「あ、ツボはこれね」っていう法則を何個か見つけたんだよ。 今から考えると稚拙な法則なんだけどさ。 それをもとに作って成功したのが『天外2』。
◆脱サラの理由
―― 独立はいつ考えたんですか?
M  いろいろ理由はあるんだけど、ひとつは『天外1』をやることになったときに、もう体がおかしくなってたの。サラリーマンだから、 九時半から五時半までは会社で働いてんだな、一応。そのあとにさくまさんのところに行って、仕事に入るのが夜の八時とか九時くらい。 朝の四時とか五時にファミレスでご飯食べて、じゃあまた明日ってうちに帰ってたの。
―― よく体がもちましたね。
M  よくぶっ倒れてたんだよ。会社の前で気を失ったりして。そんで、「だめだなこれシャレにならないな、どっちかやめよう」と思った。
―― そんなに好きでもないゲームを、よく仕事にしていこうと思われましたね?
M  それもいくつか要素があるんだけど、ひとつは(『天外2』を)「作れちゃった」っていうこと。別に練習したわけでもないのに、 作れてしまった。これで「やっていけそうだな」って思った。
―― 確信があったんですか?
M  うん。
◆広告業界
―― 広告業界といえば学生の憧れですが、未練はなかったんでしょうか?
M  僕が大学のころは、糸井さん(糸井重里氏)とか仲畑さん(仲畑貴志氏 ※注5)とか、広告業界やそのクリエイターにすごく注目が 集まってたころだったわけよ。「コピーライター」という言葉が世間一般に出ていった頃で。当時僕は、広告業界って面白そうな人がいっぱい 集まってるところだなって思っていた。
 でも入ってみたら、実際にはそうじゃなかった。広告業界っていうのはちゃんとした組織で、会社なんだよ。会社の何割かの人は総務で電卓叩いてるし、 ある人たちは営業マンとしてテレビ局とかいろんなクライアントのところに行ったりしてる。扱ってる商品が情報というだけで、他の会社と なんら変わらなかった。そういう組織ってなんていうか……悪い言葉で言うとサラリーマン的というか、保守的というか。
 そこ結構給料よかったんだよ。その地位に甘んじて、「こんくらいのとこやっときゃいいだろう」っていう人が七十パーセント強、 まったく使えない人たちが二十パーセント。残りの人たちが、自分のもらってる給料の四倍とか五倍とか、下手すると十倍くらい働いてるという、 そういう構造なのね。
―― 夢を抱いて入ったのに……。
M  もちろんおもしろい人もいたよ。だけど、その人たちってそこそこの歳になると会社を出ちゃうんだよ。出たほうが儲かるから。 で、僕もそのときちょうど三十くらいだったから、それを見習わせてもらった。
◆ゲーム業界草創期
―― 広告業界に対して、ゲーム業界はどのようなところが魅力だったんでしょうか?
M  さくまさん含めてゲーム業界って若かったし、変なやつがいっぱいいたから(笑)。
―― 学生時代に憧れてた広告業界に近いものがあったんですか?
M  もっと変だったんだよ(笑)。
―― どういうふうに?
M  例えばゲームなんて、今だったらCD-ROMで原価八十円くらいのもんだよね。それを五千八百円くらいで、下手すると九千八百円くらいで 売ってるわけじゃん。そういう商売には、こういう(顔の傷を示す仕草)人たちとか、とりあえず儲かるとこに投資!って人たちとか、あるいは そういう人たちをだまくらかして幅きかせてる人たちなんかが集まってくる。その一方で「ゲームっておもしろいなあ」って心底思ってる 少年たちがいる。そうかと思うとさくまさんとか堀井さんみたいに、他の業種から「おもしろそうだ」って入って来ちゃった人たちもいる。 そういう有象無象の妖怪変化の塊みたいだったんだよ。だからおもしろかった。
◆シナリオの法則
―― ところでさっきおっしゃっていた、人をおもしろがらせるツボっていうのはなんでしょう?
M  感情の振り幅をうまく使うことだよね。人間が喜ぶときと落ち込むときの、感情の幅は限られているんだよ。例えばほめ言葉も最初は うれしいんだけど、あんまり何回も言うと効き目もなくなってくる。だけど三回目くらいにマイナスのことをちょっと言っておいて、 「だけどもね、ここがいいよね」ってまた言うと、幅ができるでしょ。このコントロールを、キャラクターとかそれを立てるシナリオとかで、 うまくやってるのがウケてるなって。
 ホラーって世界共通で売れるんだけど、それがいい例だよ。怖いのとおもしろいのが背中合わせになってるから、この幅をすごく使いやすい。 だってひっくり返すだけで、(振り幅の)上から下までいくんだから。僕の作るゲームってわりと究極のピンチ状態の設定多いじゃない。 だけど、意外と笑えるじゃない。これがホラーのノリなんだよ。ヤバイのにくっついてるおかしみ、というか。
―― シナリオの勉強に使ったのは、ハリウッド系のメガヒット映画でしたよね?
M そう、やっぱりあの連中は考えて作ってるよ。お見事だよ。ゲームでもその基本構造はおなじなんだよね。
―― 媒体の違いっていうのは関係ないんですか?
M 小説や広告は、情報が一方的に流れてくるだけだから、構成がかっちりしててわかりやすい方がいい。これはA! でこれはB! とか。 でもゲームは自分が介入していけるんだから、足りない部分を自分で埋めちゃった方がおもしろい。ほらあれだよ、田舎芝居ってのが あるでしょ? 温泉旅館のステージで、じーさんばーさん相手に見栄きったりするやつ。あれだと、客にあわせてその場で芝居変えちゃう。 歌舞伎だと、できあがったストーリーとかキャラとか、先人のやったことなんかは、よっぽどのことがないと変えないんだよ。 だけど田舎芝居なんてのは、客の受け方によって、ベースの筋をいくつかのパターンにそってその場で変えちゃうの。こうなると(歌舞伎とは)違う メディアなんだよ。ああいうのはベースがあるんだけど、完成形じゃない。その場で作っちゃう。
◆おもしろいものは残る
―― クリエイターは作品に対して主体的であるべきという人もいるでしょうが、受け手としては自分たちの願いがかなったほうが楽しいですしね。
M ああ、そりゃそうだよ。知ったこっちゃないよなあ。そんなこと言うんなら、てめえのやつ何百年も後の人が喜んで読むかって。 つまらないものはなくなっていくんだよ。源氏物語にしたって、あれはおもしろいからみんなが読んだんだよ? きれいなお姉さんがいっぱい出てきて、 その間で行ったり来たりする主人公……ちょっとかっこ悪くてエッチなところがいいんだよな。ギャルゲー(※注6)と同じだよ、根っこは。
―― ちょっとマザコンだったりして。
M そうそう、そういうのってベーシックなんだよ、キャラとしてね。今も舞台の上でやるだけで、そのキャラに自分を投影できる。
―― その考え方でいくと、あまりに突飛な新しい発想は制限されそうですけど……。
M 物語のプロットはだいたい二千か三千かの決まった素材でできてる、っていうことを調べた人がいるんだよ。それをどうやって組み合わせるかで 違いが出る。ギリシャやローマの時代から、その素材はほとんど変わってないんだって。それを無理に新しく作ろうとする人がいるけど、 だからおもしろくない。三千年の伝統をなめちゃいけないよ。
―― ゲームのシナリオに関しても同じことが言えるんでしょうか。
M 僕のシナリオに関しては、見せ方のノウハウはほとんど既存のメディアからとってるんだ。完成度高いもん。いやもちろん、ゲームなりの 見せ方ってのはあるんだけども、基本は――お話とかキャラの立て方ってのは、もう三千年くらい前からやってるノウハウでほとんど変わってない。
 部品は若干リニューアルするんだけど、基本はやっぱり変わってない。「禁断の部屋」とかあると、開けてみたいってのは一緒だよ。 だから部品はね、結構どうでもいいの。そこにはまったときに、僕が予想してる「機能」を果たしてくれさえすれば。
―― 演出に関してはどうでしょうか。ゲームっていうのはプレイヤーが自分のペースで進めるものですから、せっかく綿密にタイミングを計って 作っても、なかなか思惑通りにはいかないのでは?
M 僕のゲームは、基本的にサブゲーム(※注7)を入れないんだよ。例えば『ドラクエ』のようなシナリオで、あるイベントとイベントの間を、 すごい勢いでだだだだっと進んでばっと敵を倒してそのあとに「こんな新しい展開が!」……と進行すると一番おもしろいように作ってあるとする。 でもそこにカジノが挟まると、平気でその間に三日間くらい入ったりする。あるいは『FF』(※注8)のキャラみたいに、「じゃああっちに行こう!」 っていきなりだだっと走って行かれちゃったりすると、「おおい、俺はあっちに行って買い物してから行きたいのに」……ということになる。 僕はこういうリスクは絶対冒さないように作ってるね。
◆答えを探すプロセスを表現
―― 桝田さんのゲームをやっていると、現実にはありえないような設定でも、そのテーマ (※注9)は実感をもって伝わってきます。 やはりテーマが日常生活の中からとられているからでしょうか?
M テーマの立て方っていうの、気にしてることのひとつだね。例えば小説や映画のテーマの立て方っていうのは多くの場合、「AはBだ」って 作者の言いたいことをテーマとして立てる。僕の場合は、「Aのことが気になってるんだけど、BだかCだかDだかわからねえんだよな、どう思う?」って いう、迷っている状況がそのままゲームになってるんだよ。答え、出てないの。僕自身の、答えが出なくて混乱しているという状態を、そのまま 伝えてるんだよ。
―― 答えを探すプロセスを表現しているということでしょうか?
M だって答えなんて、そんなもんなかなか出ないよ。仙人とか神様とかできた人間じゃないんだから。まあゲームをする人は、僕が悩んでる状況を 追体験してるんだよ(笑)。僕は迷っちゃったり悩んじゃったりする人間が好きだな。「人間とは」なんて、どうせ答えなんか出やしないんだから。
 それに、悩んでる自分をこの辺に(離れたところを指差して)置いて眺めるとおもしろくない? Aさんはお金持ちでBさんは性格いいけど、 結婚するなら……とか考えるじゃない、誰でも。そういうふうに結婚を捉えちゃってる自分を、さらに離れて見ると、またおもしろかったり するじゃない。あと、扇風機に指突っ込んでみたくなるとかさ、ホームに電車来るの見て、飛び込んだらどうなるのかしら」とかチラッと考えることって、誰にでもあるじゃない。それを考える自分っていうのをさらに考えるとおかしいんだよね。
―― 悩んでるところを表現してみたいと、そう思ったきっかけなどはありますか?
M まあ……どうかなあ、でもそれは誰でも感じてない? 意識してるかしてないかで。僕自身がそれで驚いたり、悲しんだりするわけなんだけど、 それがベーシックにみんなに共通するものか、僕の個人的なものなのかっていうのを検証するんだよ。で、みんなもそうだったら、「悩みは 分かち合いましょう!」(笑)。
◆違う仮説を試したい
―― 最近ではゲームの市場も大きくなって、百何十万本も売れるようなゲームソフトも出ていますよね。でも桝田さんのこれまでのゲームは、 内容からして「できるだけ広い市場を」と狙っているものではないように思われます。
M うん、僕の場合は、「採算ベースに乗りゃあいいや」っていうときのベースが、十万本だったり十五万本だったりするわけだから、 二百万本とは作り方が違うよ、やっぱり。
―― 売れなくても好きなものを作りたい、ということでしょうか?
M いや、僕もそこまでバカじゃないよ(笑)。やっぱある程度売れる見込みのあるやつしか残さないよ。それでもゲームの製作っていうのは、 僕の場合が長いってのもあるけど、二年も三年もかかるから、よっぽど自分がおもしろいテーマじゃないと気持ちが続かない。
―― 桝田さんに、今の堀井さんのような立場になれる機会があったら、今のやり方でやるのとどっちを選びますか?
M その選択は、『天外2』を作り終わったときにあったんだよ。『天外2』ってすごくメジャーなゲームだったから。あれは、ほとんどの人から 八十点以上もらえる作り方をしてるゲームなのね。僕はそういうゲームを作るためにお勉強して、それが評価されたわけだ。でもそうなってみたら、 もう飽きちゃった。
 既存のメディアにあるノウハウは自分なりに消化して、それをゲームっていうメディアに置き換えてみて、ほぼ成功したんだよね。 同じ手法を採ればまあそこそこ成功していくだろうな、とは思ったんだけど、自分でやったことのコピーっていうのは……きついんだよ。
―― 「誰でもウケる」という手法はもう自分にとっておもしろくないと。
M そのやり方では、せっかく思いついても使えないアイデアってのがいっぱいあった。「これ主婦にはウケたかも」とか「全共闘の世代には ウケたかも」とかさ(笑)。それが本当に僕の立てた仮説どおりに機能するのかどうかっていうのに興味があるわけ。あとは、ゲーム機っていう メディアの、もっとおもしろい使い方を試したかった。
◆ゲームに「する」方法
―― ゲームの製作経過をホームページで公開してるのもすごいですね。
M ああ、真似しようがないからね、僕のゲームは。ネタがベタだから、他の人がやるとかっこ悪いんだよ。
―― 『ネクストキング』なんか本当にベタですよね(笑)。
M ベタっていうか、ナマなネタなんだよね。『ネクストキング』なんて女の子の取り合いゲームじゃん、簡単に言うと。ナマじゃん。 それってやっちゃいけないことだよ。だって、例えば僕と彼(取材側の男性)がトランプで、あなた(同女性)を賭けの対象にしたら…… いやでしょ?
―― いやですけど、自分はやってみたいような(笑)。
M そうそうそう(笑)。でもそれって、普通はゲームにできなかったんだよ。だってそんなもん、ソニーみたいな名前のある会社が、 女の子の取り合いゲームなんて出したら、おばさんたちからすぐ攻撃されちゃうよ。
 あれは、「王様を決める選挙の有権者を、私個人の趣味で女の子にしてみました!」って宣言した、とんちんかんな王様を設定してるから 成り立ってるゲームであって……。もちろんパソコンのマイナーなゲームだったら、たいした市場じゃないし目立たないからいいんだけど、 家庭用のゲーム機でそんなの出せないよ。
―― 他のゲーム製作会社では、考えつかないから作らないんだと思ってました。
M みんな思いつくよそんなもん。『俺の屍を越えてゆけ』(以下『俺屍』)だっておんなじだよ。
―― あれはどんどん人が生まれては死んでいくので、倫理面などうるさく言われないのかなあと思ってたんですけど……。
M あれはそういう呪いがかけられてるから仕方ないってことで(笑)。
―― そいういうごまかし方がおもしろいですよね。
M だから、ほんとは人間同士で子供作ったほうがエッチで楽しいんだけど、さすがにそれは出せないから神様なんだよ(笑)。 しかも神様って言いながらみんな見た目が人間だと通らないから、狼もいるしライオンもいるし。それで「な、神様だろ!」って。
◆「武蔵美(ムサビ)」時代
< td>高校までは京都にいらして、それから武蔵野美術大学に進学されたということですが。
――
M 武蔵美(ムサビ)の中にねえ、変な学科があるんだよ。名前が基礎デザイン学科っていって。基礎社会学とかと同じ「基礎」なんだけど、わかる?
 デザインなり社会学なりがあって、その周辺領域があるじゃない。デザインなのか生物学なのかわからない、あるいは統計学なのかデザインなのか わからないっていう部分をぐるーっとまわってくるような学科。
―― ああ、それが村上龍さんもいたという学科ですか。
M そうそう、だからなんでもかんでも「デザインだ」と言い張っちゃう(笑)。例えば「文章」。文章っていうのを一回分解して再構築してみるとか。
 あと学校では、信号の待ち時間はどうなるのが一番効率よく流れるかとか、あるいはバス停をどう置いてバスの運行表をどういうプログラムにすると、 一番お客さんがちゃんと流れるかとか、そういうのの研究もやる。で、作るのめんどくさいからプログラム組もうよっていう話になった。 僕はプログラムの知識なかったんだけど、こういうのにしろっていうチェック項目を作ってあげたんだよ。そうすると、もう先生がどんな課題出しても 「ヘイヘイ」って(笑)。それで、他の人にも「千円でどう?」(笑)。
 基礎デザイン学科を選んだ理由っていうのは、一番就職率が高かったからっていう、それだけの理由なんだけどね。
―― 美大を受けようという気持ちはなかったんですか?
M いや、美大を受けようっていうモチベーションはあったよ。……大学って女の子少ないじゃん(笑)。で、どうせ親元離れるんだったら、 女の子が多い大学の方がいいよなって。
 今はなくなっちゃったんだけど、武蔵美(ムサビ)って僕が行ってた当時は短大を併設してたの。で、短大になると九割女の子。男ってあんまり 学校来ないから、全体でも見た感じ八割女の子なんだよね。化粧品臭いなかを学校に行ってたんだよ。
―― じゃあモテモテでしたでしょ?
M いやそうでもないよ、武蔵美(ムサビ)に来るような女の子だから、もう自己主張の強い方々で……(笑)。
◆家族からの影響
―― 桝田さんのゲームの対象年齢は、結構高いほうですよね。
M うん、まあここ十年はそうだね。
―― 子供向けは作られないんですか?
M いや、あの竜のやつ(製作中の竜を育てるゲーム)はファミリー向けなんだよ。
―― 対象が変わったのはどうしてでしょうか?
M いや、最近うちのガキがさ、『ポケモン』とかおもしろがってやってやがって……。それで悔しいから。
―― 息子さんがいらっしゃるんですか?
M うん、息子二人と娘一人。
―― じゃあ、娘さん用のは?
M 『暴れん坊プリンセス』っていうのをもう一個作ってるんだけど、それは「やっと娘が生まれたぞ」記念なの。腕に竜の刺青があって、 その竜を召喚して戦うお姫様の話なんだけど……辰年生まれの女の子なんだよ、娘が(笑)。
―― やはりご家族の影響が大きいんですね。
M そう、一番影響受けたのは奥さん。今は子供かもしれない。
―― 他に影響を受けたものはありますか?
M ええとね……恥ずかしいんだけど、僕一番影響を受けたのは多分、『スタートレック』のスポック博士。耳がとんがってる人ね。 論理と感情の間で苦しむ人。お父さんが、論理を重んじる星の宇宙人なんだよね。お母さんが地球人で、その人は「お父さんみたいになりたい!」 って思っている理知的な人なの。でも時々地球人の血が出ちゃって、それを恥じたりする。すごく魅力的なキャラなんだよ。
 あとは……じいさんかな。彼は警官をやったあと、デパートに勤めながら「これからは土地だ!」と思って、五十を過ぎてから独学で 不動産関係の免許を片っ端から取ったんだよ。それで不動産屋になって、あっという間にひと財産築いて、あっという間にやめるんだよ。 「よし、これで死ぬまで食える」って。すごいでしょ?
―― 奥さんにはどのような影響を受けたんでしょうか?
M ああ、それはやっぱり女性の視点だよね。子供を産む体から考えること。
―― 奥さん向けのゲームは作られないんですか?
M 主婦向けはね、いま考えてるんだよ。主婦向けっていうか、うちの奥さん向け。ほんとに忙しそうなんだよ。仕事やりながら育児でしょう。女は僕なんかよりずっとゲームをやってたんだけど、もう全然できなくなっちゃって、ときどきやるのが『テトリス』みたいなパズルゲームとか。あいう、十分くらいで「ああおもしろかった」ってやめられるやつしかできないんだよ。あるいは子供と一緒に『マリオカート』とかさ。だけど、ほんとは女はストーリーのあるやつが好きだったりするんだよ。そういう需要を満たす……十五分刻みで区切りがつくやつとかさ、そういうのないかなあってっと考えてるんだけど。『俺屍』なんかでも、三十分ごとに切れるようにしたりして、その需要に相当歩み寄ってるんだけどね。
◆空いているところが埋まれば
―― 桝田さんのゲームをやってると次々に解決しなきゃいけないことが起こって、ゲームの一部になったような気がしますよね。 知らないうちに朝が来て、ああ仕事行かなきゃ、ということになったりして。
M そういうのは、わりと意識して減らそうとしてるんだけど、これでも
―― でもそれほど「はまる」っていうのは、おもしろい証拠では? なぜそういう要素を減らすんですか?
M いや、もっと巧妙にやることはできるんだけど、あれを超えちゃうと、きっと病気になっちゃう人がいるなと思って。例えば『俺屍』だったら、 一月で戻ってきたらセーブ(※注10)っていうようになってるじゃない。三十分から四十分サイクルでセーブする機会が確実に来る。 だからセーブしろよ、これはゲームですよ、明日あんた会社行かないといけないのよ、とほんとの生活があって、そのうちの空いてるところが 気持ちよく埋まりゃあいいわけだから、そのおかげで本編の生活がだめになったら、だーめだよそりゃ。
―― 忙しい日常生活があって、それを豊かにするためにってことでしょうか。
M 映画と同じだよね。
―― 大人向けのゲームを作る人って少ないですよね。
M 市場小さいからね。
―― 需要はあると思うんですけどね。
M そう、みんなやりたいんだよ。時間がないからやらないだけであって。一回ファミコン触ってる人たちって、ゲームがおもしろいっていことは 知ってるから。
―― 忙しい大人にも、そういう楽しみが大切だと思われます?
M しんどいもんなあ、最近なんかなあ。リストラされちゃったりとかしてね。
―― 企業理念(※注11)にも「元気のない人に大丈夫だというメッセージを伝えよう」というようなことも書いておられますしね。
M いや、大丈夫だというメッセージを伝えるだけで、ほんとに大丈夫かは知ったことじゃないよ(笑)。
◆ゲームの新時代
―― 子供のときにゲームをやった最初の世代がいま三十歳くらいで、ゲーム業界の環境もだいぶ変わってきましたよね。プレイステーション2の 発売など、ゲーム機自体もどんどん変わってきていますが、今後について桝田さんはどういうビジョンをお持ちですか?
M ひとつはやっぱりネットワークだよ。おもしろいよ、人間同士で遊ぶのは。
―― ネットのあとはどうなっていくでしょう?
M どうだろ、わかんない。僕の息子たちとか、あるいはもうちょっと上の世代、ゲームが特別なものじゃなかった人たちが、新しい使い方を 考えるんじゃないかと思うんだよ。ゲームが当たり前、あるいは今の通信環境が、ちょっと前の電話と同じくらい当たり前っていうところで でてきた人たちっていうのは、もっと違う使い方をしだすだろうね。だって普通にあるものなんだから。
 例えば僕なんかは、テレビが生まれたときからあった、最初の世代なのね。そうすると僕らは、多分あなたたちよりテレビの見方がうまいんだよ。 例えば大学時代にね、僕の部屋に時計がなかったんだけど、テレビをつけた瞬間に、いついかなるときでも、ほとんど正確な時間がわかる。 あるいは「一番おいしい所は、CM何回目のときに出てくる」っていう規則を知ってるから、その間他のチャンネルを見ていられる。 そういうのを、体感で知ってるんだよ。子供のときから八時間くらいテレビ見てたから。僕のひとつ前の世代では、僕みたいな人間ってのは 出っこなかった。多分うちの子供なんかだったら、ゲームがそういうふうになってるって思う。
◆おもしろいから作るんだ
―― それにしても、同じゲームを二年三年かけて作るんですから、そのおもしろさについてかなりの確信が必要ですよね。
M 作るのは、「これはおもしろくならないわけがない」っていうセッティングをしてからだよ。もちろん不確定要素はいくつかある。 プログラマーが思ったよりヘボだったとかさ。だけど、それはもう言い出したらきりがないし。
 ソニーのディレクターと話をしてたら、「システム自体はおもしろくないんだけど、見た目新しいからやろうと思ってる」って言うから 「バーカ言ってんじゃねえよ、面白いから始めるんだよ」、と。おもしろいから、その形でやりたいからやるんだよ。
―― 規模も大きくなっているので、あまり冒険もできないのでしょうね。
M いまは制作費が高騰してきちゃってるから、試しに作ってみようということができないんだよ。構造が映画なんかと似ている。 「これはあたりますよ」っていう何らかの保証がないと作れない。ゲーム業界も、いまはもう広告会社と同じように、どんどんサラリーマン化してる。
◆これからは?
―― これから目指すことなどは?
M 僕、家建てるんだよ。子供三人になったから、今住んでる家小さくて。……だから次、あてようかとねらってます(笑)。
―― 今日はいろいろなお話をうかがって、ほんとうに楽しかったです。
M おもしろかったですか? ……実は全部嘘ですよ、なんて(笑)。
* 作品紹介1 『天外魔境2』
桝田さんが初めてシナリオを手がけたゲーム。1992年ハドソンから、PCエンジンソフトとし て発売。天外魔境シリーズは日本初のCD-ROMゲームとして、大容量ならではの壮大な設定やキ ャラクターに声をつけるなどの特長を生かし、人気を博した。特に『天外2』はRPG史上の傑作 といわれ、今でも根強いファンを持つ。
* 作品紹介2 『リンダキューブ』
桝田さんいわく、「王道『天外2』(で使えなかったアイデアの)ゴミから生まれた」異色の RPG。1995年PCエンジンソフトとして発売され、その後プレイステーションソフトにも移植 されている。120種類の動物を狩り集めて「箱舟」に乗せ、滅亡があと数年後に迫る惑星から 脱出するのが目的。シナリオは三種類の微妙に絡み合ったパラレルワールドとなっている。物語 がシナリオ同士の関連性によって立体的に表現され、プレイヤーはそれを「体験」することで感 じ取るという、ゲームというメディアならではの方法を活かした傑作。ゲームシステム自体のお もしろさでも評価が高い。
* 作品紹介3 『ネクストキング 恋の千年王国』
四人の王子様が時期王様選挙のために、有権者の女の子十二人の人気を競い合う、いわゆる「ギ ャルゲー」調のRPG。しかしライバルとの仁義なき戦いや、双六形式で進むシステムなど、随所 に桝田さんらしさが発揮されている。桝田さんが『ときめきメモリアル』を、「いかに浮気をば らさずに本命を落とすか」というゲームだと思っていた勘違いから生まれた、という説もある。
* 作品紹介4 『俺の屍を越えてゆけ』
桝田さんがご長男誕生のときに受けた感慨から生まれた、「世代交代型育成RPG」。「短命の呪 い」「種絶の呪い」をかけられた一族を、神様との間に子孫を残しつつ強化していく。ゲームシ ステムの抜群のおもしろさもさることながら、次々と生まれては子孫を残して死んでいくキャラ クターたちは、プレイヤーの中にそれぞれ独自の物語を育てつつ、人間の営みの切なさのような ものさえ感じさせてくれる。
(2000年8月 取材・文 平野直子、ほか)

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 ※注1 堀井雄二  RPGの有名シリーズ『ドラゴンクエスト』のデザイナー。ゲーム業界草 創期からの大立者。推理ゲームの草分け『ポートピア連続殺人事件』の作者でもある。
 ※注2 さくまあきら  ライター・ゲーム作家であり音楽プロデュースや作詞等もこなすマ ルチクリエイター。『週刊少年ジャンプ』では「ジャンプ放送局」を十四年間つとめた。テレビ ゲーム『桃太郎伝説』シリーズは総合累計一千万本を売り上げている。
 ※注3『桃太郎伝説』  一九八七年ハドソンから発売の『桃太郎伝説』(RPGファミリーコ ンピューター用)に始まる人気シリーズ。日本版モノポリーともいえる『桃太郎電鉄』も有名。
 ※注4 広井王子  テレビアニメ原作・小説・マンガ原作・ゲームの企画監督として活躍す るマルチクリエイター。代表作は『天外魔境』(制作)、『サクラ対戦』(プロデュース)、 『魔人英雄伝ワタル』(アニメ原作)などなど。『天外魔境』シリーズでは、CD-ROMゲームの 新しい分野を確立している。
 ※注5 仲畑貴志  クリエイティブディレクター、コピーライター。広告戦略、企画、制 作、マーケティング戦略、新製品開発、クリエイティブ開発などを専門とし、TOTO、サントリ ー、ソニー、タケダ、AGF、JR九州、シャープなどの広告キャンペーンを手がけている。広告賞 として、TCC賞、ADC賞、カンヌ国際映画祭金賞、ほかあらゆる賞を総なめにし、現在も活躍 中。
 ※注6 ギャルゲー  『ときめきメモリアル』に代表される恋愛シュミレーションゲーム で、特にアニメーションに重点をおいたもの。
 ※注7 サブゲーム  特にRPGのなかでは、お話の筋に関係なく、やらなくてもクリアでき るおまけのゲームを言うようである。
 ※注8 『FF』  RPGの代表的シリーズ『ファイナルファンタジー』の略称。
 ※注9 桝田さんのゲームのテーマ  『天外2』は桝田さんが結婚する時期に作られ、「親 離れ」がテーマ。『リンダキューブ』は奥さんの妊娠に触発され「種の保存」。『俺屍』はご長 男誕生のときに感じた「一増えて一減る、道理だよなあ」という感慨から、「世代交代」がテー マになっている。
 ※注10 セーブ  ゲームの進み具合を保存して、次回そこから始められるようにするこ と。
 ※注11 企業理念  桝田さん経営のゲーム制作会社「MARS」の企業理念はつぎの六つだそうです。
@ 元気のない人に「大丈夫だ」というメッセージを伝え続ける。
A 新しい楽しさの提案がない仕事はMARSでは扱わない。
B 大人のゲーム初心者を新規ユーザーとして常に念頭におく。
C 安易に「お子様」や「オタク」に迎合せず、大人のエンターテイメントを目指す。
D 天才、高山みなみの才能を世間に知らしめる。
E @〜Dの理念に反しない限りにおいては、手段を選ばず最大利益を追求しスタッフにその働きにふさわしい分配を積極的に行う。
Alfa・MARS PROJECT