田省治の製作ノート 〜Making of Linda3〜

95/(PCE版リンダ初回特典「リンダの秘密」より)

それは『天外II』から始まった・・・・

 「天外II」が発売されて約1ヶ月後。桝田家に長男が生まれたちょうどその頃、僕は2つの RPGの企画書を書き上げていた。ひとつは「俺の屍を越えてゆけ」。簡単にいうと人間版ダビ スタ的ゲーム。もうひとつが「天国の動物園」。つまりリンダの前身である。
 僕としてはどちらも今までにないシステムを採用しており、それが新しい興奮を生むと確信し ていた。だから順番はともかく、いずれはどちらも作ると決めていた。逆に言えば、どちらが先 でもかまわなかったし、どちらから手をつけるか実のところ迷ってもいた。
 「メタルマックス2」の打ち合わせを終えた、ある午後のことである。ふと覗いた荻窪の本屋 で「絶滅寸前の動物たち」を扱ったコーナーに目を引かれた。詳しくは知らないが「国際婦人年」 とか「児童年」とか、国連の旗振りで毎年やってるキャンペーンの、その年のお題目が「希少 動物」であったらしい。これで決まりである。なにしろ「天国の動物園」に必要な資料の大半が、 何の苦労もなしに揃ってしまったのだから。そういう理由で「俺の屍〜」は5年間眠ることに なり、その間にダビスタ大ヒット!! ちょっと悔しい、、、(それにしてもダビスタは面白い。 中古で買ったIIを半年近くやっている。IIIはこれ以上ハマるのが恐くてやらないと決めた)。
 そんなわけで「天国の〜」を先に作ることになった。これがいかにしてリンダに変わっていっ たか? そこに触れる前に、このゲームの発想の原点について話しておこう。
 もう4年ほど前のことだ。その頃は、例の「天外II」の〆切に向けて、強烈なプレッシャー の中で作業を続けていた。しかし人間、忙しい時ほど息抜きが必要なもの。メインスタッフ数人 でJR市ヶ谷駅近くの寿司屋でビールと、遅い食事をとることになった。
 最初に言い出したのは誰だったか。「もう、こんなデカいゲームは当分イヤだ!」「万人受け なんていらない。新しいシステムをやりたい!」「勧善懲悪なんてクソ食らえ!」
 僕たちは、短い者でも丸2年「天外II」漬けになっていたのだ。逃避心理にビールの酔いも 手伝って、次はともかく「天外II」とは逆方向のゲームを作るということで意見が一致した。 そしてその場でシステムまわりからシナリオの骨格までできてしまったのだった。これが「天国 〜」すなわちリンダの原点。そう、リンダの出産の現場には「天外II」のメインスタッフのほ とんどが立ち会っているのだ。そういう意味ではリンダは「天外II」に一番近くて、一番遠い 作品と言えるかもしれない。

『天国の動物園』から『リンダキューブ』へ

 その時できた「天国〜」のプロットを紹介しよう。
 「これといった産業もない貧しい星に、宇宙動物園を作って観光の目玉にしようと考えた男が いた。だが、彼は、動物園の敷地と数個のオリだけを残し、志半ばで死ぬ。そして、その意志を 継いで動物集めをする少年がプレイヤー。珍しい動物を捕獲すれば、どんどん来場者が増えてお 金持ちになる。アトラクションで動物同士の戦いを見せて客に賭けをさせたり、動物から作った 服を売ったり、サイドビジネスで養殖場もやる」
 そういうゲームであった。街はオズポートのみ。箱舟もない。もちろんリンダもいない。そう いうシナリオCを想像してもらえればかなり近い線だ。システムに大差はないが、かなり思い切 りのいいシンプルなデザインである。だが僕は「動く宝探し」は、万人に絶対受けると固く信じ 込んでいた。
 このアイデアを、ある人物--通称どんちゃん。戸籍上は井澤寛ともいう--に話してみた。彼 は、我が師さくまあきら氏からも一目置かれるモンスターである。過去にも「新しい武器が売っ てなければ町にあらず!」とか「1度に新しいことを3つ以上言われても覚えられるわけがない!」 とか「根の一族にヨミがいるのにこっち(火の一族)に神がいないのはヒキョーだ!」等、 数々の金言をのたまわったスーパーデバッカー(ただ頭が悪くてワガママなだけではないのか、 という噂もないではない)。そのどんちゃんが言ったのである。
 「動物園を作るのが目的じゃ燃えないスね。夢がないッスよ。やっぱRPGはバーンと世界を 救わないとだめッスよ!!」
 タダ飯を食わせてもらってこの言い草である。さすがはどんちゃんとしか言いようのない有り 難いお言葉であった。そこで僕は「動物を集めて世界を救う話」を荻窪の本屋で大量購入した資 料に求めた。キーワードはすぐに見つかった。箱舟神話である。洪水は隕石衝突というありがち な設定に変えて処理すればいいことを、今時の怪しい世紀末本が教えてくれた。どんちゃん先生 にお伺いをたてたところOKをいただいた。だが、まだこの段階でもリンダはいない。
 「美少女の出ないPCエンジンのゲームなんて誰も買わない」
 この頭の痛くなるようなことを言ってのけたのは、僕の記憶が正しければ、現メディアワーク スの社長の佐藤氏である。「だよねえ」と岩崎啓眞。さらに佐藤氏は「女の子とのからみがある なら、それを盛り上げるストーリーもなければね。雑誌も売れるしね」とニコニコ笑っていたよ うに思う。
 ここに至り、美少女(リンダ)とストーリー性のあるシナリオがこのゲームに加わったのである。 しかしながら僕が考えていたのは、ストーリーに縛られないシステム寄りのゲームである。 両者は相いれない。そこで、作業量は増えるが複数シナリオを入れることにした。だから僕の頭 の中では、あくまでシナリオA・BはCの「オマケ」もしくは「練習モード」なのだ。どうせオ マケ。無難にいこうと考えるか、無茶してやれと思うのかは人それぞれの資質の違いだろうが、 当然僕は後者である。
 で、グラフィックやプログラムになるべく負担をかけないようにパラレルな世界設定に決めた。 オマケ1本じゃ「せこい」という、自分でシナリオを書くわけじゃない人たちの言いたい放題 の意見を入れてシナリオは3本になった。この時点でタイトルも、セールスポイント(美少女+ シナリオ3本)を前面に立てて「Linda3」に正式決定。代案にのぼった「箱舟は星の海へ」は キャッチフレーズに、「Astro Ark」はサブタイトルとして再利用されている。

パラレルなシナリオの妙

 実は、オマケのシナリオは、A・Bの他に、もう1本用意していた。Aはパンハイム博士、B ではエモリ博士がシナリオ上のキーマン。こう言うと想像はつくと思うが没シナリオのキーマン はフローラ博士。あのMCアリスがらみの話であった。今思うと、採用しなくて本当に良かった。 アレを入れていたら良くてHシーンなし18禁か下手するとHシーンなし発禁になっていたと 思う。こう書くと内容を知りたくなるのが人のサガというものであろうが、採用しなかったのは AやBよりつまらなかったからだ。期待されても困る。
 それはともかく、同じ世界設定で基本的に登場人物も同じという制約の中で同じシナリオを書 くのはけっこう大変だった。同業者にも「3本別のRPGを作る方が楽じゃん」と何度も言われ たし、僕自身も彼らの期待にそうよう「死にそう。2度とやらん」と答えていた。しかし大変に は違いないが、僕には強い味方があったのである。素晴らしいデータベースが手には入ったのだ。 イギリスの民族学だかの学者が何十年もかけてまとめたモノらしいのだが、ようするにヨーロ ッパ中の伝説やお伽噺が全部シナリオのパターンごとに分類されたものだ。例えば「体内の蛇: 体の中に入った生物が成長して宿主が死ぬ」なんていう風に項目別に何千パターンも記されている。 この文献の中の、割と普遍的なネタを20ほど選んでつなげただけだ。シナリオBなんて、 あの短い中に10数個、その手のネタを強引に突っ込んだわけだから要素としては充分過ぎてゲ ップが出るほど濃厚だ。なにしろ何千年もかけて、何億という人間が面白いと思ったからこそ今 も伝えられている話ばかりなのだから。つまらないとしたら僕の編集能力のつたなさ以外に理由 が考えられない。(ちなみに、この文献の名や入手経路を聞かれても教えるつもりはない。割と 有名なので、調べればすぐに分かるはずだ。興味があるなら、それくらいの労は惜しまないこと。)
 話がそれたので引き戻そう。そんなわけで3つのパラレルなシナリオを組むことは苦しさより も楽しさの方が勝っていた。予想もしなかった発見もあった。例えばシナリオCの伏線をBで引く。 あるいはシナリオAで語り尽くせなかった謎の答を、さりげなくBに置く。こういうテクニック を使うと、奇妙な現象を意図的に起こすことができたのだ。つまりゲーム内で完結するデジャブ や、それを逆手にとったパロディである。これは、まだゲームでは誰も掘り起こしていない 新しい楽しさであると思うがいかがだろうか。

シナリオAの原点

 ある一部の人たちにとって、僕の書くシナリオやキャラクターは趣味の悪さも含めて刺激的で 面白いらしい。全く有り難いことだと思う。しかしながら自分で言うのも何だけど、あの程度の ものは僕が日頃見ている夢に較べれば屁みたいなものだ。僕のアイデアの半分近くは歩いてる途 中か、電車の中で浮かぶ。残りの半分は夢。だから枕元には常にノートが置いてある。実はシナ リオAも、そのノートの中に原型がある。それは、5年ほど前に見た夢である。
<場所は大学の頃住んでいたオンボロアパート。部屋の中央にコタツ。突然、入口からけたたま しいノックが聞こえる。ドアを破って出刃包丁を振りかざす主婦。僕は何とかその女を撃退。続 いて裏の窓ガラスが割れる音。振り向くと学生服の男がバットを片手に侵入。僕は殴られる・・・。
 そこで目が覚める。覚めた場所は同じアパートの部屋。僕はコタツでうたた寝していたらしい。 起き上がると向い側に僕の弟がいる。コタツの上に青と赤の紙チップが散らばっている。青い チップには主語、赤いチップには述語が書かれている。よく見るとその内2組だけが少し離れた 所に並べられている。1組は「ヒステリー主婦が」「出刃包丁を持って暴れる」という組み合わ せ。もう1組は「受験ノイローゼの学生が」「バットで殺人」だった。僕が寝ている間に、弟が この組合せを作ったに違いなかった。弟はテレビに気をとられていた。僕はこのチャンスに仕返 しを考える。赤と青のチップの中から、なるべくひどい組合せを試みる。その時、気付いた弟が テレビを向いたまま呟いた。
 「そんなことをしても無駄だよ、兄ちゃん。だって・・・」
 弟は、こちらを向いてニヤッと笑った。
 「だって、あんたには弟なんかいやしないだろ!?」
 僕は、悲鳴をあげてベッドから飛び起きた。隣で知らない女が寝ている。彼女はひどく迷惑そ うな顔で「どうしたの?」と僕に聞く。僕は、その時点で自分には妹しかないこと、目の前の女 性はこの間結婚したばかりの僕の妻であることを思い出した。そして今まで見ていたのは夢で、 どうやらこれは現実であるようだと分かる>
 どうです? なかなか手のこんだ夢でしょ? 言うまでもなくこの夢に出てきた悪魔のような 弟が「ネク」の原イメージである。
 それにしてもネクはリンダの記憶を戻すキーワードに、なぜあんな言葉を選んだのだろう。仮 にネクが殺されることなく、ケンにも勝っていたとしたら、やっぱり「リンダ、世界中で1番お まえが好きだ」とやったのだろうか? 死人に口なし。その答は永久に謎のまま。この居心地の 悪さがシナリオAの特徴だ。いろいろ考えて、悩んでほしい。

シナリオBの作者側の見せ場

 シナリオBはツイストタイプ(次々にどんでん返しが起こる)のシナリオを教科書通りに実践 したソツのない秀作に仕上がっている(と僕は思う)。各シーンも同様に職人技が冴え渡ってい る(と僕は思う)。その中でも特に、いぶし銀のように光を放っているのがカマー補佐官が救出 シャトルに乗る前後のくだり。あまりに自然に処理されているため、その凄さに誰も気づいてく れないので自分で解説し、自慢してしまおう。
 まず思い出してほしいのはカマーがシャトルに乗る前のセリフである。彼のセリフの中には 「人形使い」「自分も狙われている」「賞金稼ぎの来訪」「リンダの潜伏先」という4つの重要な 情報が入っている。
 この情報をプレイヤーに伝達する際、大きな障害が3つある。


・1度に4つの情報を覚えさせるのは、かなり難しい。
・この直後カマーは旅立つのだから、2度と情報が聞けない。
・会話が長くなりすぎて、非常にうっとうしい。


 ひどいRPGのオープニングが、まさにそれだ。
 この 1,2,3 のハンデをいかに克服したかというテクニックの内、分かりやすいのを披露して おく。「パラパラパラなんとか・・」と物覚えの悪いカマーが言う。実は物覚えが悪いのはカマー ではなく、大抵はプレイヤーの方なのだ。そこで、あえて正確に地名を告げないことで興味を 引き、さらに反復し、最低「パラ」だけは記憶に残そうとする作戦だ。「あと3分」「あと2分」 「あと1分」と、話が終わる度にスチュワーデスがしつこくあいの手を入れてくる。これは話 が長くなる時に便利な手法。多少話が長くても「3分」という錯覚が与えられる。カウントダウ ンの緊張がさらにこの効果も上げている。
 オカマ言葉は複雑な話を簡単に見せる。テンポもいい。印象づけたい特定の言葉にだけ妙なア クセントをつけてもおかしくない。つまりカマーは、このシーンのためだけにオカマにされたわ けだ。
 てな感じで、この短いシーンには実に巧妙なテクニックが何個も使われている。もちろんプレ イしている側には、そんなことは関係ないわけだけど、僕が自慢したくなるのも分かるでしょ?
 自慢ついでに言うと、このシーンからオズポートに降りる間に、さらに4つもの伏線が引いて ある。もう1度プレイして確認してみるのも暇つぶしにはいいかもしれない。

自分の作ったゲームに初めてハマった

 前述した通り、僕が作りたかったモノに1番近いのがシナリオCである。おそらく3つのシナ リオの中で、群を抜いて面白いはずだ。文字通りプレイヤーを「野放し」にしながら目的は明確。 「これを考えたゲームデザイナーは、なんて素晴らしいバランス感覚の持ち主なんだろう!!」 と、自画自賛している(笑)。なにしろ自分で作ったゲームにハマったのは、これが初めてな のだ。「天外II」にしても非常に練り込まれていて、キャラクターもストーリーの中でよく動 いているとは思うけど、そこは予定調和。考えた本人は全部知っているわけで、プレイしてもた だ退屈な確認作業に過ぎない。
 ところがリンダのシナリオCは違った。予想しきれなかった攻略方法を僕自身が発見して素人 みたいに喜んだり、テストプレイヤーに別の解き方を指摘されて、不覚にも感心したりしてしまった のである。おそらく、まだ誰も試していない動物の捕まえ方やイベントの攻略法が、まだま だ手つかずで眠っているはずだ。
 どうしてこんなことになってしまったかを説明するのは、しごく簡単である。別々に思える店 の機能、戦闘、イベントまでも含めて、すべてが有機的につながり結局動物に収束しているから だ。
 動物の入手方法、利用方法だけでも何種類かあるし、どの方法が正解ということもない。さら に「ゴメスが捕まえてきた動物」を「BB牧場で養殖する」とか「解体して出た卵」を「孵化させる」 とか、あわせ技の工夫もできる。ここまでくると確実性が約束されていないのもまた一興。 その意味でも、リンダは大人のゲームだ。
 ブタを登録する前に宝クジを連番で当てたテストプレイヤーもいた。いきなり20万Gの成金 の出来上がりである。あるいはカニを追いかけまわして半年で20レベルまで上げた人もいる。 普通のRPGなら、ここでゲームデザイナーの思惑は大きく外れ、バランスはボロボロというこ とになる。だがリンダのバランスは、その程度のことではへこたれない。なにしろゲームデザイ ナー自身に、そんな高度な思惑がハナからないのだ。外れようがないゼ。
 とにかくいろいろ試してほしい。そして、このいい加減さを充分に堪能してほしい。生半可な ことじゃ100種の動物は集まらないと思うが(2、3種は詐欺みたいなところに隠した)、な るべく独力で頑張ってもらいたい。
Alfa・MARS PROJECT