外II 今だから書ける絹の声の話

95/12/20


 絹は、キャラ設定も名前も声も最も難航しました。なにしろ広井先生は、綱手とかヒミコとか 底抜けに明るい女性キャラが大好きなもんで、ついでに血が出るのも嫌いで・・・。
 名前は日光の鬼怒川温泉に行った時に、旅館のパンフに「鬼怒川は、白糸のような清流から、 かつては絹川と呼ばれていたのが、よく氾濫して洪水を起こすので、いつの頃からか今の呼称に なった」てなことが書いてあったのを思い出してつけました。適度な時代遅れ感覚も悪くないしね。

 井上あずみさんは、僕が抜擢したらしいです。「らしい」というのは覚えてないんだ、悪いけ ど。それが証拠に彼女のデモテープを聞いて僕の第一声は「ダメだ、無理、無理!」それを聞い た広井さんが「おまえが決めたんだろうが!」

 プロの声優さんたちは、職業柄、声に存在感のあるひとたちばかりです。僕が欲しかったのは 「存在感」のない声の人でした。
 確か「ナウシカ」か「トトロ」の歌を聞いて、誰が歌ってるのかも知らずに「こういう声なん だよ」と僕が言ったとか・・・。
 覚えてないんだよ、ファンの方には申し訳ないけども。

 井上あずみさん本人は、心身ともに極めて健康そうな本当に明るくて、見合いの席で会ったら 断る理由が絶対見つからないような、申し分のない女性で・・・声もとても健康そうな、どちら かというと頼りがいのある・・・要するに「絹」と対照的な声の持ち主でした。
 ただ、歌う時だけ信じ難いほど違う(発声方法が違うそうな)透明な声が出ると、本人が言ってました。

 絹の録音は、午前中で終了するはずが2時になってもぜんぜん終わらず(選んどいて1つもO K出さないワガママ野郎が監督だったらしい)、他の声優さんが次々に来るし、山田栄子さん( 吹雪御前役)のほうが、ほとんど鬼怒状態になってるしで、絹の録りはその日の1番最後に回す ことにしました。

 それから6時間くらい、彼女は基本的にずっと1人で(途中で我が愛する高山みなみ君が空い てる時にちょっと演技指導してくれたのを除く。今だから言うが山田絹と高山絹という線も考え ていた。)部屋の隅で次々に声優さんたちが帰っていくのを横目で見ながら、あるいはプロの声 優と自分の実力の違いを思い知りながら飯も食わずに練習していたのでした。
 きっと自信もなくなって泣きたくなっていただろうし、お腹も減って精神的にもまいっていた と思います。

 思うツボである。演技でできなければ本当の役の状態に追い込むまでだ。これが桝田省治後者のやり方。
 あの消え入りそうな声は、演技じゃありません。ああいう声しか出せる状態ではなかっただけ です。さらに彼女のプライドを傷つけるようなひどいことを言って怒らせて「白銀城」を録りました。
 いろいろひどいことも言ったけど、あなたに「絹」をやってもらって本当に良かったとか、何 とか言って喜ばせといて「エンディング」も無事収録。

 きっと井上あずみさんは、僕を嫌いだと思う・・・。
Alfa・MARS PROJECT