第10幕
原は、長い髪をなびかせて善行の前に歩いていった。
自分が正しいのに自分が逃げるようなことはしない。そう表情が雄弁に告げていた。
告げているつもりだった。
実際は唇を噛んで、なにか言う事も出来ずに顔を真っ赤にして善行をにらみつけている。
善行は、眼鏡を指で押して口を開いた。
「遅れてすみません」
そして派手に頬を叩かれた。
「そういう問題じゃないでしょ!」
「遅刻したのは、すみませんでした。葬儀が長引きました」
原は、すごい剣幕で長くまくしたてようとしたが、不覚にも涙が出てきそうだったので、短く言った。
「……あの女!」
「話し掛けられました」
「そういう嘘が通じると思って? 私が子供だからってバカにしてるでしょ!」
善行は、ぶたれたままのポーズで言った。
「僕は、嘘が好きではありません。この仕事では自分にも他人にも嘘ばかりをつくものでね。プライベートくらい、嘘をつきたくないと思っています」
そして、眼鏡をとって軽くため息をついた。
「それに、貴方にそういうのを見せて、何の得があるんです?」
「……それは」
原は、考えた。頬を赤らめる。
「あの人が前彼女で、連れ戻そうとしていた……とか」
「……なんだったら、あの女性を二人で追って問い正しましょうか。私も、あの女性がどういう人か、知りたい」
また原の表情が険しくなる前に、善行は口を開いた。
「仕事のことを知っていました。私の次の配属先も。当人より速く、ね」
「え?」
「軍の機密が漏れているとは思いたくありませんが……」
善行は、さりげなく原に青い花束を渡した。
鼻先に突きつけられたそれを見た後、上目遣いで善行の顔を憤然とにらんで、花束を奪った。一輪が、地面に落ちる。
「怒っているのよ」
「分かっていますよ……どうしますか。追いますか」
原は怒ったまま、怒ったふりをしながら、善行の腕を取った。
「そういうのは、明日にして。今日は、デートなんだから」
「……なんでも好きなものをおごりますよ」
「それは食事のこと? それ以外の物?」
「もちろんそれ以外も」
「ペンダントがいいな……整備実習中は指輪なんて、はめられないから」
「分かりました」 |