ガンパレードマーチ・外伝

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第15幕



その日の夜になにがあったのか、それは誰にも分からない。



少なくとも、善行は何も言わなかった。



記憶の中で善行は眼鏡を取って言った。顔は子供のように泣いている。

「僕は、どうすれば……貴方は、そもそも誰なんだ」
「昔の恋人だ。遠い遠い昔の。……今は、見た通りだろう」



 その瞳が、忘れられない。
生命の大河を瞳に宿した女。悲しそうで、寂しそうにも見えた。



 少女は背を向けると、落ちた一輪の青い花を取った。一度振ると花は生気を取り戻した。
「これは報酬として貰っておこう」



名前を呼ぼうとして、善行は喉からその言葉が発音出来ない事を知る。
いや、そんなことはない。もう一度だ。僕に歌えない訳がない。何度も歌った。どんなときも。

 善行の右手に熱が集まる。重みを感じはじめる。
それが鼓杖であると気づくまでに、しばしの時間が要った。



 善行が一歩歩けば、地についたその足から紅い波紋が広がった。

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「ミスター、聞こえておりますか?」
 善行は我に返った。そして、眼鏡を指で押した。
善行は自室にいる。

「ミスター、明日にも貴方宛てに正式な辞令がでます」
「そうですか」

 二匹の仔猫を膝にだき背を優しくなでる善行の淡々とした反応に、若宮は少々驚いたが、次の瞬間、自分の思うことを述べた。

「…緊急入院するという方法もあります」
「いえ、やめておきましょう。それこそ思うつぼです」

 善行は、若宮を見て笑ってみせた。

「戦場にいきます。それが一番安全だと思います。今までお世話になりました」

善行は頭を下げ、考えながら思い出す。
彼女は言った。見たままに動け。運命に逆らうのはただ一度。
目を見開いた善行は思う。
 今は流れにまかせよう。

 問題は、どこで反逆するかだ。

物思いにふける善行の顔を痛々しく思い、若宮は目を伏せた。
「申し訳ありません。自分が無力であるばかりに」
「いえ。貴方はよくしてくれました。感謝しています……しかし、こうなったということは」
「はっ」
「校長は、殺されたんでしょうね」
「自分もそう思います」
「僕は重大な秘密を握っていると思われている。理由は最後に二人であったから」
「はっ」

 若宮は考えるのは貴方の仕事だとばかりに同意の返事以外しなかった。
善行は考える。

「戦士、敵が攻撃をしてくるのはなぜですか?」
「それが必要だからです」
「……最後に二人であったのは、そんなに重要なのでしょうか」
「より大きな作戦意図があるかも知れません」
「裏に何かが、ある。 校長のご家族はどうでしょう」
「私の見る限り安全です。何かの処置が行われたようには見えません。…もっとも、素人の偵察情報ですが」
「死ぬのは僕である必要があるわけだ」
「はっ。間違いなく」

 善行はしばらく考えた後、口を開いた。
「大陸に行く前に、捜しものをすることになりますね」
「は?」

 仔猫は黒と白だった。猫の背をなでながら、怪訝な顔をする若宮に善行は口を開く。
「私は重大な証拠品を手渡されたと、敵が勘違いしている。どうです? 校長を殺害した者は死体を調べる。死体は何も持っていなかった。そこで誰かに渡されたと考える」
「……なるほど」
「元は学校の中にあって、持出し禁止。校長が死んだらなくなっていた。奪うために殺したのに、どっこい既に持ち去られていたか、隠されていたわけです。整備学校の教師が殺されたのも、僕と同じ疑いをもたれたためでしょうね」
「なるほど。では、どこを探せばよいのでしょう」

善行は、話している間に考えがまとまった。

「僕と戦士しか知らない人物がそれを持っているというのはどうです?」

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若宮は、片眉をあげた。
「あの女ですか?」

 手が大きくて、低い男の声をした女。
一輪の青い花を持っていった女。生命の大河……いや、不思議の側の大河を瞳の中に持つ女。

 善行は例え様のない喪失感を胸に抱きながらそれを忘れようと思った。
「ええ。校長が死ぬ前に実際に接触し、その"物"を渡すか、奪われた人物とは彼女でしょう。彼女がうまくやったせいで僕は疑われたわけだ」
「ではあの女が何故こちらと接触をもったのですか?」
「我々だって意味のない行動を敵に見せ付ける時はある」
「陽動ですか……なるほど」
「彼女が私に接触すれば、私がいかにも持っているように見える」
「……では大陸行きに乗れと言ったのは?」
「彼女が失敗したように見せかけるためでしょう。それで追跡はなくなる」

若宮は難しい顔をした。
 善行は、この猫に名前をつけようと考える。
「スキピオとハンニバルでいいですか?」
 仔猫はそれぞれ鳴いて返事した。

考えをまとめた若宮が善行に声を掛ける。
「そういうことであれば、あの女の思惑に乗る必要はないのではないのですか?」
「彼女は味方ですよ」
「貴方を惑わす魔女かもしれません。いえ、工作員と見るべきでしょう」
「それはないですね」
「なぜそこまではっきりと言われるのですか」

 善行は若宮の肩に座っているなにかの存在を感じた。本人は気づいていないようだった。猫の上に乗っていた奴だな。善行はそう考える。

「……不思議の側の大河を渡った者だけが分かることもある」
「は?」
「それを信じないと今後の作戦の立てようがないと言ったんですよ。だいたい分かったとは言え、状況が非常に悪いのは確かですから」


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