ガンパレードマーチ・外伝

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第19幕
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 潮の匂いはきつく、鉄の匂いは、口の中で広がっていた。

善行はオレンジの救命胴衣を着て、揺れと戦っている。
 見た目よりもバランス感覚はいいのか、善行は部下と異なって壁に手をつくこともなく前進した。 また揺れる。地上にあっては歴戦の兵士達も、ここではただ祈るしかなかった。

「外に出るのは危険ですよ」
「どこにいても死にますよ。様子を見てきます」

 若宮にそう声を掛け、上甲板へあがる階段を駆け上がる。規則違反だったが、それを咎めるような状況ではなかった。

 甲板に出る。 巨大な水煙があがる。高い。100m。水柱から落ちる海水が、善行をすっぽりと覆った。目を細める善行。

 善行は鉄のドアに掴りながら、へっぴり腰で海面を睨んだ。

 背鰭が見えた。
海面下では赤い瞳がいくつも瞬いている。

「あれが、幻獣……敵なのか」
 善行がさらなる揺れに耐える間に、艦が大きく傾いた。
全力で転舵したのだった。

 輸送艦の先についた20mmの機関砲が火を吹いて海面を引っかきつづける。
目をやれば護衛艦やそこから飛び立った対潜ヘリが対潜ロケットを落下しながら次々と巨大な水煙を立てていた。

(がんばってくださいよ)

 結局そう思うしかない善行は、不意に自分が馬鹿ではないかという考えに囚われた。
結局、自分は濡れに来ただけではないかと思ったのである。



輸送艦の一隻が、衝角に艦腹を突き破られたか、火を吹きながら横倒しになった。
転覆し、復元することもなくまたたくまに沈んでいく。
 あの中に、何人兵士がいたろうか。
それともこれも、僕を殺そうという計画か。

 善行は心の中で自分を笑って、一少尉を抹殺するにしては被害が大きすぎると思った。
次に敵の敵は味方と言うが、幻獣が僕に味方するはずもないと考え、最後に沈んだ輸送艦に自分に世話を焼いてくれた大尉が乗っていることを思い出し、膝を強打して悔しがった。

悔しがる善行の隣を、護衛艦が通り過ぎていく。

<しまかぜ>

そう大書されていた。
背鰭と共に沈んでいこうとする幻獣に追いすがり、垂直発射機から対潜ロケットを次々と投射する。

 周囲を固めていた護衛艦とは明らかに違う小型の艦型。海の上を飛ぶような高速だった。
後に聞けば、水中翼を持った世界最速を狙って一隻だけ建造された実験艦らしかった。

血の色をした水煙があがった。




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 いい加減自分では何もできない戦場に疲れ、また戦場にも飽きられて、甲板を後にした善行は、やっとの思いで兵員室までたどりついた。
どうせ死ぬなら部下と一緒がいいだろうと考えている。

扉を開け、濡れ鼠になって顔を見せる。部下達は隅で固まっていた。
 そうすれば、沈まないと思っているようであった。

「いかがでしたか」
「2隻沈められましたが、味方の勇戦で蹴散らすことはできましたよ。胸のすくような反撃で、皆にも見せたいと思いました」
 善行はタオルを受け取ると、若宮達にそう言った。 後半部分はかなりの嘘がまじっている。楽勝には見えなかった。
とはいえ、自分と同じで海上では何もできない部下を不安にさせても仕方ないと思っている。

小隊の最先任下士官の湧井戦士が、頭を掻きながら善行を見た。泣きそうな顔の大男だった。

「ここから先も、襲われますか」

これには善行も嘘をつけず、正直に告げた。
「それはあるでしょうね。狼の群れのようにつかず離れず、いやがらせを続けると思いますが……まあ、なんとかなるでしょう。ロイヤルネイビーではないですが、見敵必殺は日本自衛軍も同じですよ。自衛隊とは違う。一部の艦が追いかけつづけるはずですよ」

 何人かが、うなずいた。なんと言っても自衛軍だからなと、知ったかぶりで言う者もいた。
 自衛隊とは、軍の勢力を削ごうとする運輸省や警察庁が保有する沿岸警備隊や警察予備隊を前身とする武装組織の総称である。装備劣弱な二線級の部隊であり、この頃は明確な差別意識があった。
 海兵隊は海軍の中でも二線級扱いされていたから、なおさら差別意識が強い。

確かに自衛隊と比べれば自衛軍の奮戦ぶりは群を抜いていた。その戦い様を思い出したか、兵士達は熱っぽく語り始めた。

適当に笑い、息をついて天井を見上げる善行。それとなく話題を逸らすことに成功していた。その様を下士官達が見ている。

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 善行は部下が息抜きできるように席を外すと、渋い顔でバットを吸い始めた。
本当は誉が気に入っているのだが、どういう訳だか舞鶴で売ってあったのがバットばかりだったのだ。

 紫煙をゆらす善行の隣に、若宮が立った。士官だけではなく、下士官もいては兵がくつろげない。
 若宮は煙草は体に悪いですよと言った後、善行を見た。

「酒は飲まれないのですか」
「ああ、私が買い集めていたラムですか? あれはもったいなくてね。実家に送りました。そもそも瓶でしたし、割れたら困る」
 お手本としたイギリス海軍のせいか、航海では日本酒以外にラム酒の持ち込みも許可されていた。他の酒は悪酔いするとされ、軍医以外は持ち込めない。
 お湯で四倍に割ったラムを寝る前に飲むのが行儀よいとされるが、多くの者は行儀が悪かった。

 善行は思い出したように笑うと、手の平に煙草を押し当てて消した。
「今となっては海軍士官でしか買えない酒ですからね。父に送ったんです。もし生き残ったら、半分取り返して、5年だか10年だかかけてちびちびとやりますよ」
「自分も一本ください」
「分かりました。では一本だけ」

 善行と若宮は、並んで笑った。
善行は若宮に正直に言った。

「舞鶴からの航路が、このように長いとは思わなかった」
「昼飯は現地で食うはずですが、これでは夕飯になりそうですな」

そう答える若宮は、周囲を見る。
「先任は兵のところに留まっていますな。そんなに要領が悪い奴とも思えませんでしたが」
「不測の事態に備えて、部下の把握に努めているのかもしれません」

 若宮は片眉を勢いよくあげると、難しい顔をしてみせた。
「……それは参りましたな」
「大丈夫でしょう。行軍訓練の間に、古参兵はだいぶ入れ替えました。若い奴が多いし、若い奴は正義感の強いのも多い。個人的な結びつきで指揮できるほどの人間関係を作る時間は出来ないでしょう」

 若宮は、善行の横顔を見た。
「そこまで考えておられましたか」
「さあ、どうでしょうね。……だがまあ、生き残るためならなんだってするんじゃないですかね。人間という奴は。それでは戦士、もどりましょうか」
「了解いたしました。少尉」


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