ガンパレードマーチ・外伝

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第20幕
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 佐世保から出港してきた別働部隊と合流し、重要な拠点となっている対馬から朝鮮半島に到着したときには、すでに夕刻だった。

真っ直ぐ行けばすぐのところを、欺瞞航路と回避運動をしながら移動したためである。

 軍港に入って早々、善行は部隊を率いて港湾防衛のための前哨地点に向かっている。
前哨地点は接収されたオフィスビルだった。大きな道に面している。

 その道には続々と難民と化した民衆が集まっている。おしあいへしあい、あちこちから怒号が飛び、時々聞くに耐えない泣き声が聞こえた。
 もっと心を痛めるのは、その声にも動じようとせず、ぼんやりと立って歩くことだけを考えている、民衆の姿だった。

 日本へ向かう船が出る。そんなありもしない噂が出て、乗り込もうと希望する難民の群れ。

 その様を見て善行は心を痛めたが、なんと言っても難民の流入を極端に怖れる日本がこの人々を受け入れるはずもないからだった。……一方彼の部下達は、もっと違うことを考えていた。

腕を組んだ若宮は呟く。
「街並みは日本とあまりかわらんな。面白くない」

部下の兵士が、軽口を投げかける。
「美人、いますかね」
「10日は風呂に入ってないだろうがな」
「俺達とあまりかわりませんよ」
「抱き合いたくはないだろう」
「なるほど」

若宮は皮肉そうに笑うと、陣地構築をはじめることにした。自分に言い聞かせるように大きく声をだす。
「明日はあれが日本の姿か。……いや、人の営みはどこもかわらんというところだろう。まあいい、片づけろ」

 書類が舞う中を机や椅子を片づけさせ、スペースを取る。
各所に不粋な土嚢が積まれ、機銃が置かれた。高いところにはスナイパーの代わりか腕のいい射手を置き、奥まった場所には無線機が設置され、通信兵がそれにとりつく。数分もしないうちに、顔をあげて善行を見た。

「小隊長、中隊本部です」
 善行は祈るような顔で受話器をとった。
実際心の中で祈っている。
(難民を排除する命令だけはしてくれないでくださいよ)
 敵と戦うのまでは嫌々でもするつもりだったが、守るべきはずの人間にうらまれるのだけは、遠慮したいところだった。

 電話の向うの中隊長も、知ってか知らずかすぐには話題を切り出さない。
「どうだ、少尉、はじめての前線は」
「歴史的な日になりそうですね。半島に日本軍がもう一度上陸することになるとは」
「貴重な戦力を他民族のために費やすなと言う者もいる」
「日本人に上陸されることを嫌がる者もいます。……それでも結局、経済が勝ったということでしょう。難民の流入を食い止めるには半島の安全が必要で、そのためには多少の損も仕方ないという訳です」
「我々は多少の損だな」
「ええ。……御命令を」
「民間人が邪魔だ。排除しろ」
「……分かりました。なるべく穏便な手段をとります」
「部下に犯罪を、特に性犯罪をさせるなよ。今ここで人類同士いがみ合うわけにはいかんのだ」
「誓って」
「よろしい、少尉、任務をこなしたまえ」

善行は受話器を兵におきながら、眼鏡を指で押した。
 遠慮しておきたいことを了解した自分に驚いていた。

いや、他人にさせるそれよりも、自分の手を汚したほうが被害が少なくなるはずだと考える。

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受話器を置いた善行は、振り向いて声を発した。

「分隊長、若宮」
「はっ」
「お呼びでしょうか」

 待っていたように整列する湧井と若宮の目を見ながら善行は言い含めるように口を開いた。
「今、命令がありました。民間人が港に入らないように誘導します。くれぐれも民間人に危害を与えないように」
「了解いたしました」
「最初、小隊全員で押し留めます。安定したら、分隊毎に交代制で警備します」

善行がそう言うと、湧井分隊長が口を開いた。

「はい、いいえ。質問であります。少尉」
「どうぞ」
「なぜ我々が? こういうのは憲兵か、現地部隊の役割では」
「憲兵は海に沈みました。現地部隊は、人間を相手にするより先に幻獣と戦わせるほうが妥当だと日本は考えています。我が軍が擦り減る前に、可能な限り。以上、終りです」
 善行が静かに言うと、湧井は何もわかってないかの様に話題を変えた。

「民間人が言うことを聞かなかったらどうしますか。連中、数が多い」
「空に向かって撃つのはいい。 誰も傷つかない」
「それでも言うことを聞かなかったらどうするのですか」

善行は、しばらく何も言えなかったが、かろうじて口を開いた。
「暴力は駄目だ」
「分かりました」

湧井の隣に立つ若宮は30点だという顔で、善行を見ていた。
善行は睨み返す。

「命令です。いきなさい」

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「おい、朝鮮語で立ち入り禁止ってどう言えばいいんだ?」
「知るか、そんときゃ上に向かって銃を撃てだとさ」

 兵士達がぼやくのを横目に、善行は陣頭に立った。
銃を持つ兵士達で道路を封鎖し、民間人の流れを止めようとした。



拡声器もなく、口の横に手をあてて声をはりあげる。
善行は朝鮮語で民衆に呼びかけた。

「みなさん、ここは立ち入り禁止です。さらに南のほうで救援物資がありますので、そちらのほうへお向かいください」

 救援物資というのは嘘っぱちだったが、効果あるはずだった。
実際に多くの者が、向きを変えようと動いた。

とは言え、動かない者達も居た。何故立ち入り禁止なのか、問い詰めようと善行に近づく者も居る。

 そうした者の何人かに早口にまくしたてられ、善行は閉口した。
すると若宮が間に割って入った。
両手を広げ、部下に命令する。

「小隊長が押されているぞ、お助けしろ!」
「暴力はやめろ!」
 善行は鋭く言ったが、その時には若い兵の一人が乱暴に女性の一人を押し返したことで民衆に怒りが伝染していた。
 入ろうとする民衆と兵士の間でもみあいになる。

 湧井が、善行に早口に言った。
「突破されそうです」
「空に撃て」

 湧井が上空に向けて断続的に発砲する。何名かの兵士が、民衆に向けて銃口を向ける。
銃に慣れていない民衆が恐怖に顔を歪ませてあとずさった。
 この瞬間に朝鮮の民衆の心に、決定的な敵愾心を植え付けたのは確実だった。善行は内心歯噛みしながら、それでも他の部隊よりは紳士的なはずだと、そう自分を騙すことにした。

 一所懸命、声をはりあげる。
「おちついて下さい。この道から貴国を守る部隊が通るのです。道を開けてください」
民衆の何人かが、敵愾心丸出しで、出て行け日本人と言った。さらに多くは、どうにかして安全な港に入ろうと、前の人間を押した。

 封鎖線が崩れる。

若宮が善行に顔を寄せた。
「空では効果が薄すぎます」
「駄目だ。撃つな」
「せめて足元を」

 善行は泣きそうな顔で若宮を見た後、人には当てるなと言った。

 若宮は跳弾は誰にもコントロールできないと思ったが、何も言わずに民衆の足元に射撃を開始することにした。

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善行にとっては何もかもが最低の数時間の後、やっと民衆は蹴散らされた。
 善行はこのまま泥のように眠りたかったが、任務はそれを許さなかった。

善行の部隊で最初の死者が出ていた。
 民間人ともみ合いになるうちに、囲まれて殴り殺されたのだった。
その兵は、最後まで弾を撃っていなかった。



 善行は、かろうじて撤去されなかったデスクの前に座ると、デスクを叩いて忠実な部下を思った。若宮は死んだ兵をさして、緊張しすぎて小銃の保安装置を外し損ねていただけです、撃てなかったのでしょうと言ったが、善行はそれを自分の命令のためだと、そう思った。

初めての戦死者が、民間人に殺された、だと?
 そもそも戦死になるのか。
くそ。くそ。くそっ。

 兵士の家族に向けて手紙を書きはじめる。死んだ兵のことなど何も知らなかった。僕に書く資格があるのかとも思ったが、義務感は善行の感情を圧倒した。
 貴方の息子は勇敢でした、忠実でした。正義を守るために戦い立派に死にました。月並みなそれだけを書くだけで、かなりの時間を費やした。

 手紙を書き終わり、その兵士の上司たる小隊長にとって最後の仕事である死亡報告書を書きながら、善行は悔しくて何度もペンを折った。額に手をあてて涙を流した。

 若宮他の部下は姿を見せなかった。若宮が僕を一人きりにするために意を払ってくれているのだろうと、そう考えた。


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