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第23幕
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善行は再びウォードレスを着て、部下と共に歩きだした。
車道をはさんだ林の中を、二班づつに別れて進む。
善行はどこか嬉しそうに、林の中を歩いた。
新鮮な空気を吸い、時々は生えた草木に、手を伸ばすこともした。
上機嫌に口を開く。
「ここはいいですね。いやなものを見ないでもいい」
後ろを歩く伍長が、口を開いた。
「いやなものとは、娼婦ですか」
「分かりますか」
「分かります。少尉は、潔癖なお方ですから」
「私は、潔癖ではありませんよ。良く、ずるい人間とか、人が悪いとかは言われますけどね」
「ずるい人間は、部下が死んだとき、悲しんだりはしません」
伍長はそう言った後、戦士達はどう言っているか分かりませんが、少尉のことを良く思う下士官や兵もいることは、忘れないで下さい、と付け加えた。
善行の表情が歪む前に、言い添える。
「とはいえ有能な士官であれば、喋らないで歩いた方が、いいと思いますが」
「そうですね。分かりました」
ほどなく、予定地点についた。中隊を守るように全周に警戒線をはるために、さらに展開する。
2班をパトロールに廻し、教本に沿って、伏兵を配置し、防御部隊を配置する。
ほどなくして、善行は一人になった。周囲にいる数名の兵を配置して警戒させる。疲れた者が居眠りしないよう、二人一組にした。
独りになった瞬間、善行は手が震え出した。酒を飲みたいと思ったが、我慢する。
伍長や兵が自分を怨んでくれたらいいのにと思った。
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2時間経つ。
もとより、前線との距離はまだ遠い。幻獣がいかに浸透するのが得意でも、すぐに交戦するおそれはなかった。
警戒線をはったのは形式に過ぎないというのは、良くわかっている。
善行は、今やっているこの行為が、他の小隊から訓練だか、気張っている程度に映ることはよく分かっていた。
さらに待つ。
善行は警戒部隊を少し動かして、林を抜けた先にある小さな寺の敷地に入った。他の部隊も、それぞれ動かす。
この国は山の中に寺がある。いや、日本も昔はそうだったのだろう。善行は寺の敷地に入りはしたが、建物に入ることはさせなかった。
住民はいなかったが、いなくなってからまだ日があさいのか略奪は免れていたようだった。
善行は自分と自分の部隊が略奪することを許さないつもりだった。それが民衆の心の拠り所になりそうなら、なおさらである。
美術的な興味から、この国の仏像を見てみたいとちらりと思ったが、善行は結局自分を笑って、見るのをやめた。
善行は草がまだ伸び切ってない庭で、風変わりな門を通り、周囲を見た。
煙草を吸おうかどうか考えた後、吸わずに待つ。
部下に小休止を与え、自身は壁を背にして座り込んだ。
目をつぶって、目を開く。
音もなく、ウォードレス姿の兵士が現われた。
「小隊長」
「湧井戦士か」
「あまり驚かれてないようですな」
「まあ、予想していましたから」
「なるほど。そう思っておりました」
泣きそうな顔の湧井戦士は、泣きそうな顔のまま、笑った。
「貴方はいい士官になりそうだった」
善行は、湧井が話したがっていると思った。静かに口を開く。
「なぜ、戦闘中に仕掛けてこないんですか?」
「それでは兵が死にます。貴方が誘いをかけたのも、結局はそれでしょう」
善行は、口元を少しだけ動かした。
自分の動きを罠と見破られるとは、思わなかった。湧井が喋りかけてくるとも、思ってなかった。策士とは言っても今の能力ではここらへんが限界のようですねと、善行は考える。
湧井は、口を開いた。
「……誰が刺客を放ったのか、聞かないのですか?」
「教えてくれるんですか?」
湧井は優しく笑ってかぶりを振った。拳銃を抜く。
「誓って兵の死傷者は最小にしてみせます」
「それは僕の言葉だ。戦士」
銃声。
善行の前、湧井の後ろから姿を見せた若宮が、湧井の背を撃ち抜いていた。
反動で湧井の手に握られた拳銃の引き鉄が引かれ、善行の頭の横に、三つの弾痕を残した。
善行は、眼鏡を指で押す。そして立ち上がった。
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「ありがとう。戦士」
「まだ生きております。少尉」
若宮は湧井の手を人工筋肉で強化された踵で踏み潰すと、痛みにさまよう湧井の瞳を、無表情に見た。
善行は、湧井を覗き込んで、静かにつぶやく。
「若宮のことも、知っていましたね」
湧井は、血を吐きながらうなずいた。肺の中に血が溜まり始めた様だった。
善行は手短に言った。
「……校長を殺し、僕を戦場にねじこみ、古参下士官を刺客に使う。軍に強い影響力を持っているということは、大名の繋がりか、新興軍閥ですね。校長は土佐の生まれだった……貴方の敵は、会津ですか、それとも芝村ですか」
湧井は笑った。
善行は知りたいことは全部分かったと思った。若宮を見る。
若宮は、この人は敵に対しては容赦しない人だと、そう感じた。
善行は、一言で片づけた。
「とどめをさしてやれ」
若宮は湧井を撃った。一発では心もとないので、頭を二、三発撃った。
振り返る。
「終りました。他にも、いますか」
「いないでしょう。規模が大きくなればばれやすくなる。死体は、枯れた井戸か何かに放り込みましょう」
「はっ」
「急げ、銃声がきこえた部下が戻ってくるかもしれない」
若宮が死体を引きずって行く間、善行は少々すがすがしい気分で煙草を吸った。
いつ殺されるか分からない、そういう状況から抜けた気分の良さだった。
本気で悲しんだ最初の部下の死。悼んだあの時間を、部下は見ている。その上司が小隊付き戦士を殺すなど、夢にも思わないだろう。良い隠蔽だ。善行は思った。まったく何が役に立つかは分からない。
善行は涙をぬぐった。泣いてやるかと思った。
そして大声を出して、若宮に言った。
「やっと本当の敵と戦争ができそうですね。えぇ?」
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