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第22幕
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数日もしないうちに善行の読みは当たった。
善行の小隊を含む中隊は陸軍に貸し出されたのである。
海兵隊の戦力のうちの多くが、抽出されて陸軍の指揮下に入った。
「海兵隊が、陸軍の指揮下で戦うというのは太陽が西からあがるようなもんですな」
そういう湧井に善行は笑った。
「同じ国の軍隊ですよ。この場合は国際共同軍が編成されるより遅かったことを恥じるべきでしょう」
「少尉は、リベラルですな」
善行は笑ったが、すぐその笑いは止まることになった。
湧井に尋ねる。
「あれは、なんだ?」
「女性であります。少尉」
「それは見れば分かる。なんでまだ難民がいるんだ」
「軍の近くが安全ということで、港の近くに住みつくものが出始めております。兵隊相手に商売するものもいます」
「売るものも買うものもないだろう。どっちも」
「兵隊が命を特売しているように、女は身体が売れます。平時では高いものも、戦場では大特売で買えるでしょう。例えば医薬品とか、一食で、とか」
善行が憮然とした表情を取ると、湧井は小声で言った。
「少尉、失礼ですが、戦場は綺麗なものではないのです。通る通らないで威嚇射撃したり、強姦するよりましということで、大目に見てやってください」
「……あれなんて親子連れだぞ」
「親はどんなことをしても子供を食わせねばならんのです。なぜそれがお分かりにならない?」
善行は黙った。
湧井は、背筋を伸ばした。
「失礼しました。少尉」
善行は眼鏡を指で押した。
「いや、ありがとう戦士。良い勉強になりました」
「ありがとうございます少尉。そのように言われるのは望外の極みです。それでは指揮に戻ります」
「たのみます」
善行は足元の石を蹴った。
軍は送っても救援物資は中々送らない上層部にひどく腹を立てる。戦争は悪だと誰かが言っていたが、善行はまったくその通りだと思った。どうにも我慢がならないのは、それに自分が参加していることだった。
「石を蹴るのは面白いですか」
「若宮」
若宮は罪のない顔で、いつのまにか善行の元へ戻ってきていた。敬礼する。
「報告いたします。やはり車両の都合はつかないとのことです」
「でしょうね。分かりました。歩いていきましょう」
善行はウォードレスの人工筋肉を目覚めさせた。スーツの内側から筋肉が盛り上がる。
若宮も人工筋肉を立ち上げた。声をあげる。
「……小隊! クールよりホット。 2列縦隊! 前進!」
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中隊は8時間で50kmを踏破した。50kmで止まったのは、それ以上の強行が困難なほど大きな損害が出たからだった。
善行の小隊は脱落者0でこれを乗り越えたが、その一方で他の小隊は、早くも1割を越える損害を出していた。
死んだわけではない。ただ長距離行軍によって、にわかには歩けない程度足をひねったり、炎症を起したりしただけである。
だがそれだけでもまとまった部隊行動を続けさせるのは困難だったし、後送のために護衛をつければ、損害はさらに増した。
戦場に出れない兵士は、頭数が減ったという点で戦場で死んだ兵士となんら変りはない。
ウォードレスという人工筋肉は、着用者の関節に大きな負担を強いたのである。
山の中に展開した善行以下の小隊は、そのまま、大休止に入った。
動けはしまい。善行は思う。そのまま夜営することになるだろう。
他の兵が座り込んでウォードレスを除装する間、善行の兵達は、整理運動をしていた。
それをどう思ったのか、中隊長が善行に尋ねた。
「少尉、あれはなんだ」
「整理運動です。急に休ませるより、休息後の回復がよくなります」
「そうか。それはいいな。さっそく他の小隊にもさせよう。余力はあるか?」
「ずっと歩かせてきましたから」
「行軍少尉の面目躍如だな。何が役に立つか、分からないものだ」
善行は皮肉そうに眉をあげたが、何も言わず、中隊を指揮する中尉の言葉を待った。
「少尉。貴下の部隊が一番元気だ。警戒を頼めるか」
「了解しました」
「頼む」
善行は下士官を集めた。
命令を手短に話し、割り振りを話す。
「大休止の後、警戒を開始します。湧井戦士は防御班を、室伏伍長は伏兵班を。若宮戦士、清水伍長はパトロール班をそれぞれ率いてください。私は警戒班を指揮します」
異論はなかった。もとよりそうなると、下士官は考えていたのだった。
「以上、解散。若宮戦士は残ってください」
「なんでしょう」
「実は配置について自信がない。意見をききたい」
若宮は微笑むと口を開いた。
「良い考えです。部下の功績こそが上司の功績なのです」
「ええ」
善行は班単位で配置する案を示した。
「妥当なところでしょう、ただ、自分の配置がここなのは、多少不自然ですな。……?」
若宮は、片方の眉をあげた。
善行が指差す文字をを見た後、平静を装って、地図を睨む。
何度かうなずいた後、若宮は背筋を伸ばした。
「了解しました」
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