その昔。
銀河を横断する花の道を揺るがす戦争の時代があった。

地球となんら変わることなく、血で血を洗うような、そんな時代があった。

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 あの小さな丸い偉大な友であるBALLSたちが太陽系最外延で張り巡らせた小石の帯、太陽系知類は単に防衛線と呼んでいる……は、470万kmの後方にあり、前に身を守るものは、なにもなかった。

 長い膠着(こうちゃく)が、終わったのである。
BALLSの莫大な生産能力を背景にした防衛線の浸透突破に成功した、太陽系総軍は、専守防衛の戒めをやぶり、ついにその長い牙で他星系に牙を向いたのである。

「カトー少佐。人形大隊、準備できました」
「出せるものから順次だせ」

 後に大カトー・タキガワと呼ばれるその少佐は、長年使い続けたせいで今は腐ったたまねぎその他が詰まったような匂いがするヘルメットを被りながら、口を開いた。

 少佐の身長は、地球生まれらしく圧縮されて173cm。元々は175cmあったが、長年のパイロット業務は、彼の軟骨を削り取り、2cmほど縮めている。 黒髪というよりは赤毛、持ち込み可能な私物重量の大部分を使い切って、実用性のまるでない、ゴーグルを持っていた。実用なんて考え出していたら最終的には自分以外を全部殺すことになると、少佐は心の底から信じている。

 無重量空間を泳ぐというよりは落ちるように、少佐は壁を叩いて通路の中を進んだ。
応急でくっつけたゼリーロックの隔壁を3つ4つ通り抜け、徐々に真空に近づく。
最後の2つの隔壁はハード、すなわち金属隔壁。ここで待機し、お仲間を待つ。ここは、真空で楽しい職場である戦場と、臭くてがっかりな宇宙戦艦の間にある減圧室という空間だった。壁に取り付けられたモニターには踊るように刻一刻とかわる戦況が映し出されている。

 戦いの前の儀式的瞬間、宇宙服の中で放尿して身を震わせる少佐。
小便したあとは怖くなくなるんだが、それまでがいかんなと考える。戦争が嫌で嫌でしょうがない。

 飛んで、戦ってる時はどうだろう。楽しいか。楽しいかも知れない。だがそんなことは少佐は認めない。俺の場合はただ単に怖くなくなるだけ。だーれが戦争なんぞ賛美してやるものか。
 少佐はそう考える。家族や太陽系のために戦うが、戦争のために戦ってやるものかと考えた。思えばエルンスト爺様の頃よりも、その分だけましかもしれない。


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