夜半。未だ、大ではないカトー・タキガワ少佐はご先祖から受け継いできた唯一の財産であるところのぼろぼろの一軒家に帰ってきた。
後代の多くの人がかの一族に抱くイメージ、つまりは飛行機や宇宙船に住んでいるというイメージと異なり、彼らが家と称する場所は地球の上の、このぼろ家にしかなかった。

築235年を越えたその2階建ての家は、建てたときには瓦礫ばっかりでなにもなかったのだが、今や天にも届きそうな高層ビルに囲まれて、情けなく建っている。

 少佐の父も少佐も、10年に一度くらい建て替えを検討するのだが、どうせ空なり宇宙で1年の90%を越えて生活するのだからという理由で、面倒くさくて検討以上はやったことがない。
 そのうち家が区の記念物に指定されて、検討も必要なくなった。

 いいのさ。少佐は手動でドアをあけて自分の足で家の中に入った。
自分の手で上着をハンガーにかけて、自分の手で冷蔵庫を開けて酒を取り出し、座布団を片手に急な階段を上った。

 いいのさ。自動化されてなくたって。
そんなことは、たいして幸せなことじゃない。便利なことかも知れないが。ただそれだけだ。

そんなことを思いながら、少佐は階段を上る。
階段を転がり落ちる、家を守ってきた<滝川家防衛隊>の鉢巻をまいたBALLS達に敬礼を送る。BALLSたちは足を出して振って答礼した。

2階には古ぼけた写真がある。集合写真。タキガワのご先祖と精神的ご先祖達、それと“親友”の写真だった。22人。本当は23人。最後の一人は目にも写真にも映らないので、映ってない。
そう少佐は教えられている。

 いいのさ。映る映らないは、たいして重要なことじゃない。少佐は思う。光学的には大変なことかも知れないが。ただそれだけだ。
 ご先祖がこの写真を大事にしたってことが重要なんだ。

 昔吹いている風とは違う、ビルの谷間風、でも昔と同じように2階の窓をあけて、タキガワは微笑んだ。座布団をしいて窓際に座り、酒を片手に、友人を待つことにした。
それがいつになるか分からないけれど。だからと言ってあきらめることも、ひがむこともない。
そのかわりに歌を歌った。一人のときも悲しいときも、数多(あまた)の戦いのその時も、いつもそうしていたように。それは偉大な嘘の歌だった。

“天に手を差し伸べて 風を待とう”
“名前も分からないひとのために”
“でも愛しいと思うから”

タキガワは酒を飲む手を休めた。


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