遼子は、赤い短衣をつけたトラ縞猫のぬいぐるみを抱きながら、複雑な気分であった。抱きしめられてぬいぐるみも苦しそうである。

遼子自身はそんなことを考えもせず、不意ににやけたり、あるいは落ち込んだりを繰り返している。

 お兄ちゃんが優しかったことを思い出しては照れ。
お兄ちゃんが追いかけてきたことを思い出してにやけ、
そしてそのお兄ちゃんがお見合いを経てだれか知らない人と寄り添うことを思って、凹んだ。

以下繰り返しである。
 一時間ほどそれを繰り返し、ぬいぐるみがン、ゲェな感じでつぶれている事に気づいて、あわてて手を放した。

 そして考える。

きょ、今日もお兄ちゃんの家に行こう。うん。ひょっとしたら、一目会えるかもしれないし、昨日みたいなことが、あるかもしれない。

 当初計画とも違うし、そもそもタキガワが家にいなかったらきっと朝まで粘ったあげくに凹むだろうけど、それでも。

それでも会いたかった。会えばきっと、幸せになると思ったから。

お見合いとか戦争とかで凹むことは、甘んじて受けようと思った。

 遼子は、元来が楽天的な性格である。精神的クラスチェンジのあげくラスボス押し倒した先祖の影響もあったが、この時代の多くの知類がそうであるように、眼前の問題は問題として受け止めつつも、やりたいことをやろうという、時代の精神に染まってもいた。
健気と言うよりは、前向きであったと表してよかろう。

 遼子は口元を微笑ませると、夕方まで時間をつぶそうと思った。
TVを、つける。

「今日のニュースです。まずは心温まる話題から。総軍のエースが、猫の心も撃墜です」

 三次元TVに映し出されただらし無い笑顔は、未だ大ならぬタキガワ少佐その人である。黒というよりは色が抜けて赤っぽくなったその髪を見て、笑顔でTVを見る遼子の動きが、凍った。

 猫娘と猫少年と本物の猫に、(まんざらでもなさそうに)にゃんにゃんなつかれてざらざらする舌で頬をぺろぺろされているのを見て、TVのスイッチをチョップで切った。

次に涙目で飲む携帯で電話をかけ、感情が爆発してまとまらない思考をそのまま、本人にぶつけた。迷惑だったのは少佐である。
精神的鈍器で殴られたようによろめき、隣の人物に支えられた。

 壁際に並んで立つ、彼の上官だった。宇宙勤務の士官らしく髪を短くそろえつつも、それが、野性的な女性の魅力を、よく引き出してもいた。
 タイトスカートからすらりと伸びた脚が、男を撃墜する様を、少佐は見たことがある。

「なんだいなんだい。最近のパイロットも弱くなったもんだね」
「あー、いや違いますよ。キャプテン、いや、中佐」


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