「一般人が、良く入れましたね」
 タキガワは、この女を叔母のようなものだと思っている。世話やきで、いじわるで、どこか優しい。人生の節目になれば現れる、妖精のような人。
「うん。だって私、VIPだから」
「はあ」
相変わらずのうそ臭い説明。だがそんなことは気にもせず、背伸びして新井木は、士翼号を見上げる。嬉しそうに。

「久しぶりだね。お前とあうのも」
と言う。
 士翼号の瞳が青く輝いた。地球のような、ブルーだった。

片方の腕を動かし、さもそこに剣があるかのように振るった。
新井木のその目だけには、そこに剣が見えた。銀色でごっつくて、どんな心の闇をも切り裂くであろう、そんなものだ。そして笑った。誰も彼もが自分の事を忘れても、転写されるプログラムとしてのそれは忘れることも、磨耗することもない。それは永遠に待つのだろう。不撓(ふとう)不屈の無敵の戦士が、必要とされるその時まで。

 風で飛ばないように帽子をおさえ、士翼号の脚をぺちぺち叩く。タキガワの方を向く。
「ちゃんと育ててよね。こいつがいないと、今の私は現れないんだから」
「言われなくても、やりますよ。こいつは期待の新型機なんですから」

 新井木は甘い、がんもどきに蜂蜜かけたよりまだまだ甘いといった。
「20年先まで使われるぐらいにしてね。でないとひどいことになるんだから」
「なんですか、それは?」
「息子のために何かしてやれって話よ。カトータキガワ」
 ひどく真剣なその表情に、タキガワは頭をかいた。
「いつもながら良く分からない話だな」

 手を後ろに組んで、タキガワの瞳を見つめる新井木。気付いた時にはキスが出来そうなほど、近づかれる。キスするよりも首を跳ね飛ばすほうが速そうだけれど。

 新井木は、優しく言った。
「分からないなら、無視してもいいの?」
「そんなことは言ってませんよ。分からないものを俺達が無視していたら、ロンリータイムズに逆戻りだ」
「じゃあ、答えはなに?」
 やわらかそうな唇だと思うタキガワ、直後に涙目の遼子に殴られた気がして、タキガワは顔を紅くして口を開いた。

「その答えはイエスですよ。俺たちは、否定するために生きているわけではない。訳わからなくても、それがなんでも、そこにいるのは兄弟と思う、それがゴージャスタイムズ。全部を肯定する俺の生まれた時代。他のどの時代よりも優しくて、誉れ高い時代」

 新井木は涙が落ちそうな目を伏せて笑った。
「そうね。それがいいわ。じゃあ私の言葉も、兄弟の言葉と思って案じなさい」
「今まで一度だって無視はしなかったでしょ?」

急にピンク色の舌を見せる新井木。
「それでも不安になるのが、女心なのよ。バカタキガワ。どっちが苗字かくらいは、しっかりしなさいよ」

 そして上機嫌で、背を向けて歩き出した。
もう船が出ると、新井木は言った。そしてそのまま、言葉を続ける。

「あ、そうだ。明日お見合いだよね」
「……まあ、いやそうですけど」

思い出したように肩越しに言う新井木。無邪気な笑顔。

「明日私も出てあげるから。えへ」
「力いっぱいやめてください」


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