その日、いまだ大ならぬカトータキガワは、往生際悪くもスーツ姿のまま、脱出の機会を伺っていた。お見合いの場所となった、料亭での事である。
「だいたいですね、俺はこういうのに向いてないんですよ」
正確には昨日から従妹に全然電話が通じなくなってから、タキガワはそう考えていたのだった。だから、だいたいというほど前からの考えではない。
タキガワは渋い顔。まさかお見合いくらいで口聞いてもらえなくなるとは考えてなかったから、かなり参っていた。
「何言ってるんだい。往生際が悪い」
隣で、腕くんで渋い顔をするのはエリザベスである。
天蓋つきベッドで気持ち良く寝ていたところを親戚がいないので代役に、と叩き起こされ、あからさまに迷惑そうである。
横のタキガワをにらむが、タキガワは何かに言い訳するように、独り言をぶつぶつつぶやいている。
「そもそも日本だけなんですよ。お袋の地域にはこんな文化はなかった」
ためいきをつくエリザベス。顔を動かさずにタキガワの横顔を見て、発作的に口を開いた。
「だったらアタシの手でも取って、逃げましょうと言えばいいじゃないのさ」
「え?」
思わずエリザベスの顔を見るタキガワ。
顔を少し赤くするエリザベス。
「冗談に決まっているだろ。バカ」 腕を組んだまま、口を開くエリザベス。
「そ、そうですよね。やっぱり」 朝弱いことで知られるこの人を起こしたのは失敗だったかと思うタキガワ。
実際のところ、タキガワはエンジンつきのもので無いと、全く挙動が読めない男なのであった。未熟な若者、ともいう。
このやりとりで、エリザベスは再婚のチャンスをもう十五、六年ほど、逃すことになる。
アン時あの馬鹿担いで逃げてりゃ、この子は生まれて無かったんだねえとは、小カトータキガワの顔を見たときのエリザベスの述懐である。
話を、戻す。
タキガワは(エンジンがついてないせいで)女心は分からなかったが、エースパイロットらしく自分が危機に陥りかけているのではないかとは、よく感づいていた。
遼子は電話に出なくなるし、エリザベスは不機嫌そうだ。
そもそも新井木の姉さんが出てきてるという時点で、高性能ミサイルにロックオンされているような気がしなくもない。
それで、どうしても口をついて出る言葉は、言い訳になっている。
「それに相手の顔が分からないなんて変ですよ」
タキガワは、かれんちゃんが己の心の中の法廷にたって自分の弁護にたってくれるのを夢想した。 それが火に油をそそぐ行為とは、思ってもいない。