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/*/ それは、なにかを待つ心であった。それがいつになるか分かりはしなかったが、自分の力でそのなにかに手を伸ばそうという、
心であった。 「それに名前をつければ、物語が終る」 悪魔のような外見。それとは裏腹の優しい心遣い。その燦然と輝く青い目はここにない何かを恐ろしい正確さで見通していて、
厚い唇から語られる言葉は自分が信じていた常識という常識をことごとくひっくり返していた、いつも不思議な風と歩いてくる
伝説の巨人。 「おわるの?」 父は、どこか悲しく微笑んだ。 「よかったね」 「その通り。結局生きるということは、ただそれだけのために万難を排することだろう」 その頃の舞は、バンナンをハイするという言葉の意味が分からなかった。だから分かる内容を口にした。 父は、己の胸ポケットを指さした。 「それを引き継いだものは、永劫に戦いつづけるのが定め」 舞は、働き続けでは父がかわいそうだと思った。 「舞でもつげる?」 父はそう言った後、舞の顔を見ながらその背後の遠い誰かを見た。 「だが父は、そなたにだけは引き継いでほしくはないな」 青空が広がる屋上。 背が高く、一族を裁く長い錫杖を持ち、長い髪をなびかせて立っている。 「帰りなサいデス。舞ちゃん。貴方がイきる場所は、至高墓所しかないデスよ?」 舞が即答すると、姉は優しそうな顔を曇らせた。 「仕方ない子デス……お姉サん困るでス。まるで貴方のお父さんのヨーデス」 どこにいても見えるのはあの人。死のうと生きようと、絶対に私の物にならない男。 「最後マデ、あの人のようになる必要はナイでス」 姉の錫杖の一撃を華麗に後方に飛んで避けると、舞は、ビル屋上の欄干の上に立って、姉の瞳を見た。 口を開く。 「私がいる。私があの人のように戦うその限り、まだあの人は終っていない」 そして舞は誰にも分からない笑顔を見せると、ビルの屋上から髪を天になびかせて落ちた。 そして走っていった。まんまと逃げだしたのだった。 姉はため息を一つつくと、虚空を見上げて声をあげる。瞳孔がすぼめられた。 「こちら、謡子。目標は帰順を拒絶した。今後の指示を乞う」 謡子は微笑むと、哀れむように舞の後ろ姿を見下ろした。 「馬鹿なコ……男達になぶられて死になサい」 /*/ 速水は、自分が無意識に胸の宝石に触れたことに気付かなかった。 速水には二つ先のバス停は見えなかった。だからそれを見ていたのは、もっと別の何かということになる。 /*/ バスまでには時間があった。 舞はコンビニに入り、店の中から周囲をうかがった。追手がないことを確認し、こちらを見ている店員を無視する。 新聞に躍る日本自衛隊の全戦全勝の記事を横目で見る。 バスが動き出す。運転手に料金を聞けば、150円ということであった。 明日からは歩きにしようと、速水は思っていた。お金は大事にしないといけない。 あれは学生じゃない。兵士だ。いや、兵士でもない。どちらでもない学兵だ。 本物の速水はどうだったのだろう。いや、殺されたんだから幸運なわけはないか。 速水はそう考えて、これ以上考えるのはやめにした。 |
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