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第8回
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「士魂号、起動用意。クールよりホット!」
「クールよりホット!」

長大な胴体をつけた士魂号M型複座練習機仕様は、人工筋肉に貪欲に酸素を送り始めた。
瞬く間に加熱を始め、湯気が立ち始める。

 デイグロウオレンジに肩を塗られたそれは、前席に滝川を、後席に本田教官を乗せてゆっくりと立ち上がった。
 演習弾を入れた20mm機関砲……俗にジャイアントアサルトと呼んだ、を持ち上げ、歩き始める。

 踏まれないように気をつけながら通信機を兼ねる遮音ヘッドセットをつけた速水と坂上が足元を走り回る。
 それは、襲撃訓練を兼ねていた。死角を教えられ、その場所を常に取るように速水は坂上に叩き込まれていた。

「士魂号は良く故障しますし、伝統的に機甲兵(戦車兵のこと)が戦車から降りて戦わせられる局面はよくあります。そしてその敵には、人型もいる。だから、良く覚えておきなさい」
「はい」
「それに、同じ人型です。戦術を覚えておけば、有用なことは多い」

坂上と速水は、サブマシンガンを持ったまま、土嚢を積み上げた土手を昇り、身を伏せた。
その上を一歩で士魂号がまたいでいく。

 士魂号M型は人型戦車だった。その大きさは9mに近く、見上げる者を威圧するのっぺりした獰猛さに満ちていた。

 士魂号は、立ったままの射撃体勢をとった。戦術教本には載っていない動きだった。
モーターの動作音と共にジャイアントアサルトの銃身が回転する。ジャイアントアサルトはガトリングと言って、 複数の銃身が束ねられたタイプであった。ガトリングは発射速度の向上と、銃身冷却に向いた形状である。

 足元にいる速水と坂上は猛烈な射撃音に揺り動かされた。

射撃が開始される。 400m先に設定された的に、次々と着弾した。

「大丈夫です。薬莢受けがついていますから、薬莢はおちてきませんよ」
「……え!! なんですか!!」

頭を抱え、轟音に耐える速水を見下ろすと、坂上は手信号で速水についてこいと命令する。少し離れることにした。
 無線の調子が悪いようだった。

士魂号は柔らかい膝で、足首で射撃の反動を殺していた。
 銃を支える肩はロックされていたが、下半身は自由に揺れ動いている。


少し離れた場所でヘッドセットを半分ずらし、坂上は速水に言った。
速水の顔が土で汚れているのを無視して、士魂号を見る。

「ああやって撃つことで、本田教官の小脳が覚えている操縦情報が、滝川君にコピーされています」
「本田先生の、ですか」
「ええ、複座は副操縦装置を介して脳がリンクされますからね。今はマスターをとっている本田教官の操縦感覚が、 スレイブ側の滝川くんに送り込まれます」
「滝川……大丈夫かな」

 坂上は色のついた眼鏡の奥で、速水を笑った。女みたいな声、女のような線の細い顔立ちだった。だが、中まで女ではない。
「きついのは本田教官ですよ。記憶を分け与えるということは、自己愛の拡大も意味しますから」
「それは、なんでしょう」
「本田教官にとって、皆は自分の分身に等しい子供だということです。男では耐えられない。教官や整備長が常に女性なのは、 そういうことです」

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 坂上教官と速水が並んで士魂号M型の射撃を眺めていると、突如異様な音がしてジャイアントアサルトの動きが止まった。

士魂号が腕を下ろす。

「ジャムったな」
「ジャム、ですか」

「……そう言えば、まだ教えていませんでしたね。薬莢受けの形状が悪くて、時々廃莢口に跳ね返った薬莢がひっかかるんですよ。 これが実戦部隊なら、薬莢受けを外すところなんですが、訓練部隊では薬莢を拾うのが面倒でね……」

士魂号は大地に膝をつけた。パイロットが二人、出てくる。
本田教官と滝川だった。本田教官は不機嫌そうだった。

「滝川ぁ!」
「うぁぁ!ごめんなさい!」

端から逃げる滝川の襟首を、本田教官は背中から掴んだ。引き寄せる。

「てめえ!ブルッてんじゃねえぞ!」
「だって狭い上に臭いし暗いんですよ! 弾でなくなるし!」
「ふざけるな! 臭いなら消臭剤をトイレからかっぱらってこい! 弾が詰まったら指でほじれ!」
「はい!」

 本田は厳しい顔から一瞬だけ笑うと、軽く滝川の額を叩いて解放してやった。

「よし。そういう時は素直が一番だ。分かってきたじゃねえか」
「へへ、俺、物覚えいいんですよ」

本田は滝川を拳骨でなぐった。

「調子に乗るなピーナッツ野郎! これが実戦なら死ぬぞテメェ!」
「はいっ!」

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 瀬戸口は少々離れたテントの下で眠っているののみの髪をなでながら、本田と滝川の漫才をげらげら笑いながら見ていた。

「暇そうね、お前」
「ん?そう見えるかい?」

「ああ」

中村は瀬戸口の隣に座り込むと、先ほどまで速水がつけていた通信機を分解整備しはじめた。

「お姫様がおらんけん、テストできんとだろ」
「ああ、残念だ。仕掛け、つくっといたのにな」

 中村はためいきをつくと、瀬戸口を見た。
「……ここの無線機はたいがボロたい。手伝ってはいよ」
「お前、この部隊にずっといるつもりなのか?」
「戦いが始まる前に上が異動させてくれると思ったや?」
「……なるほどね。分かった。手伝おう」

 中村はため息をつくと、ののみを見た。自分達をここに送ったのも芝村なら、この子を連れてきたのも芝村だった。 陰謀と打算だらけで、心がすさむ。

「ああ、それがよか。下は下で、生き残る算段をせにゃならん」

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「お疲れ様、大変だったね」
「ああーこっぴどくやられたー」

 滝川は、優しく笑う速水にそう言った。
「痛かった?」

「ああ、うん。でもな」

 滝川は、鼻の頭の傷を指でさすると、口を開いた。
「……お前、知ってる? 本田先生に殴られても、傷痕が残らないんだぜ」

速水が目をまばたかせると、滝川は笑って、速水の肩を抱いた。

「悪ぃ、お前の顔、綺麗だからな、そのすごさ、分からないよな」
「本田先生は悪い人じゃないと思うよ」
「俺も、そう思う。母ちゃん。取り替えてくれないかな」

 速水は、深入りせずに滝川にタオルを渡した。
「……そう言えば、壬生屋は?」
「さあ、今日は休みじゃねえの? それより、お前出番だぜ」

 本田教官が、腕を組んで待っていた。
「速水ぃ! 急げ!」
「はい……じゃあ、滝川いってくるよ」
「しごかれてこいよ」

速水は本田教官の前に立った。目の隅で巨大な士魂号M型を見上げる。

「芝村がいなくて、寂しそうだな速水ぃ!」
「いないんですか?」
「なんだ、気付いてなかったのか? 今頃善行と大隊本部行きだ」
「二人きりなんですか?」

 本田はちょっとよろけた。

「お前な……、いいか。その歳頃じゃしょうがねえが、なんでもかんでもだな、色恋に関連させちゃいけねえぞ。 あいつらは公務だ公務」
 速水は、頬を紅くした。

「そんなに変な声でしたか」
「ああ、変だ、変。そう言うときはアレだ。死ぬほど訓練して性欲を昇華するに限る」
(僕が芝村に抱いているのはそんな汚いものじゃない)
 速水はそう思ったが、あいまいに笑ってごまかすことにした。

「は、はあ……」
「返事がぬるい!いくぞ! ついてこい!」
「はい」