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/*/ 「士魂号、起動用意。クールよりホット!」 長大な胴体をつけた士魂号M型複座練習機仕様は、人工筋肉に貪欲に酸素を送り始めた。 デイグロウオレンジに肩を塗られたそれは、前席に滝川を、後席に本田教官を乗せてゆっくりと立ち上がった。 踏まれないように気をつけながら通信機を兼ねる遮音ヘッドセットをつけた速水と坂上が足元を走り回る。 「士魂号は良く故障しますし、伝統的に機甲兵(戦車兵のこと)が戦車から降りて戦わせられる局面はよくあります。そしてその敵には、人型もいる。だから、良く覚えておきなさい」 坂上と速水は、サブマシンガンを持ったまま、土嚢を積み上げた土手を昇り、身を伏せた。 士魂号M型は人型戦車だった。その大きさは9mに近く、見上げる者を威圧するのっぺりした獰猛さに満ちていた。 士魂号は、立ったままの射撃体勢をとった。戦術教本には載っていない動きだった。 足元にいる速水と坂上は猛烈な射撃音に揺り動かされた。 射撃が開始される。 400m先に設定された的に、次々と着弾した。 「大丈夫です。薬莢受けがついていますから、薬莢はおちてきませんよ」 頭を抱え、轟音に耐える速水を見下ろすと、坂上は手信号で速水についてこいと命令する。少し離れることにした。 士魂号は柔らかい膝で、足首で射撃の反動を殺していた。
「ああやって撃つことで、本田教官の小脳が覚えている操縦情報が、滝川君にコピーされています」 坂上は色のついた眼鏡の奥で、速水を笑った。女みたいな声、女のような線の細い顔立ちだった。だが、中まで女ではない。 /*/ 坂上教官と速水が並んで士魂号M型の射撃を眺めていると、突如異様な音がしてジャイアントアサルトの動きが止まった。 士魂号が腕を下ろす。 「ジャムったな」 「……そう言えば、まだ教えていませんでしたね。薬莢受けの形状が悪くて、時々廃莢口に跳ね返った薬莢がひっかかるんですよ。 これが実戦部隊なら、薬莢受けを外すところなんですが、訓練部隊では薬莢を拾うのが面倒でね……」 士魂号は大地に膝をつけた。パイロットが二人、出てくる。 「滝川ぁ!」 端から逃げる滝川の襟首を、本田教官は背中から掴んだ。引き寄せる。 「てめえ!ブルッてんじゃねえぞ!」 本田は厳しい顔から一瞬だけ笑うと、軽く滝川の額を叩いて解放してやった。 「よし。そういう時は素直が一番だ。分かってきたじゃねえか」 本田は滝川を拳骨でなぐった。 「調子に乗るなピーナッツ野郎! これが実戦なら死ぬぞテメェ!」 /*/ 瀬戸口は少々離れたテントの下で眠っているののみの髪をなでながら、本田と滝川の漫才をげらげら笑いながら見ていた。 「暇そうね、お前」 「ああ」 中村は瀬戸口の隣に座り込むと、先ほどまで速水がつけていた通信機を分解整備しはじめた。 「お姫様がおらんけん、テストできんとだろ」 中村はためいきをつくと、瀬戸口を見た。 中村はため息をつくと、ののみを見た。自分達をここに送ったのも芝村なら、この子を連れてきたのも芝村だった。 陰謀と打算だらけで、心がすさむ。 「ああ、それがよか。下は下で、生き残る算段をせにゃならん」 /*/ 「お疲れ様、大変だったね」 滝川は、優しく笑う速水にそう言った。 「ああ、うん。でもな」 滝川は、鼻の頭の傷を指でさすると、口を開いた。 速水が目をまばたかせると、滝川は笑って、速水の肩を抱いた。 「悪ぃ、お前の顔、綺麗だからな、そのすごさ、分からないよな」 速水は、深入りせずに滝川にタオルを渡した。 本田教官が、腕を組んで待っていた。 速水は本田教官の前に立った。目の隅で巨大な士魂号M型を見上げる。 「芝村がいなくて、寂しそうだな速水ぃ!」 本田はちょっとよろけた。 「お前な……、いいか。その歳頃じゃしょうがねえが、なんでもかんでもだな、色恋に関連させちゃいけねえぞ。
あいつらは公務だ公務」 「そんなに変な声でしたか」 「は、はあ……」 |
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