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 一方その頃。

善行は赤すぎる夕日の夢を見ていた。
否、夢を思い返していた。

 大隊本部として機能している公民館はクーラーが良く効いていて、多すぎる人の熱気をよく和らげていた。

それでいて議題は退屈で、善行はこのまま寝てしまいたい感覚に囚われる。

(時の終りって奴は、いつ来るんですかね。友よ)

善行は埒もないことを考えていたことを眼鏡を押してかき消すと、我に返った。否、我に返ることにした。 いつもその自問が、彼を現実に引き戻すのだった。
 善行は踊る会議に意識を集中した。視線を向けた上座では中隊長達による舌戦が繰り広げられている。 舌戦と言うよりなれあいか。小隊長になる予定の善行は、他の小隊長と共に隅のほうへ追いやられていた。

「とにかく、いくらマルトクがないからって、あれはないだろう。車輪もないんだぞ」
「戦車がないなら仕方がない。竹槍で戦えと言われれば、それで戦うのが軍人だろう。文句を言うな、欲しがりません、 勝つまではだ!」
「小官は現実的な話をしているんです」
「現実にマルトクはないんだ。できそこないしか」

(あー、ほんとうに踊っていますね)
 末席の善行は、隣に控える芝村舞が表情を消しているのを気にしながらも、会議が踊るように迷走する様を 少々愉快そうに眺めた。 今は体力回復にあてるだけだ。

舞が、善行にだけ聞こえるように口を開いた。

「茶番だ」

善行は苦笑して、口を開いた。
「きっと、会議することで不幸な自分達をなぐさめているんですよ」
「今の世の中、人類で不幸でない者がいるのか?」
「私は不幸じゃありませんよ。たぶん。責任も軽いし、部下もいい」
「平時であればそうかも知れぬ。そろそろ本番だぞ」

舞が顔を向けた先では、会議は思わぬ方向へ向かっていた。
善行もあわてて、中隊長達、小隊長達を見た。
「若手の意見をきこうじゃないか。百翼長。どう思うかね」

 善行は自分を指差すと、背筋を伸ばした。

「2中隊1小隊の善行です。ご質問の件はM型(乙型改1)ですか」
「そうだ、あれでも士魂号を名乗るのだから恐れ入る」

善行はしばらく考えをまとめた後、口を開いた。

「小官としては、いい機械だと思います」

 他の中隊長や小隊長が、動きをとめた。善行を注目する。
代表して中隊長の一人が口を開いた。善行の直属上司、第2中隊長の杉原だった。

「どういうことだ」

善行はなるべく、優しく言った。馬鹿にしているように聞こえないよう注意する。
「油の心配をしないでいいのと、引火して炎上しないのは助かります。弾庫も本体から切り離されているので、 損害は最小にできるでしょう」

中隊長達は、苦笑した。1中隊の長野が口を開く。
「ふむ。善行君の言うもの確かだが、やはり海兵の考え方としか言えんな。本式の戦車兵としては、あれは的が大きい。 故障が大きい、乗り心地が悪く長時間の制圧能力がないのは致命的だ。燃料に至っては規格違いだ。到底使えない」

「小官は陸にあがって長くあります。潮気はすっかり抜けております。思うに、 あれは御先祖様の八九式と同じかと思うのですが」
「M型が八九式か」
「はい」

 八九式とは、1930年代初頭に日本陸軍がはじめて自力開発し、実戦投入した戦車である。
 エンジンの形式がガソリンとディーゼルの2種類があり、それぞれ使用燃料が違った。それぞれ甲、乙という。  砲は57mmで装填を容易にするために装薬の少ない弱装を使用した。装甲は17mmで、デビューしたての頃は 非常に重装甲であったが、傾斜角がほとんどなく、鉄鋼技術に劣るので、実際の対弾性能はそれほどでもなかった。
 善行は当時、士魂号M型を八九式になぞらえて運用法を考えていた。

「制圧は歩兵でやればいいでしょうし、燃料も歩兵と同じですから、一緒に行動するのは易しいと思います。 それに歩兵直協なら、あの火力でも十分に役に立つと思いますが」

 士魂号M型の主砲として120mm砲が与えられていたが、実際はほとんど使えなかった。 人型では砲の反動に耐えられなかったのだ。
 実際それまでの部隊運用実績から、善行が新しく編成する小隊には最初から届く予定もない。  このままでは主武器となるのは副砲として開発された対人対物用20mm機関砲になりそうだった。

だが、善行はそこで考えを進める。

(戦車の20mmはスズメの涙。だが、歩兵の20mmは歩兵の携行する武器の最大を越えている)

 善行は、歩兵と共に戦う戦車を考えていた。
戦車と思うからいけないのだ。大きな歩兵と思えばいい。
 歩兵では相手に出来ないものをM型が駆逐する。いつも前に出て戦おうとするからいけないのだ。 必要なときだけピンポイントで投入する戦力として考えればいい。そう考えていた。

 善行が視線を動かすと、杉原は顔をしかめて口を開いた。
「移動式重機か、突撃砲のような自走歩兵砲だな。砲兵の真似を機甲兵が出来るか」
「……全員同じ赤(連隊旗の房の色)ですよ。そういう時勢でもないでしょう。それにいつも戦いを最終的に決めるのは歩兵です。 数が一番多く、どこにでもいる奴が勝負を決めるんです」
「そんなことは分かっている!」

 杉原は、喚いた。彼が善行に求めた答えはそうではなかった。
彼は新たな士魂号M型の悪口を求めていたのだった。

善行は喚かれながら、ここが勝負時だと考える。
冷静に口を開いた。

「それに、下方視界が悪いのは、歩兵をつけることで解決します」
「分かっていると言っているだろう!」
「まあ、まて。杉原くん」

 大隊長の佐藤は、少しばかり違う目で善行を見ていた。
おもしろげに口を笑わせる。
「歩兵、使ってみるか」
「御命令とあれば」

善行は、表情を崩さないように冷静に答える。実はそれが狙いだった。

 この時代の大隊は単独で諸兵科連合が成立していた。
諸兵科連合とは、戦場のあらゆる局面で柔軟に対応できるように、異なる兵科、兵種を混ぜて配置する方式である。
 善行が所属する機甲第5連隊でも、騎兵(戦車)砲という名目で火砲が、戦車騎跨兵、あるいは戦車随伴歩兵という名目で 歩兵がそれぞれ配置されていた。

「反対です。士魂号は時速70km。その機動力がそがれるだけです」
「1km歩けば故障修理するマルトクだ。歩兵より早いってことはないだろう」
 大隊長は、杉原を制した。大隊長は機甲兵であったが、同時に多くの歩兵の上官でもあった。 結局はそれが、善行に味方した。

「21にとりあえず連絡要員として、二人ばかり歩兵を送る。下士官だ。必要に応じて歩兵直協が出来るように訓練してみろ」
「はっ」

 善行は、サービスのつもりで陸軍風に敬礼してみせた。
帽子をかぶってないので、本来なら無礼な態度であるのだが、この場合自分の所属を示すほうが重要だと考える。
 隣に立つ芝村舞は、完全に表情を消していた。


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「いやいや、長かったですね」
 善行は背と腕を伸ばしながら、舞に言った。
公民館を出て、角を二回曲がった後の言葉だった。

「嬉しそうだな」
「それはもう。小隊付き戦士がつくんですから。これでなんとか部隊として陣容を整えられそうです」

善行はだらしなく笑うと、表情を消して眼鏡を指で押した。
 部下を前に威厳が足りないと思った。

「芝村さんは、なぜ、自分が連れて来られたのかという表情をしていますね」
「そうだ」

善行は、笑うと種明かしをはじめた。

「あの大隊長は芝村家の子飼いですよ。彼の手は芝村の黒くて長い尻尾に捕まっています。 いえね、いかにも貴方が歩兵直協のアイデアを思いついたような感じを出させていれば、案外簡単に協力してくれるかなと 思いまして」
「私はあの男など、知らぬ。ついでに言えば、奴も知らぬはずだ。我ら姉妹は表には出ぬ。たかが大隊長ごときが何を知る」

 舞は、少々呆れたかのように鼻息を吐いた。
(いや、従兄殿が手を回したと言う可能性もあるか……介入があったかどうかは難しいところだ)

「それに、我が一族は虎の威を借りることを嫌う。貸す方となればなおさらだ」
「そうなんですか? まあ、結果が良ければなんでもいいんですが」
「ひょうきんな男だ。それが地か?」

 善行は苦笑した。

「ええ、地です。ああ、でも、今回はそれだけじゃないですよ。もちろん」
「なんだ?」

 舞は興味なさそうに歩きながらきいた。
実際社交辞令以上ではなさそうだった。

善行は、舞の後ろを従卒のようについて歩き、口を開く。

「知って欲しいと、思いましてね。我々下々のことも。世の中には虎の威を借りなければ 明日をも知れない人々だっているんです」
「今や私もその下々とやらだ。それに織田芝村と言っても実権を握るのは大家令の岩田家だ。それに私は良く知っている、 芝村などというものも、所詮はただの人間だ。多少技術を持っているにすぎない」
「……その多少で、人間は持ちこたえているんですよ。あの偉大な生命科学が人類を支えているんです」

 舞は、父を思った。
竜だ勇気だ光の軍勢だと嘘ばっかり告げていた父の周囲は、空気が澄んでいた気がする。それと比べ、 俗世のなんと穢れていることよ。

「どうかな」

私は父に守られていたのだな。そして次は、私の番だろう。
 舞は、己の生き方で空気を浄化しようと思っていた。

「だが芝村はここにいるのだ」