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 舞と善行が公民館から学校まで徒歩で帰っていた頃、整備テント前では滝川が夕日を見上げて手で太陽を 覆い隠そうとしていた。
 そうやっていると太陽よりでっかい人間になれた気がするらしい。

「終わった終わった−!疲れたぁ!」

 ことさら陽気に騒いで、滝川は速水を見た。
速水は、薄暗い整備テントの中で吊り下げられた士魂号M型のコクピットに滑りこんで、まだ訓練を続けていた。

 ため息をつく滝川。
自分もテントに入り、階段を上り、速水の背を見る。

「しかし、良く飽きないで訓練するよな。お前」

 滝川は半ば呆れ顔で速水に言った。速水は授業が終わった後ずっと、訓練を続けていた。滝川に背を向けたまま、 スイッチをいじる速水。

「なんでだろうね。僕にもわからない」

 速水は、手を休めた。
少し考えた後、舞との会話を思い出した。心が暖かくなる。

「ああ、でも、」

速水は、微笑んだ。

「明日、いいことがあるかも知れないから」

 言った次の瞬間から、その言葉は嘘だった。速水は舞と善行が仲良かったらどうしようかと、そればかりを考えている。 不安になると訓練するのが速水と言う人物だった。

「お前、変な奴」
「そうかな。うん、でも最近それもいいかなと思ってるんだ」
「はぁ、」

滝川はポケットからつぶれた牛乳パックを取り出すと、飲もうかどうか、考えた。

「牛乳、いる?」
「ううん。ごめん。僕、牛乳飲めないんだ。」
「身体にいいんだぜ、プラスチックが一杯入っている」
「うん……でもどうやらそのプラスチックが、あわないみたいでね。入っているのは何を食べても駄目なんだ。戻しちゃう」
「だから背のびないんだよ」
「そうだね……」

 滝川は、頭を掻くと、ぎこちなくフォローした。
自分の頭をたたく。

「あ、でも俺も背伸びねてねえか。あはは」

速水は滝川に背を向けたまま、笑った。

「なんだよ、笑うことないだろ」
「ありがと、滝川」
「なんか俺したっけ」
「ううん。ただ、友達って、こういうのかなと思って」
「なんかわかんねえけど、まあ、いいか。それよりそろそろ帰ろうぜ。せーしゅんは短く味のれんは俺達をまってるだ」
「ごめん、僕お遣い頼まれてるんだ。街までいかなきゃ。明日一緒に帰ろう」
「えー。そうなのかよ。そうか、しょうがねえなあ」
「ごめん」
「明日、絶対だぞ。精霊機導弾遊ぼうぜ」
「うん。遊ぼう」

 速水はコクピットから顔を出して滝川を見た。
滝川と速水は笑いあった。

「じゃ、また明日」
「気をつけてね」
「最近のガソリン不足だ、車なんか走ってねえよ」
「転ぶかもしれないじゃないか」

速水が言うそばから滝川は転げそうになった。
速水のほうを見て苦笑いすると、また歩きだす。

「分かった、気ぃつける! 明日なぁ」
「うん、また明日」


 滝川がテントを出るのを見送ると、速水は時計を見て、また不安になった。
瀬戸口は好みでないと言っていたが、善行が好みだったらどうしよう。いや、俺、僕は腰巾着なんだから、 そんなことは気にしないでいい。嘘だ、いや、何が嘘だ。

手が震えてきた。

 駄目だ。訓練だ。訓練をしよう。速水は考える。
訓練しながら待とうと考える。


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整備テントの上では、ブータが長い髭を揺らしながら夕日を見ていた。
目の端には、舞と善行が裏門から学校に入ってくるのが映っていた。

ブータはそれを無視し、咳き込み、血を吐いて、オレンジ色の天空を見上げる。
空に穴は開いていなかった。いつも通り。


 ブータは、誰も空を見ていないぞと、なぜ世直しをしないと、天に文句をつけた。
目をつぶる。

目をつぶれば、背をやさしくさする白い手を思い出した。
シオネアラダだ。


(昔ばかりを思い出す。それも楽しいことばかりだ)
 ブータは、ちょっと泣いた。


 目をつぶったまま、ブータは考える。
ひょっとしたら運命を決める火の国の宝剣は、一人だけ残された自分を哀れんで、この場所を用意したのだろうかと。

正義最後の砦で、あのなつかしい思い出達を胸に抱いて死ぬ。
 ブータは少しだけ微笑んだ。

微笑みながら、夢を、見た。
 ブータは、友を待っている。