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 あしきゆめに利する夜を呼ぶ、絶望的に赤い夕日を見ながら、老王は城を包囲するように布陣する幻獣の軍を眺めていた。

 時折、老王が立つ物見の塔へもあしきゆめが矢を放ったが、老王はそれを無視した。
届かぬと思ったし、老いたりと言え、王は英雄だった。

 王は、皺深い目尻を下げると、虚空に物を言った。

「これ、アー」
「ここに」

影が、王の背中から動き出した。
 それは白いマントを身につけた楽師の姿を取ると、膝をついて王に礼を示した。

王は楽師アーを見ずに夕日を見た。

「戦いは、いよいよもって苦しくなってきたの」
「子供達が気になります」

老王は笑った。
「一体何人の子を持つのだね。アー」
「世界の全ての子が、私の子です。とりわけ不幸な子ならば」

「アーは、子供が好きなのだな」
「いえ、嫌いです。時々笑顔を見せられるときは、心ぐらつきますが」
「そうか」

老王は、にこりともせずに落ち着き払って言うアーを笑った。

「七人にして一人の父を持つ者が生まれると星が告げている。おぬしは父の一人かも知れんな」
「そうかもしれませんし、そうでないかも知れません」
「お前は自分一人で答えを確信した時は必ずそう言うな」
「そして時が来ていないならです。時が来れば、すべては分かりましょう」

老王は目をつぶると、開いて、口を開いた。

「いけ。アー。己の思う最善をつくせ」
「御意のままに」

 もはや残っていたのは声だけであった。
すでにその姿は消え失せ、後には一陣の風と老王だけが立っている。

老王は一人笑うと、物見の塔を降り始めた。


その頃ブータは、数日も城の前で、目をつぶっていた。

 城の前の跳ね橋でじっとしているブータを、多くの者がいぶかしんだが、とはいえ誰が見ても魔法の大猫であるブータを 誰も触れようとはしなかった。
 かかわりと言えば時折目の前にお供え物が置かれているだけだったが、ブータはそれも無視した。

ブータは目を見開いた。その隣に気配がした。

「来たか。友よ」
「来ないとでも思っていたのか」

からかうような声に、ブータは真面目くさってにゃーとないた。

「あの王が死ぬまで、地べたはいのふりすると思っていた」
「その通りだ。そして王は、俺に己の思う最善をつくせと言った」

いつのまにか、一人の楽師がブータの横に立っていた。
 一緒に歩き始めると楽師アーは鮮やかにマントを翻した。その下から青の青が現われる。
 この星の色をした豪華絢爛な歌い手だった。

「最善をつくそう。運命を決める火の国の宝剣も照覧あれ。地を覆う暗雲を払い、我が手で我が子を守ろう。 ここより先は俺の時間、伝説の時間だ」

「また子を増やしたか」
「そうとも。今度はまあ、ざっと3万だな」

青の青は、不敵に笑った。

「そういう顔をするなヌマ・ブータニアス。いっておくが、次の時代、次の次の時代、次の次の次の時代で シオネアラダを守るのは、俺達ではないぞ、俺達の子だ」

「次を考えるのもよいがな、青よ。この戦況では次がないという可能性もあるぞ」

そう言うブータを見て、青の青は歌うように言った。

「未来がなければ今に意味はないのだ。友よ。未来にどう繋げるかだけが重要なのだ。今は一時の腰掛だ。 過去はただの思い出なのだ。我らよりも、オーマよりも、アラダよりも、もっと重要なものがある。……それは明日の微笑なのだ。 明日誰かが微笑むことが重要なのだ。私は確信する。光の軍勢は最終的に、ただそれだけの為に剣鈴を取ることになるだろう。 我らこそは未来の護り手として、人の記憶に残るのだ」

「また未来とやらか。お前は子供と未来があればそれでいいのだろうが、だがそんなものは戦の役には立たぬ」

 青の青は、笑った。胸に掲げられた燦然と輝く青い宝石を見せる。

「だが青はここにいるのだ。友よ。世がどうであろうと、青はいる。青の居る所が未来のあるところだ。 剣や矢が多く置いてある場所が、未来だなどと思ってくれるな」


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速水の胸に下げられた青い宝石が燦然と輝き出した。

 機体に貼りついて訓練をしていた速水は、鉄の階段をかけあがる軽い足音に心を躍らせた。いそいそと振り返り、 この整備テント、正義最後の砦の女主人を迎えにあがる。

「おかえりなさい」

 階段を上がってきた舞は、速水の顔をまじまじと見た。 不思議そうなつもりのようであった。

「……お遣いではないのか?」
「え?」
「先ほど、滝川に言っていたろう」

 どうしてそれを知っているのと、速水は頭の隅で思わなくもなかったが、それよりも滝川についた嘘を知られたことに、 速水は激しく動揺していた。なぜ動揺しているのか、自分でも分からない。

「あ、あれは」
「急ぎではないのか」
「あ、うん、そうなんだ。ただ行く方向が逆なんで……うん」

 舞はそうかと言う風に軽くうなづくと、速水の横を通りぬけて機体に近づいた。
しゃがみこんで開いたままのアクセスパネルをチェックする。

「訓練してたんだ」
「知っている。私もそうだ」

「い、一緒に訓練しない?」
「なぜだ?」

速水は、恐れていることが現実になったと思った。

「い、委員長のことが好きなの?」


そして速水は思った。
舞の顔が変だと。