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/*/ 一方その頃、公民館から戻ってきて、これから訓練をすると言う舞と別れた善行は、 ついに待望の小隊付き戦士(下士官)がつくということで、足取りも軽く職員室へ向かっていた。 回ってみる。 隣をすれちがう女子校の生徒達が、のけぞった。 善行は我に返ると、生徒たちになんでもないですと手を振って職員室へ急ぐ。 この頃の善行以下の5121小隊は、女子戦車学校に間借りしていた。 実際はそれよりさらに悲惨で、新人は学校から入るところから、教育を担当する戦車学校は実戦部隊に衣替えして 教育はおろそかにするなど、善行の周囲は悪化する一方であった。 そんな中でも、彼は部隊の練成に邁進している。自棄でもなく、事態を勘違いするでなく、淡々と任務を片付けていた。 世間からは少々変人呼ばわりされている彼であったが、今や現場で真面目に仕事しているのは、 ひいては日本を支えようとしていたのは、そういう人間ばかりになろうとしていた。
今回補充されるのは歩兵だそうだが、兵科が違ってもベテランには違いない。 「善行」 呼びとめられて、振り向く。 「ああ、本田先輩ですか」 立っていたのは、本田教官だった。赤いレザーのスーツに紫の髪、とても軍人で教師とは思えなかった。 もっともこのつっぱりが過ぎて、出世は遠のくは配置では隅に追いやられているという事実もある。 「ですかじゃねえだろうが。どうだった?ああ?」 とはいえ、善行はこの女教官が嫌いではなかった。教官としては間違いなく腕がいいと思っていた。 「小隊付き下士官を二人手に入れましたよ」 オーバーに喜んで見せる本田に、善行は微笑んだ。 「ええ、ただ、歩兵科ですがね」 本田は頬をかいた。善行と並んで職員室に入り、それぞれ椅子に座る。 「こっちも報告がある」 そういうと思ったのか、本田は古証文を読み上げるかのごとく、しかめっ面で口を開いた。 本田の落胆する様を見ながら、善行は日本茶を煎れた。 「それで、いいことは?」 善行はしばらく考えた。 「芝村さんが功を譲っているとばかり思っていたのですが、なるほど、芝村さんは奥ゆかしいと言うより
正直な人だったのですね」 善行は日本茶をすすり、口を半分あけたあと、湯気を吐いた。 「いや、やめておきましょう。滝川君はメンタルが弱そうです。降ろされたと思われてはいけない」 本田は日本茶には手をつけずに、善行の横顔を見た。 「……俺の生徒の一部を、囮に使うなよ」 「……大丈夫ですよ。そこまで戦狂いってわけでもありません」 本田が何か言おうとするところでノックの音がした。 /*/ 職員室にやってきたのは、中村と瀬戸口とののみだった。 中村が代表して口を開いた。 「どぎゃんでした?委員長」 瀬戸口は左手で頭を軽く掻いた。右手でののみの頭に手を置いてやる。 「別々の用事ですよ。たまたま中村と一緒になっただけです」 中村はなるべく熊本弁を廃してしゃべろうとしていた。 「今度の日曜にですね、動物園から動物を避難さすっとですが」 善行はしばらく考えた。 「今度の日曜と言えば明後日ですね。みんな参加するんですか?」 善行は日本茶をすすった後、中村を見た。 中村が一歩下がったのを見た後、善行は口元を笑わせてみた。 「なんでしょう」 善行はののみに言ったはずだったが、瀬戸口が口を開いた。 ののみはあやまった。頭を下げた時に、キュロットスカートと上着の合間から白い背中が見えた。 善行は思わず笑った。 「でも眠いのはしかたないですよね。分かりました」 探るように尋ねる瀬戸口に、善行は微笑んだ。 「それだけです。それが何か?」 瀬戸口はしゃがみ込むと、ののみの視線になって笑って見せた。 「な? 正直に言えば許してもらえるんだぞ」 ののみは善行を見た。 「うんっ」 善行は瀬戸口の真意を分かり、自分を恥じた。最初は点数をあげるために小さいことをあげつらい、
次に子供をダシに隊内規則を骨抜きにするつもりかと思ったが、実態は子供のしつけであった。
自己嫌悪と体制に対する不満の嵐で内心で揺らす善行を横目に、本田は瀬戸口とののみを職員室から追い出した。 横目で善行を見ながら、米を炒って作ったまずい代用コーヒーを飲む。 会話があるわけでもなく、二人きりの時間が過ぎる。 沈黙を破ったのはドアの音だった。 「坂上先生、どうしたんですか、急いで」 自己嫌悪から立ち返った善行が顔をあげる。 「壬生屋さんが補導されたようです」 善行は変な顔をした。 |
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