![]() |
/*/ 一方その頃。
変な顔をしたと言う事はきっと芝村は善行が趣味でないのだと思う。 いや、図星だから怒ったとか。 ああ、僕は腰巾着のくせに何をやっているんだ。
ブータは、見まわりを始めていた。 学校を出て道路に出て、塀の上を歩いた。 一匹のチンチラが、ブータに近寄って耳打ちした。肉球で塀の上を叩く。 「あしきゆめはさらに数を増やしています。早晩この街も落ちましょう」 ブータはその時が自分の死ぬときだと思いながら口を開いた。 ブータはそんなものだろうと思った。人は、自ら仲間を減らしすぎた。 チンチラの表情が少しだけ明るくなった、舌をちょっとだけ出す。 「……それだけです。二柱だけが参戦されます」 その横、塀の下を、よろよろと歩く速水が通る。 「軍議を聞かれた?」 ブータが大きな手をチンチラに向けると、チンチラは歯を見せるのをやめた。 ブータは警告のつもりでにゃーと鳴いた。 速水が電柱にぶつかる。 ブータとチンチラは目をつぶった。
壬生屋補導の話を聞いた善行の動きは迅速だった。 「また私か」 嫌な顔をする舞に、善行は頭を下げた。善行がアングリカンチャーチでなければ、両手をあわせているところだった。 「お願いしますよ。最近の憲兵はうるさくて困るんです。たしかこの地区の憲兵隊長は芝村の息がかかっていたはずです」 舞は、自分を尋ねているののみと瀬戸口、中村を見た。 「こういう事情だ、すまんな」 舞は、凛々しく髪を揺らすと立ちあがって、ののみの横を通りすぎた。階段を降り始める。 「なんだ?」 「いらぬ」 「この身は既に芝村だ。これ以上に何の名誉の地位も必要としていない」 「あのな、お前さん、物には言い方って奴があるだろ?」 舞は瀬戸口の紫色の瞳を見た。堂々と口を開く。 舞は、足をとめてののみの顔を見た。ののみだけに分かるような笑みを浮かべる。 「私は誇りを受け継いだのだ。その後には、もはや何も必要ない。いいな、何も必要としないのだ」 そして前を見た。 善行は眼鏡を指で押した。 /*/ 士魂号の機体を横目でにらむと、中村は瀬戸口に笑いかけた。 「また仕掛け損ねたねえ」 瀬戸口は士魂号M型を見上げた。 そして舞の背中を見送っているののみを見た。 「気にするんじゃないぞ。他人の事を考えれないああいう奴もいる」 ののみは、髪につけたリボンが揺れるぐらいに頭を振ると、瀬戸口に振り向いて、ありがとうと言った。 そして舞ちゃんはいいひとなのよ。まどからとびおりるのと言った。
「以前ならタクシーですぐだったんですが」 「そんな歳というわけでは……」 交互に両手を大きく上げて、善行と舞は走っていた。 「何か、音がしなかったか?」 舞は、汗だらけの善行を見て走りながらため息をついた。 「身体を鍛えよ」 善行は走りながら眼鏡を指で押した。 /*/ 巨大な音を立てて、速水は隠れていた。 目の前を、善行と並ぶ舞が走っていった。
夜の帰り道は恐いなと、ののみが思っていると、目の前に大きな猫が現れた。 ののみが歩くと、猫も歩いた。エスコートするようであった。 「ねこさん、ねこさん。おおきいねぇ」 ののみがにっこり笑うと、その年老いた大猫も笑った。 ののみはしゃがみこむと、その大きな瞳一杯に大猫の姿を映し出した。 「えへへ、えっとね、うんとね、はじめまして」 「うわぁ、あいさつができるんだねぇ。ねこさんえらいねぇ。そしてね、かわいぃっ、の」 ののみはブータの顔をしばらく見たあとで、ポケットから大事そうに古ぼけたペンダントを取り出した。 青いガラス玉が入ったおもちゃだった。 「うんとね、えっとね、これあげる」 ブータがののみを見上げると、ののみはどこか寂しそうににっこり笑って、ブータの胸にペンダントをかけた。 ブータの丸い瞳に話しかける。 「ほこりをうけついだそのあとにはね、もはやなにもいらないのよ」 ののみは、たどたどしく言った。 「だからね、まいちゃんはいらないの。ののみもね。いらないんだ」 ののみはにっこり笑った。このペンダントは誰かに対する大切な返礼なのだろうと、大猫は思った。 「おとーさんから、もらったけど、いらないの。ののみもほこりをね、もらったから。だから、あげる」 ブータが、なにか言おうとすると、ののみは背を向けて、家に帰っていった。 /*/ 老いた猫神族は、前足で、安っぽいペンダントに触れた。 それは青いガラス玉で作った子供のおもちゃだった。少しだけ曲がって、それはまるで勾玉のよう。綺麗な空色であった。 ブータは青い玉を肉球の上で転がすと、その動きに意識を奪われる。
/*/ |
![]() |