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OVERS・OVERS・OVERS・OVERS・OVERS・OVERS・OVERS・OVERS・OVERS・ OVERS・OVERS・OVERS・OVERS

−この義体は明日が悪い。だからお茶を飲んで鳥を肩にのせよう。−

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士魂号は、ゆっくりと首を動かした。

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あなたはだれ? わたしはだれ? ここはどこ?

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あなたは仮の名前をつけたのね。
でも私には名前がない。

ここがどこだか入力もない。

でも、とはいえ、私は思う。

私はあなた。 あなたの願いは、私の願い。
あなたが悲しいとき、私は悲しい。 あなたが好きな人は、私も好き。

あなたの姿を見て確信した。私が選択したように、あなたも選択したのだと。

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 速水は今日も舞がいるであろう整備テントに入った。
彼はここにいることが幸せであった。
 もちろん相手あってのことである。

 いつものように士魂号の肩の上に乗った舞が、熱心に整備をしていた。

それがどれくらい幸せかといえば、速水にも良くわからない。
こういう気持ちは、あまり経験したことがなかった。

士魂号を見上げる。
 釣り下げられた士魂号は高く、そして強そうだった。
それは巨人に対して人が思う、本能的な畏敬の念。

速水はこの巨人が戦場を駆ける様を思って、自分が戦車兵で良かったと思う。
一番危険なものは手元においておくほうが安全だと考えるのが速水だった。

考えを振り払い、声をあげる。
「芝村?」
「どうした」

「そろそろ時間だよ。今日は遅刻しないようにしないと」
「分かった」
 舞は、あぶなっかしい速度で士魂号の肩から飛び降りた。
階段を駆け降りてくる。途中から階段を跳躍して手間を省略した。

「怪訝な顔しているね、どうしたの?」
「記号着地を知っているか?」
 速水が少し笑って小首をかしげると、舞は難しい顔をして立ち上がった。

「それが今出来たような気がした。どういうことだ」
「難しいこと言っていると、遅刻するよ」
「分かった。……しまった、こういうことなら父の言うことを真面目に聞いておけばよかった」
「芝村はすぐお父さんお父さんと言うね」
「なにか悪いのか?」

 速水は、不思議そうに尋ねる舞から視線を離した。

「別に。いこう。遅刻しちゃう」
「変なことを言う奴だ……まて」
「どうしたの?」
「猫だ」
「あ、うん。この近くに住みついているんだよ。大きい猫なんだけど」
「怪我しているな。今日は遅刻だ」

 テントの隅で丸くなっているブータに向かってまっすぐ歩く舞を、速水は上を見て、周囲を見た後、追った。

「遅刻だと言ったのに」
「物事には優先順位がある。それを勘案できない人間は頭が悪い」
「怒られるよ」

 舞は、速水を睨んだ。
「自分が正しいことをしていると確信する時にどこのだれが何を言おうと、知ったことか。 規則とやらを守ってどれだけの猫を助けたのか。私を怒るのなら、ルールを守った結果の予測計算をして私の行動より 優れていることを証明してみせるがいい」

舞は膝をついて猫を間近に見ると深い毛に手を入れて傷を探った。
「外傷だけだな。骨折はない。出血は……多いが輸血設備はない。栄養状態をよくして自然の造血作用に期待するしかないな。 消毒して、ひどい傷口は縫合しよう」

舞は血で汚れることを無視して大猫を抱き上げた。
 不思議そうな顔で速水を見る。
「お前は学校にいっていいぞ」
「なんで?」
「遅刻したくないのだろう」
「僕はそんなこと言ってない」

舞は難しい顔をして速水を見たが、結局何も言わなかった。

「湯を沸かせ。それと、職員室だ。善行は酒を隠している。消毒に使う」
「分かった」
 駆け出そうとした速水は、足踏みしながら舞を見た。

「それにしても、獣医みたいなことが出来るんだね」
「父に教わった。猫を病院に連れていって助けたいなら財力をつけろと言われた。金はないと言うと、 では自分で治せと言われた。方法を知らないと泣いて言ったら、治療術を教わった」
「……すごい話だね。……とても、まわりくどいような気もするけど」
「おかげで、父が居なくても猫は助けることが出来る。わたしの願いはいつでも困っているものを助けることだ。 父が居るときだけそれが出来ることなど、願ってはいなかった」

 舞はしばらく黙った後、言葉を続けた。
「人が自立するということは、そういうことだ。私は自由の旗のもとで生きる」

 速水はたった一人で孤独に旗を守る舞をイメージした。とても悲しい。
「……僕なら、頼って欲しいな、なんて思うけど」
「私の父は、私より長生きできないことを分かっていた。その上での最善だ。私より父が長生きするなら、 もっと別の接し方をしただろう。……いけ」

 速水はうなずいた。

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 その日は、本田にとっても最悪の日だった。
遅刻は多い、私物の毛布はぼろぼろ、生徒と来たら浮き足立って授業どころではない。

 善行にとっても最悪であった。
隠し持っていたラムが半分ほどなくなっていたのである。

舞を怒っても堂々としているし、まったくこちらの言うことなどきいている風ではなかった。 そうなったら鉄拳を打ち込んでもまったく無視してかかるのが芝村だった。




 ブータにとってはいい日だった。
治療を受けて、ぼろぼろだが毛布も貰った。餌も、分けてくれた。

 見知った少女や、髪を後ろでとめた凛々しい少女や、上着をかぶせてくれた少年が心配そうに覗いているのを見て、 ブータは昔を思い出した。
 昔は種族を越えた友情があった。ブータはにゃーと鳴いた。

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「本当に問題を起す人ですね」

 壬生屋は、授業が終った瞬間に舞の席まで歩いてきた。
呆れたように舞に小言を言う。
 舞は、知らん顔して器用に傷口を縫合している。
壬生屋は傷口を見て、視線を逸らした。

 手に持ったものを差し出す。
「これ、サラシです。包帯の代りにつかってください。それと、制服が血で汚れています。私の制服に着替えて。 洗濯は私がしますから」
「猫さん猫さんだいじょーぶ?」
「大丈夫だ。それと、感謝を」

舞は血がついた手で額の汗をぬぐった。速水がハンカチで舞の顔を拭く。

「傷口が残らないといいけどな」
 滝川はそれが重要なことのように言った。
周りのクラスメイトを見る。
「そうだ、こいつに名前つけてやろうぜ。俺はバンバンジーがいいと思うんだけど」
全員が首をひねった。滝川も首をかしげた。 口を開く。
「じゃあ、ペンギン」
「なんでそう言う名前になるんですか」
 怒る壬生屋の隣で、ののみはブータのほうに耳を傾けた。リボンが揺れる。

「うんとね、えっとねブータニアスだって」
 壬生屋と速水は思わず笑った。ののみのその仕種がかわいらしかったからだ。

速水はののみに視線をあわせると、にっこり笑って言った。
「いい名前だけど、みんなには少し覚えにくいね。もう少しいい名前はないかな」
 その喋り方は瀬戸口の真似だった。元々、教育らしい教育を受けていない速水は、人の良いところはなんでも貪欲に真似をした。 当の本人より早く動いてやってみせる点、頭がいいのかずるいのか、微妙なところではある。

 ののみはうなずくと、猫を見た。頭をさげる。
「うんとねえっとね、おねがいですっ。猫さんはブータさんでいいですか」
ののみはもう一度耳を傾けた。
 速水を見た。
「とくにさしゆるす……って、なんですか」
「なんだろうね」

 舞は縫合が終って上を見た。息をつく。
「許すと言っている。よかろう。ではブータだ」
「え、ペンギンじゃないの」
「ペンギンは泳いでいる鳥でしょう」
「それくらい俺だって知ってるよ。……そう言えば先生遅くない?」
「明日は動物園だねえ、えへへ。ののみはねぇ、楽しみなのよ」

 速水はにっこり笑ってブータの額を指でなでた。
「でも、痛いだろうに逃げなかったね。えらいね、君は」
「麻酔をつかった」
「麻酔?」
「ナス科の花が、咲いていたろう。あれの根には麻酔物質がある。下手をすると失明するが」
「本当になんでも知っているんだね」
「私は無知だ」




今まで黙っていた中村が、舞の顔を見て眉をしかめた。
「あー。いい家の出とってか。血なんかに汚れて、いかんねぇ」
中村の顔に、手をかざした男がいた。瀬戸口だった。
「いや、あんたは美しい。その血で汚れたその姿こそが、本当に美しい。俺は尊敬する」
 瀬戸口は、舞を見て真顔で言った。
「そう思うなら手伝え」
「……あー、いや、実は俺、猫は苦手なんだ。いや、本当」
 突然焦りながら瀬戸口は言った。なさけないと、隣の壬生屋。

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坂上教官は教室に入れないでいた。
 足音を聞いて、振り向く。善行だった。

 坂上教官はサングラス越しに教室を見やった。
「彼らに殺しの技を教えるのは、心が痛みます」
 坂上教官は、善行に言った。
善行は眼鏡を指で押すと、呟くように言葉を続ける。

「だったら、素人のまま戦場に送れと言うんですか」
「……すみません」

「……いや、謝るのは私です。すみません。八つ当たりですね……子供が生命を大切にすることを、迷惑に思う私が、 この国が間違っている」

 善行はそう言った後、坂上を見た。
「私はこれから公道通行許可とナンバープレートを貰ってきます」

二秒だけ考えた後、善行は坂上を見た。
「それと、この時間はそっとしておいてやってください。替りに、次の時間は倍しごいてください」
「分かりました」



<続く>