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第10回 (前編)
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 翌日。

その日は日曜だったが、全員揃って整備テントの前に並んでいた。
 ウォードレスを着た速水と舞以外は私服である。

「うんとね、えっとね。えへへ、たのしみだねえ。ののみはねぇ、どーぶつえんにかいめなのよ」
「そうか、じゃあ、きばってお相手しないとな」
 嬉しそうに言うののみに、瀬戸口は笑って言った。自分を見ている善行を見る。
「でも今は、シーだ」
「ちょっとまっててくださいね。すぐ終りますから」

 自費で買ったカラオケマイクのスイッチを入れ、制服姿の善行は独特の深みのある声を披露した。
「えー、今日は休日ですが、ついでに訓練もおこないます」

「はい委員長」
程よくくたびれたジーンズ姿の滝川が景気良く手をあげた。赤いスカーフを首に巻いたその姿は一体どこのマンガから 出てきたのかという風情である。

「なんで俺と壬生屋は士魂号に乗れないんですか」
「それは君が壊したせいで動く練習機が一機になったからですよ」

 善行はにっこり笑った。滝川は引き下がった。
今度は花柄の振り袖を着た壬生屋が前に出た。
「わたくしは壊してません」
「そうですね。でも、路上で倒れたら、人が死ぬかも知れませんね」
 壬生屋は赤面して引き下がった。演習中に一度派手に躓いたことがあったのである。
 引き下がった壬生屋は、その隣で美少年を自称する瀬戸口が笑っているの見ると、ますます顔を赤くして拳を握り締めた。 瀬戸口を小突こうとして、結局触れない。はしたないと思ったのだった。
 瀬戸口はしまったからかいすぎたと思ったのか、頭を掻いて空を見上げた。

 空は、青空だった。
微笑しているような青空。

 善行はゴシックロリータな格好をして大きなバスケットを下げたののみと、緑のジャージ姿の中村を一瞥して、 もう一度出鱈目な連中を優しい眼差しで見た。

「しかし、今日は良く遅刻しませんでしたね」
 中村が間髪入れずに口を開いた。
「普段から気をつけるようにします!」
「よし。……それでは、瀬戸口くん、壬生屋さん、滝川くん、東原さん、中村くんはバスで現地に。リーダーは中村くん」
「はっ!」
「小さい子もいるから、気をつけてあげてくださいね。ああ、ちゃんと窓際に座らせてあげてください。 私と先生達は臨時指揮車で、士魂号と一緒に後追いします。以上、解散」

 クラスメイトの全員が頭を下げた。善行も頭を下げる。

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 善行が背を向けた瞬間に列が乱れた。全員でそれぞれ勝手なことを喋り出す。
背を向けて遠ざかりながら、善行は微笑んだ。

 滝川がウォードレスを着た速水に走って近づいて来た。

「仕方ねえな。今日の出番はお前に譲るぜ、速水」
「休みくらいはこれ、着たくなかったんだけど」
「この口か、この口か、そんなうらまやしいこと言うのは」
「ふぃあいよ、たきがわ」
 滝川は速水の口の端を引っ張るのをやめた。

「ロボット乗れるんだぞ」
 速水はそれに何の意味があるのだろうかと思ったが、結局あいまいに笑ってごまかすことにした。

「それより、その格好、超辛合体バンバンジーの」
「イエース!」

 滝川は照れたように親指を立てた。超辛合体バンバンジーとは滝川が痛く愛好するロボットアニメのタイトルである。 その日、滝川は超辛合体バンバンジーに出てくる主役の格好を真似ていた。速水の肩を抱くようにして顔を近づける。
「ちゃんとビデオ見たんだな。面白かったろ?」
「うん。芝村みたいで格好良かった。あんな人、他にもいるんだね」
「はあ?」

 滝川は怪訝な顔をした。
「お前な、どこに目ついてるの」
「口の上、眉毛の下だけど」
「鼻の穴だろ、それ。エヅ・タカヒロさんに失礼だぞ」
「誰?それ」
「作家だよ。ゴージャスタンゴやペンギンさんパリに行くのシナリオも書いているんだぜ。俺、パイロットの次に あの人にあこがれてるんだ」
 滝川は、目を輝かせた。遠くに視線をさまよわせる。うっとり。

「ああ、なるほど」
 良くわかっていない速水がうなずくと滝川は速水をにらんだ。
「エヅさんとあの訳わからん偉そうな奴と一緒にするなよ」
「まあ、偉そうなのは否定しないけど、訳分からなくもないと思うよ」
「俺はヒーローは特別だって言ってるの。ヒーローはそこらへんのクラスの奴とは違うんだ」
 速水は滝川にすごまれながら首をかしげた。
 僕は芝村の言動を特別と見ているが、一方でその行動や理屈は理解できると思っている。が、滝川は芝村を特別ではないと 思っているが、理解できないと思っている。
 不思議だ。この違いはなぜだろう。特別ではないと思うということは、滝川は芝村のような人物を他に知っているのだろうか。

 肩を揺すられる速水。

「そ、そうだね。そうかもしれない」
「そうなんだよ。ヒーローがそう簡単に近くにいたら、価値が下がるっての」
「レタスと同じで安くみんなの手に届けばとてもいいと思うけど」
「レタスぅ?」
「あーでも、レタスは食べ物だね。うん。ヒーローと一緒にしちゃいけないかな」
「よし!命拾いしたな。親友」
 滝川は笑って親指を立てた。つられて笑う速水。何事につけ一々大袈裟に言うのが滝川の性格であるのは、 最近理解出来たつもりだった。

「そうだ、いかなくていいの?」
「げ、しまった! そういうことは早く言えって。じゃあ、後で」
「うん」

 速水は駆け出す滝川を見送った後、隣にいた舞を見て微笑んだ。
舞はウォードレス、互尊をつけている。いかつい人工筋肉を鎧うその姿は、顔以外で普段の細い身体を連想させなかった。
 速水は、身体のラインが良く見える女性専用ウォードレスを着て欲しいと少し思ったが、しばらく考えた後、いや、 これはこれで凛々しくていいかもと思った。たぶんどんな格好をしても好意的にとらえるだろうとは、自分でもなんとなく 思っている。

 半眼で速水を見る舞。

「……どうしたの?」
 速水がそう聞くと、舞は静かに言った。

「そなたは男色だな」
 速水は経歴を調べられた、いや無意識に媚びを売っていたかと気を失いかけたが、次に顔を真っ赤にして抗議した。
「なんで僕がそういうのになるの!」
「冗談だ。私の父もそう言ったら怒っていたのを思いだしただけだ」
「……お父さんアレなの?」
「冗談だ。が、そなたが人気がある理由が分かった」
「もう騙されないよ」
「いや、今のは本当だ。与しやすいと思うのだろうな」

 舞が微笑んだ気がして、速水は照れた。自分は好かれているかも知れないと、ここに来て初めて思った。
記憶も不確かな幼い頃を除けば生まれて初めてのこと。思わず口を開く。

「芝村はどう思うの」
「何も。そういう人間もいるのだろう」
 肩を落す速水。喜びが大きかった分だけ、落胆もまた激しかった。

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 速水と舞のやりとりをよそに、瀬戸口は中村に顔を近づけた。

「お前さん、最近委員長にごますりすぎじゃないか」
「たまの休日で説教されたいとや?」
「……なるほど。休みの日は遅刻しないのに日常は遅刻していると言われると弱いな」
「ああいう時は、先制攻撃たい」
「なるほど。覚えておくよ」

 瀬戸口は顔を離すと、なんとも優しい笑顔を浮かべてののみを見た。

「それでは参りましょうか。姫」
 瀬戸口の言葉を聞いて、壬生屋はなぜだか深く傷ついた。
理由は分からない。わからないが、憎いと思った。

 首をかしげるののみ。
「ふぇ?」
「貴方のことですよ」
 瀬戸口がしゃがみ込んでそう言うと、その視線をさえぎるように振り袖が伸びた。
上を見る瀬戸口。壬生屋と目が合う。

「こ、こんないたいけな娘まで毒牙にかけようとするのですか!」
「……?」
「問答無用!」
 壬生屋は瞬間芸で木刀を振りぬいた。
間一髪で避ける瀬戸口。

「おい! 冗談でも悪質だぞ!」
「私の本気の一撃を避けきったのは貴方が最初です」
「うわっ、本気?」

 中村が手を叩いた。
「はーい。動物園いくばーい」
「うん。じゃない。はい」
 ののみは素直に言った。
瀬戸口と壬生屋は派手に追いかけっこをしている。

「元気ね、やつらも。あぎゃん大人になんなすなよ」
「うんとね、おおきくなってもたのしくあそべることはいいことなのよ。おとなはこどもがおおきくなったものだから、 だからこどもとおなじなの」
「……俺にはののみちゃんの方が大人に見えるねえ」
「えへへへ」
 ののみは嬉しそうに笑った。背伸びして、爪先で立って中村を見上げた。

「ののみはねえ、おねえさんになるのがゆめなのよ」
「そうか。さぞ、いい靴下をはくだろうね。そらよかお姉さんになるたい」
「ふぇ?」

 不思議そうなののみをよそに、中村は遠くを見た。
「滝川ぁ、おいていくばーい。瀬戸口、壬生屋、いいかげんにせんや!」
 かなり必死の形相で、走りながら瀬戸口が答えた。
「足をとめたら俺の頭が割れるだろうが!」

 裾を心持ちゆるめて壬生屋は木刀を構え直した。青眼の構え。
「割れて地獄に落ちなさい」
 ため息をつく中村。年長者としてちゃんと生きろやお前ら。
「割れてもええじゃにゃあや、ええからいくばい!」