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「それは悲しみを終らせる為に抜かれた刃。シオネアラダの最後の絶技。世界のどこにあろうとも、 かならずさしのばされるただの幻想。失われそうになれば舞い戻り、忘れそうになれば蘇る、最弱にして最強の、 ただ一つの聖なる力」

走りながらブータは、歌った。

「愛する者の嘘を現実にするために、猫はどれだけの苦労をするのだろう。だがそれが猫生。誇り高き我が生き方」

そして走りながら、前足の爪で地面に鮮やかに聖句を描いた。我こそ最後と。
 文字が輝き、地上のあらゆる所からリューンが一斉に集まり始める。リューンはシオネアラダをよく覚えていた。 また味方しようと、思っていたのだった。

ブータは煙の中に入ると、顔をあげて煙の向うの巨大な影を見た。

 そして笑った。心の底から沸き上がる勇気が、ブータを微笑ませた。

そして低い声で朗々と、リューンを整列させる歌を歌い始めた。

 大きな耳が震える。
 目には映らない対光線防壁を次々と打ち立て、ブータは、士魂号が走り込んでくるのをじっと待った。

「幸運などどこにもなかった。友よ、わしは何を学んで生きてきたのだろうな……」

 そして大猫は涙を見せて笑った。

「地上に幸運などなかった。忘れていた。不運もなかった。勘違いだった。あるのは心だけだったよ。友よ。 あるのは今を変えようと、努力するただの心だけだった」

 ブータは真っ白なひげを震わせた。

「それで十分だということを忘れていた」

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 走り来る士魂号は煙を感知しなかった。
捜索および火器管制レーダーに映らなかったし、NBC検知センサーにも反応がなかった。
だが、対幻獣障害物は正しく認識した。
煙が見えないゆえに、煙の向うの障害物を知覚できたのである。

 士魂号は大跳躍。
わずか一飛びでブータと障害物を飛び越える。

 そして着地の瞬間、身をひねって立ち上がった。

 障害物から二本の鉄棒を引き抜くと、右と左手に持って敵を待つ。
回避プログラム全カット。待機モードから一度シャットダウンに入る。

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速水は目を醒ました。首筋に覚醒する薬剤を注入されたのだった。
「どういうこと?」
 戦闘が終ってもいないのに士魂号がパイロットに操作を渡したことに、速水は混乱した。
混乱しながら、戦闘状況を網膜に映す。

同じく起された舞は、あいかわらずの冷静さでレーダーモードを切替える。演算開始。
「信号を受信した。士魂号はマニュアル操縦を要求している。人間の創意工夫が必要だと考えたのだろう」
「でも、手動じゃ回避行動だってできないよ」
「士魂号は必要ないと判断したのだろう。速水。視察クラッペから前方肉眼監視」

 速水は装甲を爪で引っかいて作られたような細い視察窓から、外を見た。
「煙だ。何も見えないや」
「煙幕でレーザーを減衰させるのか。この程度で十分だと計算しているのか?」
「足りないの?」
「分からない。故障かもしれぬ。そうでないかも知れぬ。私は未熟で、愚かだ……とはいえ、時間はない。 今は信じるだけだ。我らの努力を。……この機体を」
「……それで信じるところが芝村のいいところだよ」
「私は選択の余地がないと言っただけだ」

 頑固な舞に、速水は微笑んだ。視察窓を閉じる。
「……分かった。ねえ、創意工夫で何するの?」
「私は敵に近づいてみせる。そなたはミサイルを役に立てろ」
「決定打にはならないと思う」
「それで十分だ。姿勢を崩すことができれば、それで終りだ」
「分かった。やってみる」

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 幻獣ケンタウロスはレーザーを景気良く放ちながら前進した。
 そして、レーザーはことごとく打ち消された。
レーザー光が勢いを失い、拡散していく。

ケンタウロスが事態を分析する間もなく、目の前から次々と鉄棒が飛んで来た。
命中するが、損害はいかほどもない。ケンタウロスは無視して前進を開始する。

何かの影。ケンタウロスは前進し、そこで動きを止めた。
 薄れる煙に、現われる対幻獣障害物。ケンタウロスは動きを止めあわてて向きを変えようとした。



そして上を見た。

太陽を背に跳躍する士魂号を見上げる。

目の前に着地する士魂号。
丸まるようにしゃがむ士魂号。
 長大なその背から、演習弾頭を積んだミサイルが一斉に発射される。

 至近距離から演習弾とは言えミサイルを多数打ち込まれ、ケンタウロスはのけぞった。
のけぞった瞬間、士魂号は追い討ちを掛けるように飛ぶと、渾身の力を込めて巨大な脚で廻し蹴り。振り下ろすように叩き込む。
 ケンタウロスの胴が一撃でひしゃげ、そのまま折れるようにして地面に倒れた。

形勢再逆転。

 士魂号はそのまま馬乗りになって倒れたケンタウロスの全ての赤い瞳を潰して戦闘を終らせた。

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 煙が、晴れた。
士魂号がひざまずき、中から二人の少年少女が出て来る。

「勝てたね」
「所詮はテロ用だ。勝ったうちに入らない」
「……嬉しくない?」
「これ以上の被害は防げたな」

 舞は、いつもの仏頂面から、ふと微笑んだ。
時々見せるそんな表情が、速水は好きだった。

 足元で、猫が鳴いた。見事だと、言ったのだった。
舞は顔を真っ赤にして大きく後ろに下がる。

 速水は舞が下がることに気づかないまま猫に笑顔を見せると、赤いチュニックを着た大猫を抱き上げた。
「あれ? お前、逃げ遅れたの?」
 大猫は鳴いた。にゃーん。

「恐がりだなあ。でも、怪我しないでよかったね。……ね。あれ? 芝村、芝村?」

 舞は背を見せて、遠ざかっていた。



第10回 了



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