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/*/ 一頭の老いた象が叫び声をあげた。 象は我も参戦しようと人に告げはじめた。 /*/ 善行は指揮をしはじめた。どんなに戦争を嫌っていても戦争は彼を捕らえて離さない。 「……ということでこの通りにやります。では急いで」 何を無茶なことをと迷惑そうな顔をする動物園職員に、善行の隣に控えていた若宮が横暴な官憲の鑑という表情で
すごんでみせた。 善行は象の鳴き声を聞いた。職員を見た。 善行は、指で眼鏡を押した。 あまりの突飛さに目をまわしながら、動物園の職員は、それでも善行に言った。 「どれが役に立つなんて分かりませんよ」 /*/ 「いくぞ!」 象と山羊とペンギンと兎と猿とクラスメイトと動物園の職員が、一緒にロープを引っ張った。 「鉄棒を集めて。1mおきに並べて地面に斜め差ししてください」 (間に合ってくださいよ) 「中村くん、瀬戸口くん、手伝ってください。滝川くん、君がここの指揮を執れ」 /*/ 「それで俺達は、何をするんですかい?」 「荷台に乗りなさい」 「命懸けの重しかい!」 わめく二人を伴奏に、善行は車に乗り込むとエンジンを掛けた。ブレーキとアクセルを全開に踏んで1速にいれる。
ブレーキを外す。 揺れる中村。 「士気さえあればね、軍隊って奴はどうにか戦えるものなんですよ。戦う気さえあれば。……戦ってやろうじゃないか。 こっちには戦車がある。こんなところで僕の部下を減らしてやるものか」 そうつぶやいた。軽トラックは揺れに揺れながら士魂号の元へ走る。 /*/ 士魂号はケンタウロスの潰した目に回り込むように、すなわち常に死角に入るように動いていた。 ケンタウロスはそれを嫌って下がりながら頻繁に顔を右に左に向けた。 車のエンジン音。 士魂号の足元を掠め、ケンタウロスの前でターン。そのまま幻獣をおちょくるように走り去る。 士魂号は善行の意図を正しく理解した。 死中に生を求めるようにあえて不利な行動、背を向けて善行の後を追い始める。 形勢逆転。 追う幻獣に追われる士魂号となる。 /*/ 「終了! よおし! みんな派手に逃げるぜ! 動物園のお兄さんもゾウさんもウサギさんもペンギンさんも、 壬生屋も東原もみんな脱出だ!」 滝川は、大きく手を振って言った。 壬生屋は、渡された大量の発煙筒をどんどん“それ”の前に仕掛けると、最後に木刀を地面に突き立てた。 貴方達が来ても寂しくないように、心を残しますと、そうつぶやいて逃げ始める。 “それ”とは、鉄棒を槍に見立て、何十本か斜めに刺して作り上げたやわな対中型幻獣障害物だった。
深く刺しているわけでもないので、実際上の意味はない。 「現代版のファランクスですな」 若宮はあがりはじめた発煙筒の煙を見る。 /*/ 滝川はブータを抱えたののみの手を取ると、可能な限り速く走った。 ほんとうに何も変わってなかったのだな。何もかも。 ブータは丸い目で滝川と、ののみを見あげた。ついで後方を見る。 ブータは歌を歌った。ただの一度も忘れたことのない、それは魔法の歌だった。 「それはすべてをなくしたときにうまれでる 無より生じるどこにでもある贈り物」 歌を歌いながら肉球のついた前脚を伸ばすと、リューンの防壁を張った。 滝川が振り向きながら声をあげた。 ブータはののみの手から抜け出すと、包帯を歯で食い破りながら走った。 /*/ 車を捨てて善行と瀬戸口と中村は、発煙筒の煙に隠れるように逃げはじめた。 足をとめて振り返る瀬戸口。士魂号が、走ってくる。 「自分で仕掛けといてこう言うのはなんだが、頼むよ。坊や」 瀬戸口と中村の足元を、大きな猫が一匹、走って行った。
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