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 一頭の老いた象が叫び声をあげた。
士魂号の戦いぶりに、血が騒いだのだった。

象は我も参戦しようと人に告げはじめた。

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 善行は指揮をしはじめた。どんなに戦争を嫌っていても戦争は彼を捕らえて離さない。
なぜなら戦場にはいつも、彼が大切にしたいと思うものが先に囚われていたからだった。

「……ということでこの通りにやります。では急いで」
「重機でもなければこの短時間には無理です」

 何を無茶なことをと迷惑そうな顔をする動物園職員に、善行の隣に控えていた若宮が横暴な官憲の鑑という表情で すごんでみせた。
「練習生に戦闘させるほうが無理だと隊長は言っておられる」

 善行は象の鳴き声を聞いた。職員を見た。
「動物を使いましょう」
「動物、ですか」

 善行は、指で眼鏡を押した。
「知りませんか? 昔の人間は象だろうとマントヒヒだろうと戦闘に使っていたんですよ。ちょっと御先祖に見習うだけです ……動物を出しなさい」

 あまりの突飛さに目をまわしながら、動物園の職員は、それでも善行に言った。

「どれが役に立つなんて分かりませんよ」
「猫の手より立派なら構いません」

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「いくぞ!」
せぇの!

 象と山羊とペンギンと兎と猿とクラスメイトと動物園の職員が、一緒にロープを引っ張った。
鉄棒が曲り、ひっぱられる。そしてついに打ち倒された。

「鉄棒を集めて。1mおきに並べて地面に斜め差ししてください」
「はいっ!」

(間に合ってくださいよ)
 善行はそう思いながら、時計を見た。

「中村くん、瀬戸口くん、手伝ってください。滝川くん、君がここの指揮を執れ」
「俺がですか!?」
「了解ですと言え! 馬鹿野郎!」
 善行の隣に控えていた若宮の叫びに、滝川は反射的に背筋を伸ばした。
「了解いたしました! 委員長!」
「5分で終らせなさい」
「はいっ!」

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「それで俺達は、何をするんですかい?」
 半裸の中村は、善行に尋ねた。
善行は軽トラックを見た。

「荷台に乗りなさい」
「乗ってどうするんですか」
「それだけです。荷物をまったく載せていない軽トラックは、カーブで弱いですから。落ちないでくださいね」

「命懸けの重しかい!」
「俺らができるのはそれくらいということだろ。わかった。やろうじゃないか」

 わめく二人を伴奏に、善行は車に乗り込むとエンジンを掛けた。ブレーキとアクセルを全開に踏んで1速にいれる。 ブレーキを外す。
鋭くハンドルを廻した。急ターンする軽トラック。

揺れる中村。
 善行は、ハンドルを切り返して車の旋回をとめると、眼鏡を指で押した。

「士気さえあればね、軍隊って奴はどうにか戦えるものなんですよ。戦う気さえあれば。……戦ってやろうじゃないか。 こっちには戦車がある。こんなところで僕の部下を減らしてやるものか」

 そうつぶやいた。軽トラックは揺れに揺れながら士魂号の元へ走る。

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 士魂号はケンタウロスの潰した目に回り込むように、すなわち常に死角に入るように動いていた。
 素手とレーザーという間合いの違いを少しづつ埋め始める。

ケンタウロスはそれを嫌って下がりながら頻繁に顔を右に左に向けた。
 中々距離は縮まない。
このまま膠着状態なのか。 否!

車のエンジン音。
 わめく中村と瀬戸口を乗せて、恐い顔で笑う善行が運転する軽自動車が走り込んできた。

士魂号の足元を掠め、ケンタウロスの前でターン。そのまま幻獣をおちょくるように走り去る。

 士魂号は善行の意図を正しく理解した。
頭の位置に取り付けられたレーダーを動かし、善行が通った軌跡を重ねた。ランダムな回避機動を組み込んだ上で、 軽く飛び上がるとケンタウロスの死角から飛び出てて走り始めた。

 死中に生を求めるようにあえて不利な行動、背を向けて善行の後を追い始める。
背中から何度も射撃された。

 形勢逆転。 追う幻獣に追われる士魂号となる。

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「終了! よおし! みんな派手に逃げるぜ! 動物園のお兄さんもゾウさんもウサギさんもペンギンさんも、 壬生屋も東原もみんな脱出だ!」

 滝川は、大きく手を振って言った。
 その言葉に後押しされるように、皆は戦場から離れ始める。滝川は善行を真似て先頭に立って逃げ始めた。 本人が思うより指揮に向いていたのかもしれなかった。

 壬生屋は、渡された大量の発煙筒をどんどん“それ”の前に仕掛けると、最後に木刀を地面に突き立てた。 貴方達が来ても寂しくないように、心を残しますと、そうつぶやいて逃げ始める。

“それ”とは、鉄棒を槍に見立て、何十本か斜めに刺して作り上げたやわな対中型幻獣障害物だった。 深く刺しているわけでもないので、実際上の意味はない。
が、見た目ではそんなことは分からないはずだった。

「現代版のファランクスですな」
 若宮は腕のない方の袖をぶらぶらさせながら、笑った。
隣でたたずむ萌が、小さくうなずいた。

 若宮はあがりはじめた発煙筒の煙を見る。
「我々も彼らと脱出しましょう。大丈夫です。忠孝様はうまくやりますよ」

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 滝川はブータを抱えたののみの手を取ると、可能な限り速く走った。
それでも、遅い。
 ののみは小さかったし、ブータを抱えてもいた。
だが滝川は震える手を離さなかったし、猫を捨てろとも言わなかった。彼の人生が、その言葉を言わせなかった。 鼻の頭が痛い。だから、この手を離してやるもんかと思った。

 ほんとうに何も変わってなかったのだな。何もかも。

ブータは丸い目で滝川と、ののみを見あげた。ついで後方を見る。

ブータは歌を歌った。ただの一度も忘れたことのない、それは魔法の歌だった。

「それはすべてをなくしたときにうまれでる 無より生じるどこにでもある贈り物」

歌を歌いながら肉球のついた前脚を伸ばすと、リューンの防壁を張った。
 放たれたレーザーが、かき消される。

滝川が振り向きながら声をあげた。
「うそ、なんてラッキー」
「幸運などないよ。若造」
「え、誰、今のセリフ?」

 ブータはののみの手から抜け出すと、包帯を歯で食い破りながら走った。

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 車を捨てて善行と瀬戸口と中村は、発煙筒の煙に隠れるように逃げはじめた。

足をとめて振り返る瀬戸口。士魂号が、走ってくる。

「自分で仕掛けといてこう言うのはなんだが、頼むよ。坊や」
「芝村に祈れよ。それだったら」
「……あいつらに祈り捧げて結果が変わるもんか。それに、俺の仕掛けを回避したのは、あのお姫様じゃないかもしれないぞ」
「どういうことや?」
「……食わせ者ってことさ」

 瀬戸口と中村の足元を、大きな猫が一匹、走って行った。