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/*/ 幻獣ケンタウロスに踏み潰される死体、にげまどう人々を見て、いつも眠そうにも冷たいようにも見える舞の目が、
細められた。 拳が握られた。ウォードレスが反応して人工筋肉を緊張させる。舞は、怒っていたのだった。 身体は14、15の小娘なれど、その中に入っている魂は、小でもなければ娘でもない。 身体は14、15の小娘なれど、その中に入っている魂は、大義であった。 名言を告げることはあっても己の想いを表現することは滅多にないその口元に、その横顔に感情が現れた。 普段は悟られぬよう押し殺している感情が、顔を覗かせたのだった。 速水は士魂号のコクピットに腰を下ろしたまま、多目的結晶と士魂号を通じて舞の怒りを左手に感じた。 怒りにあてられ火照りながら、速水はなるべく優しく言葉を告げた。 「それで……どうする?」 速水はしばらく考えた後、言い方を変えた。 「……芝村ならどうする?」 舞の手によって士魂号の機能チェックが行われている。全駆動箇所、再チェック。プログラム、よし。 「我々は努力をしてきた」 「今まで我々は努力してきた。恥を忍びながら」 舞は、静かに言った。この期に及んでなお、言葉は震えていなかった。 「それは十分ではないかもしれん。だが、それでも、私は思う。我々の努力は無駄だったのか」 速水は言った。もう一度口を開いた。降りろとだけは言われないように。 「いや、無駄じゃない。今僕たちが、一番可能性が高いはずだ」 舞は顔をあげた。その瞳は大海のように輝いた。 心底ほっとして速水は言った。どうやら僕は邪魔ではないらしい。あるいは怒りで冷静な判断を失っているだけかもしれないが。 「僕たちの機体は、言葉よりも速い」 「武装、なし。勇気はある」 醜く不格好な道化の侍は、しかし魂は侍だった。その名の通り。 それは長い長い時と世界を越えて、善き巨神があしきゆめと再び対峙する歴史的、否、伝説的な情景だった。
(ホモ・ギガンテス・メガデウス) それは鳥乙女を肩に乗せて戦う巨神だった。善き神々とともに幾多の戦いを共に戦った、伝説のよきゆめ。 姿形は変わり果て、ずいぶん余計なものがついているような気がしたけれど、ブータはその中に、古い古い戦友を見た。 覚えていないくらい昔と同じように、それは子らを守って奮戦していた。しようとしていた。 それはブータを叱咤するように、地上に光を呼ぶために死者の国から蘇っていた。
にゃ。 それは何も変わってなかったのだ。ただ時間が過ぎただけ。ブータはこの瞬間、己の周りを漂う幾千万のリューン達が
そうささやいていたことに初めて気づいた。 士魂号は金切り声のような音を立てて過吸機を全開に廻すと、勇気にまみれる人工筋肉を膨れあがらせて
酸素と言う酸素を貪欲に消費し始めた。 飛ぶような速度で、突撃をはじめた。 /*/ 狭いコクピットの中で、速水は照り返されるインジケーターの光に瞳を輝かせた。 「格闘戦なんかやったことないよ」 舞は堂々と答えた。いつもの通り。その横顔は誰よりも誇り高かろう。その様を想像して前席の速水は微笑んだ。
勇気が、湧いた。 士魂号を通じて感じる、一緒に舞と走っているという感覚が、速水の気分を高揚させた。 この一戦、最悪でも幸せだ。 速水は、嬉しそうに微笑んだ。もはや俺個人としてはどう転んでも負けはない。俺の最低勝利条件は満たした。
あとはどれだけ上を取れるかだった。 後席から舞の声がした。 次の瞬間、速水の感覚が奪われた。士魂号が全操縦の主導権を握ったのだった。 この星空を、芝村も見ているのだろうか。 速水は、そう思った。 /*/ 士魂号は体当たりをするように幻獣ケンタウロスに突っ込んだ。 だがしかし。 士魂号は、伝説の巨人はそれを予想していた。 吹き出る幻の血。
本田は腕を組んで、隣の善行に言うでもなく、口を開いた。 「この場合はその部署の最先任が最善の行動を取るのが軍隊です。芝村さんのほうが半年近く先に生まれていますから、 彼女の判断が日本国の決定にて我が軍の決定ですよ。軍は市民の保護を優先させた。それだけです」 本田は善行の表情を伺おうとしたが、伺いきれなかった。幻獣の攻撃を一手に引き受ける士魂号に、
心を揺り動かされたからだった。 本田は善行を見た。 「友軍が戦っています。我々のクラスメイトが、味方が、戦っています」 憧憬の眼差しで士魂号の自然な動きから無理矢理目を逸らした滝川は、善行に口を開いた。震えは、止まっていた。 壬生屋と瀬戸口が口を開いた。 どこからともなく現れた半裸の中村が頭をかいた。 善行は笑った。 /*/ 坂上は萌に軽く頭を下げると、幻獣と対峙する士魂号を見た。 「戦車と言うのは、人の心の上にだけ存在する虚構の存在です。安全だろうという、ただそれだけ。だが命を賭ける人間は、 それを欲しがる。前に出ろと言われたとき、一緒にいてほしいと思うから」 坂上はサングラスを取った。目を細めて、萌を、その中に残る影を見る。 「どんな戦いにおいても、戦うのは人間です。人間は心の生き物です。だったら……だったら戦車と言う名の陸戦の帝王は 結局、人の心にもっとも強く残る存在でしょう。もっとも鮮烈に心鮮やかに、己に降りかかる危険を一手に引き受ける、 そんな存在でしょう」
「あれは戦車ですね。それも、かなり素質のいい」
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