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/*/ 厚い雲が、出始めていた。太陽が隠れ、それと共に人が常識と信じ込んでいるものが急速に力を失い始める。 歩く人の姿が揺らぎ、赤い瞳がいくつも瞬く。体中に瞳が生まれたようだった。 六本脚のうちの四本脚で動き、前二脚を手のようにして進む中型幻獣が出現する。 瞳が輝く。 /*/ 幻獣は逃げ惑う人々を背中から狙い撃ちしはじめた。 檻の中の動物達が一斉に吠え始める。興奮の声、威嚇の声、歓迎の声、悲鳴。 その中には怒りの声をあげる瞳の青い動物達もいた。 /*/ 夢、幻のように現れた幻獣の姿を見て、坂上が冷静に声をあげた。 本田は生徒を避難させながら、紫色の唇を噛んだ。紫色の口紅が流れる。 「古い奴を……」 坂上はそう言うと、サングラスの下の目を動かした。善行が走ってくる。 「分断されました。速水くん達は、閉じ込められましたね」 /*/ 滝川は、突如現れた幻獣ケンタウロスの小山のような姿に圧倒された。 「な、なんだよあれ。なんだよ」 瀬戸口は滝川の襟を掴むようにして士魂号の傍に寄った。 「はあい? 俺の声はマイクに入っているかい? 君達のお耳の恋人だ」 士魂号の股間の位置にある近距離スピーカーから声が出た。女の声。舞だった。さぞかし仏頂面のことだろう。 瀬戸口は一拍の間を置いて、壬生屋とののみのことを思った。 コクピットの中で、舞は己の膝を叩いた。なんたる不覚。教師が管理しているウォードレスのチェックが おろそかだったことに気づく。 瀬戸口は皮肉たっぷりに微笑んで、明るい声をだした。 舞は即座に首筋に手を廻した。それを引きちぎりながら歯を食いしばり、怒りを抑える。 「ああ、それと、俺の隣には滝川がいる。な?」 /*/ 一方その頃、善行は軽自動車のドアに手をかけたところだった。 「いいんちょ?」 「壬生屋さんと東原さん。……若宮!」 片腕の若宮は、深々と頭を下げた。 「……いや、良く判断しました。同じような懸念から、本田先生には白熊の檻の前に集合と伝えています」 「いいんちょにおねがいです。ほかのひとたちもたすけてください。どーぶつさんたちもたすけてください。 おねがいします」 善行はそんなことができるんだったらやっていると激怒しようとして、息を吐いてそれを自制した。 「いつもやるだけはやっていますよ。いつも満足したことはありませんけどね」 自分が最善を選ぶように、無力なののみの最善は善行に頼むことだったのだと、善行は思ったのだった。 怒られることは覚悟で言ったのかもしれない。それでも最善を選んだのだろう。まったく誰も彼も、痛みを避けようとするのに 痛みからは逃れられないものだ。 「若宮。他のメンバーは」 若宮は、善行に顔を寄せると尻尾を振る大きな犬のような表情で言った。顔を離す。 「貴方に教えられたんですよ」 /*/ 瀬戸口との通話が終って静かになった士魂号のコクピットの中では、速水は自己嫌悪に陥っていた。 「……ごめん。その、僕が気を逸らしていたせいで、こけそうになって……ごめん」 速水は、自分はまるで頼みにされていないのではないかと、思った。 一方舞は考えを完全に切替えていた。己の未熟さを恥じて後で訓練するのはいいとして、 今は幻獣をどうにかしなければならないはずであった。切換えの速さこそが戦いを制すると徹底して教育を受けていた。 「ごめん」 舞は捜索レーダーと火器管制レーダーを切替えながら、不評で名高い位置に配置されているペリスコープを覗き込んだ。 身をひねって使う必要があるため、普段はまったくと言っていいほど使われないものである。初期型の早い段階から 撤去されたものだったが、もっとも初期に生産されたこの練習機には、残っていた。 ペリスコープを覗きながら、舞の目が細くなる。 速水は、自分の気持ちをコントロールできずに、饒舌になっていた。少しでも頭のいいところを見せようと考える。 /*/ 落ちているサツマイモを集め、頬ぼったニホンザルは、檻に張りつく仲間を見た。 「そろそろ我々も行くか……どうした?」 「サトリケが払われた。神格があがるぞ!」 /*/ ペンギンは煮干しをくわえようとして、手羽を休めた。 「誰かが怒っているな。ああ、怒りの匂いだ。純粋で誇り高い、久しぶりのいい匂いだ」 ペンギンは目をつぶった。
「……このどことなく悲しい怒りには覚えがある。……人神族だ。人神族にも生き残りがいたのだな。 いや、まだ神には程遠いか。……この匂いは、稲羽の気多の前で我々素兎を助けたあの男と同じ匂いだ。 そうか、そうか……」 伝説では泣いたために赤い目になったという兎は、瞳を青くして天を仰いだ。 「あの老猫が来たということは、そうだったのか」 壬生屋につかまり、隣の檻に入れられた山羊が言葉を続けた。子供たちとの交流コーナーで、 兎と共に生きてきた山羊だった。 「猫でありながら狛犬だってやってのける猫だ。人神族を造るくらい、やるかもしれん」 別の山羊が檻に角をぶつけながら口を開いた。 「客人神は違うのだな。滅びの美がない。……なんと醜い姿、なんと醜い神よ。そしてなんと気高く強い」
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