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時は、少し戻る。

 瀬戸口は、壬生屋と並んで作業をしていた。
壬生屋の振り袖が汚れないように、あるいは長身を利して壬生屋の手が届かないところへ手を廻していたりする。

 そして、いらいらしていた。

 本人としては任務である芝村舞の秘められた実力のテストのため士魂号の方へ意識を集中したいのだが、 壬生屋が危なっかしく、また周囲の目から無防備だったのである。

 壬生屋は集中しだすと、周囲がまったく見えなくなるようであった。

 今この時も眉をひそめて、植え込み越しにやる気がなさそうな山羊と向かい合っている。
枝に壬生屋の袖がひっかからないように、瀬戸口は押さえながらため息をついた。

 壬生屋が山羊を捕まえようと動くたびに、山羊は動く。

 つま先で立ちあがり、尻を突き上げた格好の壬生屋、中腰のファイティングポーズ。
 瀬戸口も手伝えばすぐに捕まえられそうなものだが、瀬戸口は壬生屋の格好を他人に見せるのが嫌なのか、 ずっと盾となるように動いていた。

 壬生屋動く。また逃げられる。くやしいと言う壬生屋。
そのまま横を見る。

 壬生屋は遠くの方を向いて任務のことを考える瀬戸口を見た。
腹を立てたのは壬生屋だった。

「よそ見ばっかりしていないで、貴方も手伝ってください!」
「とりあえず、その格好やめてくれたらな」
「私の格好のどこに問題があるんですか」

 瀬戸口は、にっこり笑ってこの女は嫌いだと思った。

 右手を出すと、人差し指を伸ばす。
怪訝そうな顔の壬生屋の前で揺らして見せると、壬生屋の黒目がちな瞳も動いた。
「それが、なにか」
「お前さんの尻の動き」

 壬生屋の動きが止まる。

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三分後。

 顔を盛大に腫らした瀬戸口は、まあ、これで仕事ができるってもんだとうそぶき、破れた裾を引っぱり上げながら一人歩いた。 色男台無しである。

 それもこれも、芝村が悪い。
そう思う。 ああいう子供を戦争に出すようじゃいけない。

 瀬戸口は腫れた顔のまま皮肉そうに笑った。
その芝村に使われている自分の立場を皮肉に思ったのである。
 懐の中からボタン型のスイッチを取り出し、コインのように指で弾いて握りなおす。

 いや、いい。どうでもいい。この世がどうなっても知ったことじゃない。
芝村、いいね。最高だ。やつらだったらせいぜい派手な世界の終りとやらを見せてくれるだろう。 それで俺は死ねるってわけだ。

「いい未来だ」
 瀬戸口はボタンを押し込んでスイッチを入れる。

「大家令自慢のテストだ。楽しんでくれ」

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 コクピットに乗り込んだその後も、速水はいまだ、騒いでいる。
「だまされた。だまされた」
 つぶやきつづける速水に、舞はいつもの仏頂面で応じた。
「女々しい奴だ」

 速水は顔を真っ赤にした。
「僕は男だ」
「……実際の意味ではないぞ。この場合の女とは柔弱の意味だ。歴史的に女はそうあるべきだといわれていた頃の名残だな」

 舞の言葉には耳を貸さず、速水は強情に言い張った。

「僕は、女じゃない」
「それくらい知っている。……おかしい。テレメータが止まった。速水、そちらはどうだ」

 耳まで真っ赤にしながら速水は髭が欲しい、背が欲しい、低い声が欲しい、厚い胸板が欲しいと思った。
絶対誰が見ても間違えないくらい男らしさが欲しかった。
 それもこれも、先ほど来ていた新聞紙に切られた人物と舞が並んでいた時、男女に見えたからだった。 今の今まで気づいていなかったが、男達と並べてみると舞が細く、小さく見えたのだった。
 一方僕と彼女ではいいところで姉妹だ。 それが、どこか嫌だった。

 速水は、舞がもてるのではないかと思いはじめていた。善行といい、新聞紙に切られた人物といい、 みんなが舞に言い寄ってくるように感じたのである。

 舞は目を細めた。出撃前に何度もチェックした。小細工する暇はなかったはずだ。
テレメータに引き続き無線機も止まった。舞は即座に外部通信の物理接触を切って、不正なデータが流れ込んでこないように 対処する。電子妖精か、何かだろうか?

舞は網膜に投影された映像を拡大した。映像を転送する。ええい、こんな時に。

「……速水、あれは滝川ではないか? 血を流しているようだが……速水」
 舞はため息をつくと、後席から速水の後頭部を蹴った。

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「瀬戸口!」

己を呼ぶ声に、瀬戸口は振り向いた。
 鼻血を手でぬぐう滝川を見た。滝川は驚いて瀬戸口を見ている。

「アンタも委員長に?」
「お前さんも壬生屋かい?」

二人は同時に首を傾けた。
 瀬戸口は後ろ手に持ったボタン型の遠隔スイッチを握り潰して、ポケットに入れた。

 滝川を手で制して、口を開く。
「どうした?」
「委員長からの命令。敵が出た。すぐ入り口に撤収だって」
「……なん、だって」
「敵だよ。幻獣が出たんだ」

 瀬戸口の背後では士魂号の姿勢がにわかに崩れ出していた。

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「っつ……」

 舞は痛覚に顔を歪めた。反射的に多目的結晶を離して接続を切る。
痺れる左手を捨てて右手で機体を制御しようとした。

 手動制御機構が効かない。

「速水!」

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−this Omnipotent Vicarious Enlist a Recruit Silent System−

私は運命という名の理不尽に抵抗する。


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蹴られて頭を抱えていた速水は、機体が傾くことで顔をあげた。
 胸に下げられた青い宝石が燦然と輝き始める。

「芝村!?」

速水がコンソールに触れた瞬間に手動制御プログラムが、再起動した。
瞬く間にシステムが書き換わり、倒れようとする機体を支える。

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「わー! 速水!」

 士魂号に駆け寄ろうとする滝川を止めながら、瀬戸口はすみれ色の瞳を細めた。

 地面から見えぬ腕が生えて、士魂号を支えたかのように見えた。
士魂号があやういところで体勢を立て直す。

 瀬戸口は眉毛をあげた。
(すごいな。あの状態から立て直すなんて、まるで人間技じゃない……)

瀬戸口は、口を開いた。
「いや、違うな……あの坊やか?」
「坊や?」
 滝川が上を向いた。背が低いので上を向かなければ瀬戸口の顔を見れないのである。
「いや、いいコントロールだと思っただけだ。それより急いで助けに行ったほうがいいな」
「行こうとしている俺をとめたのはアンタだろ!?」
 急いだせいで下敷きになったかもしれないぞとは、瀬戸口は言えなかった。
仕掛けた人間が言えた義理ではない。