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/*/ 時は、少し戻る。 「うわ! すっげぇぇー!」 滝川は両手を広げて、飛ぶようにテントの中に入った。 素直な感想ということに関しては、誰も滝川には勝てないであろう。 原が、手を口にあてて笑った。 /*/ ブータは、滝川が喜んでいるのを見て、一つ祝福のために歌を歌ってやることにした。 そう、猫神族以外にも、この砦に必要なものはいくらでもある。それは例えば、元気だ。 ブータは魔法の歌を歌うことにする。目をつぶり、心の奥底にしまった歌詞を思い出す。 ブータは、声を上げて謡い始めた。 /*/ 「それはの歌か……」 まだ部隊マークを考えている善行の膝の上で丸まっていた黒猫が、耳と顔をあげて歌のほうを向いた。 尻尾を立てる。二股に分かれていた。 「どうしました? ハンニバル?」 /*/ 純白で美しい長い毛を持つ猫、スピキオは、いつのまにか一人沈む壬生屋の足元まで歩み寄ると、耳を立てて
丸い瞳を動かした。 人に元気を譲るように。 /*/ それは、なにかを待つ心であった。それがいつになるか分かりはしなかったが、自分の力でそのなにかに手を伸ばそうという、
心であった。
「それは世界の総意により、世界の尊厳を守る最後の剣として、全ての災厄と共にパンドラの箱に封じられていた災厄の災厄。 自ら望んで生まれ出る人の形をした人でなきもの」 中村は、ののみを見下ろして声をかけた。 ハンニバルは、善行の膝の上で力強く歌った。 「それは、夜が暗ければ暗いほど、闇が深ければ深いほど、燦然と輝く一条の光」 スピキオは喉を振るわせて、高らかに歌った。 「それは絶望と悲しみの空から満を待して現れる、ただの幻想。暗黒に沈む心の中に沸き上がる、悠久不滅の大義の炎。 失われそうになれば舞い戻り、忘れそうになれば蘇る、原初の感情 ただ一つのはじまりの力」 猫達は一斉に我が胸を叩いた。 「それはここに! この中に!」 「我は未来の護り手なり 我が一撃は空の一撃 空を割るは我が前脚なり」 /*/ 原は猫の歌声を聞きながら顔をわずかに緩めると、元気のいい声をあげた。 速水は舞の表情を見た。舞は既に自分の機体のほうに向かっている。 原は、少しだけすまなさそうに言った。速水は首を振った、開発関係者ならともかく、整備の人に罪はないと思った。 「お願いするわ。現状だと、三人で一機整備するのが精一杯だから、六人なら二機は今日中に組み上げて明日テストに回せるわ。
私は武器の整備をするから」 いつもの声に、速水は原に向かって笑いかけた。 「貴方達の機体は大変よ。新機下ろすより大変かも。改装をしないといけないんだから」 「はい」 原は、片眉をあげるとちょっと面白くない気分になった、大変さを少し分からせようとしたのに、
速水は平然としていたのだった。原は意地悪そうに声をかける。 /*/ 善行は、ハンニバルのにゃーにゃーと言う声を聞きながら、部隊マークを描き上げた。 善行が飼っている黒猫の顔の下に三八式歩兵銃が交差する、なんともしまらないマークであった。 善行は、いや、でもこれではただの猫可愛がりだなと思った。 しばらく考える。 「そうだ、あの太った猫がモデルと言うことにしましょう。うんそれがいい。そうしましょう」 /*/ 「ねえねえ、これ、何?」 「即応コンテナです。最低限の燃料や予備部品、弾薬、武器などが入っていて、前線に輸送される機体にはこれを背負わせて、 戦場に送り出します」 滝川の隣で通信機器関係の整備機材を持って歩く中村が顔を出してきた。 /*/ 舞は、猫の歌を耳にしながら改装作業しつつ口を開いた。 「それは、悲しみが深ければ深いほど、絶望が濃ければ濃いほどに、心の中から沸き上がる反逆の誓い」 そして猫と一緒に歌った。 「あしきゆめよ。そなた達の天敵が帰ってきたぞ。永劫の闇をぬけて」 舞が物音に気付いて隣を見ると、速水が工具箱を頭にかぶって倒れていた。 舞はまじまじと速水の顔を見た後、そっぽを向いた。 舞は吐き捨てるように言った。 /*/ 6時間後。 善行は原に缶コーヒーを投げてよこした。隣に立って先ほどの詫びをしようかとか、三年の間に成長したねと 誉めようとか色々考えたが、結局、そのどれでもなく善行はごく普通のことを口にした。 「中々盛観ですね」 原は善行の脛を蹴り上げると、部下の監督に行った。 /*/ 12時間後。 士魂号複座型は、着々と改装が進んでいる。 板チョコのような装甲板をアップリケとしてハッチの上に張り、不要なハッチを溶接で塞いだ。 後部胴体が新しいものに替わり、重量バランスが変わったところで、背骨の位置がさらに50cmずらされる。 データリンクアンテナが増設され、後部胴体では収まりきれない電子機器がフェアリングに納められて取り付けられる。 重量が増加した後部胴体とのバランスをとるために、前部装甲はさらに強化された。バラスト替りであった。 近接防御兵器として足下に向けて2門のリモコン式機関銃が装備される。 中村が痺れるように言った。 原もまんざらではないように、口を開いた。 /*/ 善行は、原が成長したなと思った。 原は善行を横目で見ると、口を尖らせて言った。 「違うな」 ブータは、そうつぶやいた。 「あしきゆめと戦うのは、人ではない。幻と対等に戦うことが出来るのは、同じ幻のみ。あしきゆめと戦うのは本来我ら、 善き神々と英雄達。とじめやみにあらわれて、ひらめきひかりですがたをけす、光の軍勢。あしきゆめの天敵」 ブータはみすぼらしいなりのまま胸をはって人間に言った。 「我々は帰って来る。今はこのなりだが、必ず帰って来る。闇が広がるその時には、天を見上げれば星が輝く。 闇に脅えるな。星を見よ。星は、煌くことをやめてはいない」 ブータは誓いを口にした。 「善き神々と英雄達は帰って来るのだ。そしてかならずここに帰還するだろう」 /*/ 森が92mm弾倉の上を見上げると、一匹の大猫が居た。 そして森は、言葉に押されるように首を動かした。
ヨーコにそう言いながら、森も少しはいいことがあるかもしれないと、そう思った。 大猫は、にゃーんと自信ありげに鳴いた。 第12回 了 |
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