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/*/ ここよりしばらく、物語は少しの時をさかのぼる。 /*/ その人物は、裕の目標であり、伝説であった。 目にも眩しい純白の帽子を被る、黄色いスーツ姿の人物。 古い友人に会いに来たというその人物の顔を、今はもう裕は思い出せない。 道化のように顔を白く塗った総一郎は、紫色の口紅を動かしながら、その人物の傍らに立っている。 荷物持ちだかなんだかを仰せつかったのだった。 その人物は低い声で言った。 「君は将来、どんな仕事に、つきたい?」 男は、笑った。 男は長く息を吐くと、裕を見た。 「……いいことを教えよう。ゲームって奴は、損得抜きの賭け事だ。チップは心で、報酬も心だ。世の中の何も動かさないが、
だからと言って未来に影響を与えないものでもない。そういうものだ。……さあ、今度は俺の質問に答えてくれ。もう一度だ。
君は将来、どんな仕事に、つきたい?」 「……僕は、未来の護り手になりたいと思っていました」 笑いもせずに男は即答した。 人間というものは、時折どうでもいいような一事をもって人生が変ることもある。 /*/ 時は流れる。 /*/ 車椅子が、派手に地面に投げ飛ばされた。 「やめて! やめてよ!」 ピンク色に染めた髪を持つ加藤は、薄ら笑いを浮かべた悪漢に腕を掴まれ、それでもそれを無視するように まだ自由になる手を伸ばした。 「なっちゃん! なっちゃん!」 這い出そうとする少年の頭を踏む悪漢の一人。 己の袖を肩口から引き千切り、置き去りにして、加藤は彼女がなっちゃんと呼ぶ少年のところに走りよった。 なっちゃんを抱きしめ、己の身を挺して護ろうとする加藤。 /*/ 泣き声が、聞こえる。 裕は、全速で走りながら暗闇の中で目を開いた。目をこらせば闇が見通せるように、目を見開いて、思い出に耳を澄ます。 (人は最初からぽややんなわけではない。努力してぽややんになるのだ。この世に生まれつきヒーローである女もいない。 努力して女はヒーローになるのだ。世界という奴は、いつだって双六のように出来ている。賽の目に泣かされるが、 それで終るようには出来ていない) 皮肉そうに口の端を動かし、裕は最後の距離を歩き始める。 /*/ なっちゃんから、ひきはがされようとする加藤の耳に、歌声が聞こえてきた。 「……尊厳を守る最後の剣として、全ての災厄と共にパンドラの箱に封じられていた災厄の災厄。 自ら望んで生まれ出る人の形をした人でなきもの」 歌声が、近づいてくる。 /*/ 「それは世界の危機に対応して登場するただの人間……」 メイクを落した長い髪の裕は、路地裏の闇の中から、長い手足を揺らしながら登場した。 そして真顔のまま、狩谷を抱きしめる加藤にうやうやしく差し出した。 呆然とする加藤のピンク色の髪に、薔薇を差す裕。 裕は身を翻した。黒いスーツ姿が良く似合う。長い五本の指を握り締める。 「……主人公が不在の間、代役などいかが?」 そして何が面白いのか、上機嫌で謡った。 裕は闇を見通すように目を見開いてつぶやく。 「僕には僕が課したゲームがある。例えばそれは、万難を排して青い薔薇が似合う女性の元に、それを届けるということ」 とりあえず殴れとばかりに突き出された悪漢達の拳と脚、打撃という打撃を、裕は人間の限界を突破した柔軟性で
かわしてみせる。 「僕は、未来の護り手なり」 そして全開で拳を振りかぶった。次の瞬間には風を切る音と共に振りぬいた。 /*/ そして、呆然としている加藤の姿を一瞥することもなく、裕は黒いジャケットを揺らして悠然と闇の中に消えていった。 脈絡のない、伏線0のひどく唐突な出現の仕方。
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