![]() |
![]() |
/*/ 目の前を壬生屋と舞が歩いていく。 今は食堂になっている一階の空き教室に、滝川、狩谷、速水は隠れていた。 「いいぜ、行った」 「僕を軽蔑しているんだろう」 速水は途方に暮れた。自分勝手といえば舞も自分勝手だが、あれは自分のための自分勝手ではないと、思う。もっとも、
最近それが本当に客観的判断なのかどうか、自信がない。 滝川は分かった風に頭をふった。うなずく。 速水は頬を膨らませた。滝川は速水を見る。 速水はあわてて髪のリボンをとった。 な、なんて男らしくない。 右に自己嫌悪する狩谷、左にリボンを握って自己嫌悪する速水。 「なんだよ、おれが悪いのかよ」 はさまれた滝川は、途方に暮れて上を見た。
一方その頃、女子校の廊下を歩きながら、坂上は本田に喋りかけた。 「一応終りましたね」 本田は、胸から転属願いを出すと女子校の生徒が運ぶゴミ箱の中に放り投げた。 本田は笑った。 「俺は、引き鉄引いて一瞬で殺し殺される軍人やるより、一人の人間を何年もかけて育てる教師のほうが面白いと思いました。
だからもう軍人はやめです」
シーンは変る。整備テント、士魂号の胸元まで続く作業足場の上。 原は岩田との話を打ち切って、入り口を見下ろした。 「あ、パイロット達が戻ってきたらしいわね。ふふ。勲章なんかつけちゃって」 「……何に使うのよ」 岩田は原がとめる前にボタンを押した。 煙を吐いて原と岩田は倒れた。
舞と壬生屋に遅れて到着した滝川が、周囲を見回した。 舞は、冷静に口を開いた。 上を見れば作業足場で誰かが立ち上がった。真っ黒な顔の原だった。 そしてあわてて階段を駆け降りた。 オレンジのバンダナをつけた森とすれ違う。
岩田は、むっくりたちあがると、今は黒い消し炭になった服を払いながら、鍛えあげられた肉体をみせた。 「その身体、なにがあったのよ」 岩田は、そういうと、舞や速水の周りをくるくる廻った。 「卒業おめでとうぅぅぅぅ、ござぃぃぃぃ、ますぅぅぅぅぅ」 「見事……」 がくー。 岩田は急に上体を起した。 「フフフ、今の僕は、失業と書いてフリーです」 岩田は奇声をあげながら立ち上がった。踊るようにスキップ。テント中を跳ね回る。 「おおう、この喜びをなんと表現すればよいのか。闇の中で見たシリウス。夜の中で見た青い月。不思議の側の大河に映る銀河!」 /*/ 速水は舞の隣に立つと、ああ、やはりここが一番だと思った。 「岩田君と知り合いなの?」 「フフフ、それは違いますよ」 遠くで岩田は、声を大きくして大猫に言った。 「それは違う。姫君を守るために王は魔術を掛けられた」 岩田は謡うように言った。 「愛はどれだけ離れようと、光り輝く黄金のすばる。世界の違いなど、蚊ほどのものでもない」 ブータは眠そうな目であくびをして答えた。 韻が踏まれていない。20点。 岩田は猫の顔を真剣に見ながら言った。 「魔術法則第一。魔術はエネルギー保存法則を破れない。同、第二、魔術は物理法則をねじまげられない。 第三、魔術は物理力を行使できない。第四、魔術は主観にのみ効果を及ぼす。されど魔術は最強なり。魔術に不可能はなし」 ブータは腹を見せて転がった。 声が大きいだけだ。15点。 「魔術はただびとが使い、ただびとがふるい、ただびとが紡ぎ出す嘘のようなもの。世界は、嘘で満ちている。 魔術は使われたのだ。姫よ。Aの守護法陣は、貴方を守るだろう。ラボのセキュリティ関係予算が削られた時から、 それはすでにはじまっていたのだ」 岩田は前髪を揺らして、優しく大声で言った。 「だが嘘に満ちていても、世の中に一つだけ信じてよいものがある。それは全ての損得を抜きで君の幸せを願う者がいることだ。 それは君を守ることで未来が守られると信じている。王は未来を護るだろう。世界の壁も死すらも越えて、魔術は必ず使われる。 それはただの人間で、ただの人間の集団で、ただの人間が作った物だが、ああ、結局現実なんてそんなものだ」 ブータは丸い瞳をあっちこっちにやった。 /*/ 速水は、岩田を見て、舞を見た。説明を求める。 「……なに、あれ?」 「……そうなんだ」 ああ、結局現実なんてそんなものだ。 速水は、考える。 /*/ 「姫よ。魔術は、貴方を守るだろう」 備品調査のため、整備テントに立ち入っていた加藤が見たのは、そう言う岩田の姿だった。 岩田の真剣な顔、真剣な声。その目が余りに真剣すぎて、加藤の心はざわめいた。 その声は、猫ではない誰かに向けられたものではないのか。 岩田は、怜悧な瞳で加藤を見ながら言った。 「だから今を嘆くな。胸を張れ。それは見えなくとも、貴方の傍にある」 (あんたは……あんたはやっぱり、あの人やの?) /*/ 一方その頃。職員室。 瀬戸口は面白くなさそうに背もたれを前にして椅子に座り、善行の前で日本茶を飲んでいる。 「お前さ、男殺しだろ」 善行は湯飲みを傾けて日本茶をすすった。ああ、芝村さん達から貰った茶葉が切れる。また番茶に逆戻りですねと考える。 芳野からタオルを借りて顔を拭いている原が、善行を横目で見た。 化粧がとれると、原は子供っぽい。原はこっちを見ようとしない善行をあざけった。 「逃げるの?」 第13回(後編) 了
|
![]() |
![]() |