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 ヨーコはテントの中で、92mm弾倉に起爆装置をつけようとしていた。

「おやめなさい」

 ヨーコは驚いて振り向いた。
いつのまにか、テントの入り口に長い手足を揺らす岩田が立っていた。

「あ、あ、ワタシ、ワタシは……」 
「フフフ、ギャグの着眼点としては面白いですが、あまり笑えませんねぇ」
「そ、ソウデスか? 面白いと思いまスけど?」

 岩田は長い人さし指を伸ばすと、左右に振った。
「笑えない」
「はい……デス」

 ヨーコは、離れた。
 伏せ目がちに岩田を見る。
姿形からして相手は大家令の直属。
今正体を明かしても、無視してくる可能性が高い。

「フフフ、それがいい。すべてはエレガントに。エレガントに」
 ヨーコは起爆装置を抱え、岩田の前を早足で横切ると、テントの外に出ようとした。

 岩田は起爆装置を取り上げる。

「これは私が預かりますよ。事故があるといけない」
「……ご自由ニ、でス」

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 後片付けを整備にまかせ、パイロット達が善行に言われるままに駆け足で教室にもどると、そこには三人の教師がいた。 坂上と本田と芳野だ。

 芳野は盆をもっていた。坂上と本田は拍手でパイロット達を迎え入れる。

「先生、俺達のテスト見てました?」
「あたり前田のクラッカーだ。ピーナッツ」
 本田は、嬉しそうな、嬉しくなさそうな笑顔で滝川に言った。

「合格だ。芝村、速水、壬生屋、滝川、そこに並べ」

 芳野は盆を両手でもっていた。普段茶飲みがおかれるそこには、真新しい勲章が並んでいる。

「第62戦車学校、特別第1クラスの卒業式をやる」
「皆、呼ばないんですか?」
 そう尋ねる壬生屋に、本田は笑みを見せた。

「元々このクラスは、ここにいる人員だけからはじめたんだ。最後も俺達だけでやりたいと思ってな。駄目か?」
「……いえ」
「そうか、じゃあ胸を張れ」
「はい!」

「速水、芝村、お前達は一番しごきがいがなかった。自分で自分をしごいていたからな」
 胸に勲章をつけられながら、速水はなんと言うか、途方にくれた。卒業なるものははじめてだった。どこか寂しい。 こういう時は、なにか楽しいことを言うべきだろう。少なくともここに来てから僕の周囲は、そうしていたように思える。
 速水は、はじめてのギャグに頬を赤くして言った。

「僕はつきあわされていただけです。先生」
 舞は、速水め、リボンのことをまだ気にしているのかという風情で口を開いた。
「だったら明日から来るな。速水」
「嘘です。僕は努力が大好きです」
「わはは。いずれお前たちを教えたということが俺の自慢話になる。ぜひそうなるように今後も努力してくれ……壬生屋」
「はい!」
「胴衣に勲章はにあわないなあ」
「すみません。そこまで考えが至りませんでした」
 壬生屋は頬を染めて頭を下げた。その肩を掴んで、胸をはるように強制する本田。

「まあ、いいか。一人くらいそういう卒業生が欲しかったところだ。胴衣に士魂徽章……いや、 戦車マークぶらさげてる奴なんて世界中さがしてもいやしねえだろう。俺も世界唯一の授与者なわけだ」

 本田は丁寧に胸に士魂徽章をつけると、わくわくして背伸びしている滝川を見た。
目があう。どちらが先か、笑う二人。

「お前にこれつけるとはねえ」
 本田は、鼻の頭を指で触りながら、滝川の胸に士魂徽章をつけた。
「ひどいですよ先生」
「お前みたいなお調子者は、すぐ戦死する。落ち着いていけ。訓練だけは怠るな」
「はい!」

「それと任官だ。お前達全員、これから十翼長だ。公平、献身、忠実たれ」
 そうして、肩の記章だけを渡した。

「裁縫に自信がないなら芳野先生にやってもらえ。斜めにくっつけたりするなよ。ダサイからな」
「裁縫を頼むなら私でも構いませんが」

 坂上は真顔でそう言った。
静かになる場。本田は上を向いて、左右を見た後、満面に笑って生徒達を見た。

「今日はおごりで焼肉だー! 肉なんてひさしぶりだろ!」
「おお!」

 本田は嬉しそうに言葉を続けた。
「そして明日からまた一緒に訓練だ!」
「え、なにそれ先生」
「部隊に配置されてもお前らを訓練するのは俺達だ。善行から聞いてねえのか?」
「げー」
 半ば本気でそう言った滝川は、これまた半ば以上本気の本田になぐられた。隣の芳野が、笑いながら言う。
「戦争の勉強以外も、たくさん教えてあげますからね」

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一方その頃。

再び士魂号を釣り下げ、ハンガーに入れた整備員達は、原の言葉を忠実に守って総出で整備訓練をはじめた。


「岩田君、これ分かる?」
「ええ。ブロック30以上か、改修後の21、25以上では士魂号に近接防御兵器装備用の穴が装備されます。 複座型突撃仕様と同じです」
「肝心の兵器は?」
「まだまだです。関東では試験的に配備が開始されたと聞いていますが。日本では運用実績がまだありませんから」
「……溶接で塞いだほうがいいかしら」
「どうでしょう。現地工作でリモコン式の機関銃を装備してもいいと思いますが。銃そのものはウォードレス用のものが ありますからねぇ」
「自作、できる?」
 岩田は首をかくかくと動かした。
「……よし、じゃあ作ろう。岩田君、頼んだわよ。それにしても、結構有能じゃない」
「フフフ、結構は余計です。貴方は私の才能に嫉妬しましたね!?」
「いや、それ以前に人として比較されたくない感じなんだけど」
「ナゼデスカ?」
「貴方と比較された時点で人としてグレードダウンしたような気がするから」

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 教室は、休憩時間だった。
午後は整備を手伝い、それから焼肉である。
この時代、アメリカやオーストラリアからの肉の供給がたびたび途絶え、肉は高嶺の花になりつつあった。

 教師が姿を消すと、滝川は速水に早速話し掛けた。

「速水、牛乳買いにいこうぜ」
「僕、牛乳飲めないんだ」
「知ってる知ってる。別の奴ならいいんだろ」
「う、うん」
「豆乳ならいいんだろ?」
「あ、でもあれはあまりおいしくないから」
「いいって。気にするな」
「僕は気にするよ。それと、お昼は?」
「抜くんだよ。馬鹿。今日の夜は二食分食べるんだ」
「んー。それで健康にいいのかな」
「それ言うなら豆乳いやがるなよ」

 男達がいなくなると、残るのは女だけである。
ほどなく、加藤が戻ってきた。
 加藤はにっこり営業スマイル。自分の席につく。

「あんたら、すごいなぁ。うち、びっくりしたわ」
「それほどでもありません。確かに少しはうまくなりましたけど、まだまだです」
「そうだな。まだだ」

「人型戦車いうの、はじめてなんやけど、あれでもまだ駄目なん?」
「善行ならそう言うだろうな」
「全然駄目っていう話です」
「そう……」

 加藤は、元の部隊からこっそりもってきた事務用の書類綴りを取り出した。
万が一のためにもってきたのだが、予想通り事務用品が全然足りていなかった。

 頁をめくる手をふと止める。手をとめた頁では、あの日、貰った青い薔薇が押し花されていた。

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加藤はあわてて、書類綴りを閉じると、狩谷が見ていないかと周囲を見回した。
狩谷がいないことを確認し、ため息をつく。

「どうか、したんですか?」
「あいや、あはは、なんでもないちゅうねん」
「はぁ」

 加藤は火照る頬に冷たい自分の手をあてながら、自分を観察する壬生屋から視線を逸らした。不思議そうな壬生屋。 首をかしげると、豊かな黒髪が揺れる。

「綺麗な花でしたね。押し花ですか?」
「偶然や。本に挟んであってん」
「青い薔薇なんて、珍しいですね」

面白くなさそうに読書していた舞は、これまた面白くなさそうに口を開いた。

「それは薔薇ではない。葉の形が違うし、青い薔薇は遺伝子的に自然に存在しない」
「え?」
「それはトルコキキョウだな。巻き方は薔薇だが、薔薇ではない。刺がないはずだ。見てみろ」
「ほんまや。あんた、花詳しいなあ」
「お花が好きなんですね」
「……いや、花は、好きではない」
「そんなに詳しいのに、どうしてですか?」
「私の父は絶対に釣れない釣りと花を育てるのが趣味だった。花は、遊びに連れて行ってもらえないから嫌いだ」
 壬生屋と加藤は、同時に笑った。舞と遊びというのは、どうにも繋がらないが、きっと小さいときは もっと別な子供だったのだろう。壬生屋は舞の考え込むような顔を見やった。

舞は考えながら口を開く。
「トルコキキョウはリンドウ科だから青い花も存在する。難しい意味だな。青い薔薇はありえないの意味で、 トルコキキョウの花言葉は…元々の意味は、口の形をしているから、楽しい語らい。あとは……」
 舞は、視線を虚空に走らせた。
「ピンクなら、優美だな。青がなんだかは分からない」

 加藤は、自分のピンク色の髪に花が差されたことを思い出した。
キザな人物であったことを考えると、花言葉まで考えた上でやった可能性はある、と顔を赤くする。

「どんな殿方から戴いたのですか?」
「ちょ、ちょっと、なんで男になるんやちゅうに」
「え、ほんとに殿方から戴いたんですか?」
「ち、違う! あれはタコや、格好いいけど男のうちには入らん!」
「格好いい?」
 壬生屋はあらゆる理論を超越する直感と特定の(主として自分が興味のある)言葉のピックアップと意味の拡大という、 女性だけの特権を活用して加藤を追いつめた。
疑念を打ち払うように両手を振る加藤。
「違う違う、うちはなっちゃん一筋やち!」

壬生屋はえくぼを浮かべてにっこり笑った。加藤から見るとこわい笑いだった。
「なるほど、ではその辺ゆっくり聞かせてもらいましょうか」

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「違う違う、うちはなっちゃん一筋やち!」
 教室にもどってこようとしていた速水は、車椅子を押す手を休めて、その言葉を聞いていいなあと思った。 誰かにそう言われたのなら、どんなに嬉しいことだろう。
そう思って下を見ると、狩谷が悶絶していた。一緒に車椅子を運んでいた滝川は、急に足を止められて向う脛を打ち、 声にならない声をあげている。

「どうしたの? 狩谷くん」
「……い、いや、なんだ。そのすまないが」
「はい?」

 狩谷は、真っ赤な顔を速水に向けて小声かつ早口で言った。
「すごく悪いが、たった今すぐここでないどこかに連れて行ってくれ。ああ、ここでなければどこだっていい」
「え、でも教室に行くって」

 狩谷は速水の袖を握った。
「頼む」

 速水は、少々ふに落ちなかったが、勢いに負けてうなずいた。
この人でも小声の時はあるんだなと、そう思った。

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 教室では壬生屋が顔を真っ赤にした加藤を追いつめている。
舞は面白くなさそうに本を閉じると、加藤を助けることにした。

「男達は遅いな」
「え? あ、本当に。もうこんな時間ですね。先に整備テントに行っているのではありませんか?」
「そうかも知れぬ。いくか」
「ええ」
「う、うちはまだ足りない書類探すから」
「分かった」

 舞は壬生屋を連れ立ってテントに向かって歩き始める。
壬生屋はしばらく黙っていたが、道半ばで想いを口にした。

「青い色の花の意味、ご存知なんですか」

「まあな。何故分かった?」
「貴方が言いよどむのは珍しいと思いました。良きにつけ悪しきにつけ、迷わないのが貴方でしょ?」
 舞は壬生屋の表情を見た後で、また歩き始めた。歩きながら、口を開く。
「……悩んでいない訳ではない。生きる時間が短い分、悩む時間が短いだけだ。……青い薔薇はありえないものの意味。 つまりは我ら芝村だ。芝村が動いている。あの花の花言葉は父の好きな言葉だった。別の花言葉には、警戒という意味がある。 ああいう花を作れるのはラボの人間か、私の父の弟子筋だろう。どちらにせよ、味方だ。姿は現せないが味方ということだ。 また誰かが仕掛けようとしているのか、それを教えようとしているのかも知れぬ」
「動物園、ですか」
「そうだ。我が一族を悪く言う者はいても、我が一族が幻獣の敵であることを疑う者はおるまい。芝村を幻獣が狙っても、 どこもおかしくはないわけだ。それを利用する一族の者もいる、というあたりが真相だろう」
「……大変なのですね」
 気遣うように声を掛ける壬生屋のどこが面白かったか、舞は口の端を少しだけ揺らして言った。

「大変なのは巻き込まれる民衆だ。そのやり方は気に食わない。必ず叩き潰す。私の民衆を傷つけるということが どれだけ高くつくか、身を持って証明させてやる」
「私は、貴方自身のことを言ったのです」
「私にとっては普通だ。故郷と言ってもいい。今ここで、そなたと話す今の私の方がおかしいのだ。陰謀と権力争いこそが 五木瓜の御廉の向うの世界。我が故郷だ。……私を排除するという目的はいい。芝村が芝村を殺すのはよくある話だ。 笑って許されもしよう。だがそれは、民衆を巻き込まぬ前提での話だ。我らの大権が誰の何のためか、教育する必要がある」

舞は、仮面を被り、漆黒の服を着て父の隣に立つ我が身を思った。
今は灰色の制服を着ている。いつかは白い服を着ることがあるのかと考えた。
 壬生屋はそっぽを向きながら口を開いた。舞の話の後半は、完全に無視した。

「貴方は確かに風変わりですけど、でも、ここが似合わないというほどではないですよ」
舞は速水にしか分からないくらいに笑った。
「そなたも、そうなのだろうな」