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 本田、坂上と芳野は、職員室の窓から教え子達の戦いぶりを見ていた。

 滝川機が装弾不良したジャイアントアサルトを捨て、パンチでバルーンを叩き割る様を見ながら、本田は誰に言うでもなく 口を開いた。
「軍隊てのは効率がいい組織だ。あっという間に大量殺害者を育て上げる」
「経験はなかったのですか?」
「大有りだよ。九年前、俺はテレビで戦争の中継見て笑ってたさ。あらあら大変だねえ。なんてな。ところが軍に入ったら 十三週間で一人前になってた。あとはまっしぐら。今の通りさ」

 坂上が黙っていると、本田は口を開く。

「自分の教え子が上達するのを見て、なんで気分が沈むんだろうなあ。俺の教官も、こういう気分だったのかな……」

 芳野は微笑んでお茶を出しながら、言った。
「それだったら、勉強以外のことも教えてあげましょう。国語に英語、文学に歴史。今は役に立たないけれど、いつか、 戦争でないときに必要な時のために」

 それは芳野の持論だった。
 坂上はお茶を受け取りながら口を開いた。

「それは軍から捨てられたひがみですか」
「戦争だけしか知らない頃は、そうでした。でも今は違います。……今は外を知ったから。外を知ったから、生徒達にも 教えたいと思っています」

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 岩田は校庭の隅で、士魂号が雄々しく戦う様を見ている。
そうしながら、彼は病弱だった舞を看病していた頃の自分を知覚した。
もう一人の自分は微笑み、どこか寂しい気持ちでこちらを見ている。

 岩田は微笑み、一際戦果をあげる士魂号複座型を見ながら、一人つぶやいた。

「貴方は最後まで娘が継ぐのを嫌がった。されど貴方の娘はそれを選んだ。剣鈴を取り、古い伝説を従え、白馬に乗り、 貴方の娘であることを選んだのだ。勇気は継がれた。万民を守るのは彼女だ」

 人の決定が世界の選択だと錯覚するときがある。
舞が選択したのか、世界が舞を選んで万民を守らせるのか、岩田は判断がつきかねた。

「それでも、私の記憶では、あの子は弱虫で、いつも泣いている。……花が好きで、貴方は花を育て始める」

 岩田は空を見上げ、寂しそうに笑うと、背を見せてテントの中に戻り始めた。

「ガンプオード、ガンプシオネ・シオネオーマ。サイ・カダヤ……」
(勇気は偉大なり。勇気こそは諸王の王なり。その妻は……)

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 三機の士魂号はそれぞれ膝をつくと、腕を組む善行に従った。
パイロット達、オペレーター達が整列する。
 滝川が代表するように、一度咳払いした。

「どうでした?」

 善行は口元を笑わせた。
「まあ、合格でしょうね」

「やったー!」「やりましたね」
 滝川と速水と壬生屋は手を取って喜んだ。舞は当然といった顔で、何もしなかった。
壬生屋はそれを面白くないと思ったのか、手を伸ばして舞を引き込んだ。

「なにをする!」
「こういう時は喜ぶのです」
「怒りながら言っても説得力に欠けるぞ!」
「そっちこそ!」
 速水は、どさくさにまぎれて、はじめて舞の手に触れた。
速水の表情を、舞は気にしていない。

 ののみが嬉しそうに笑った。
「よかったねぇ」
 髪をかきあげる瀬戸口。
「ま、当然だな」
「まだまだばい。もっと訓練せにゃ」
 中村が腕を組みながらそういうと、滝川は鼻の頭を掻いた。

「そうだな」
「おお、滝川とは思えないセリフ」
「どういう意味だよ。いや、風船割りうまくなっても、実戦は違うんだよ」

 善行は、滝川は動物園で学んだなと思った。
「それに整備の腕も相当悪いみたいだし、前途多難じゃねえの」

 それは貴方達がうまくなったせいですよ。
善行はそう言ってやりたいとも思ったが、結局何も言わなかった。

 善行は考える。もっと訓練をさせねばならない。もっとだ。
僕は怨まれ方が足りない。

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 善行の前でだらしなく喜んでいる彼の部下の姿を見ながら、原はかぶりを振った。
原の目には、善行が優しく笑っているように見えた。自分の部下を見る。

「士魂号の回収を開始して」
そしてむくれている森の肩を叩いた。

「むくれても意味ないわよ。森さん」
「だって、いきなりバカなんて、なったらひどい……」
「共通語共通語」
「あ、はい」
 森は共通語共通語と心の中で唱えた。
「嫌な奴」
「どうしようもないわ。遅かったのは事実だもの。訓練するだけよ。仕事の恨みは仕事で返しなさい」

 原はそう言うと、元気な印象のある少女に声を掛けた。
「新井木さんは滝川機を」
「はあい。でも奴等、結構すごいですよね」
「見た目と中身は大違い。あの男らしいといえば、そうね」

 新井木は目を丸くして小声で聴いた。
「どこら辺が違うんですか」
「とりあえずはパンツの中ね。驚くわよ」
「わー」
 喜んだ新井木を、原ははたいた。

「なんてね。いいから急いで回収してテントに入れて。早速関節負荷を計ってみるわ。それと、今までの故障履歴と 整備記録を用意して」
「何に使うんですか?」
「どうやってうまくなっていったか、知りたいの。それと、彼らの腕がいいことはわかったから、その上で故障が頻発する所を 見る。故障が多発する部分があるなら、そこに脆弱性がありとメーカーに連絡して直させるわ」
「整備履歴でどうやってうまくなったか、分かるんですか?」
「整備は戦車を通して戦争を見るのよ。はやく一人前になりなさい」
「はあい。そう言えば、整備長って七星工業から来たんでしたっけ」
「いえ、そっちから来たのはヨーコさんと岩田君」
「その二人はどうしたんですか?」
「テントで先に待っていると思うわ」

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 中村が無線機を担いで戻り始めると、瀬戸口もついてきた。
隣に並ぶ。

「すっかり善行の犬って感じだな。ええ?」

 瀬戸口の嘲りを、中村は薄く笑って迎撃した。

「俺はプロだ。金と地位で雇われて動き、金と地位のために働く。委員長は俺を出世させた。給料もついでにな。 だったらプロならプロらしく働くまで。金貰う分は完璧な部下として働くさ」

 瀬戸口は皮肉そうに片眉をあげた。
「芝村を裏切るのかい?」
「そっちからも金を貰ってる。貰った分は働く」
「そりゃプロの鑑なことで。だが芝村のほうが実入り、いいだろ?」

 中村はため息をつき、瀬戸口より早足になった。
「……俺の特殊な趣味で俺を雇う奴はいた。俺の特殊な力を目当てで俺を買う奴もいた。だがな、ただの俺を買ったのは あの丸眼鏡が最初だ」

 瀬戸口は立ち止まり、声を掛ける。
「悲しいぐらいの人不足がそうさせたのかもよ」
「たぶんそうだろう。だがおっは、うれしか。ははは。俺は嬉しい。大陸中で聞こえた鬼善行の下、有能な下士官として 戦史に残る。俺達日陰のでき損ないにゃこの提案はたまらんね」

 中村は、自分が軍と日本の忠実にして良き下士官として、格好良く戦死する様を心に描いた。暗い泥の底で 人知れず死ぬよりも、ずいぶんいい死に方だと思う。

「それに俺は、やつらが嫌いじゃない。猫の世話のために血をかぶる芝村のでき損ないも、気に入っている」
「どっちも芝村さ」
「そうかもしれんが、そうでないかもしれん。迷う靴下は匂うが一番だ」