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 狩谷が騒ぎをよそに、教室を見回すと、加藤が何事かつぶやきながら、踏まれる岩田から目をそらしているのに気づいた。
 加藤の優しさを知っている狩谷は、唇をかんで自分の足を呪う。そして口を開いた。

「馬鹿、お前がこんなところに来るから、見なくてもいいものを見るんだ」
「……え?」
「馬鹿だよ。お前。せっかくあんなに頑張ってブーツドクターに入ったのに」
 親が政治家でも高級官僚でもない加藤が、形だけの実戦部隊であって実際は安全な建設工兵に入るのは 大変な苦労を必要とした。

 加藤は狩谷の悲しそうな表情を見て、発作的に営業スマイルをとった。誰からも愛されそうな、優しくて華やかな笑い。
「う、ううん。うち、あの部隊で息苦しかったから、今くらいがちょうどええねん」
 狩谷は加藤の顔を最後まで見られなかった。目をそらして、己の動かない足を呪う。

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 一足早く整備テントに辿り着いた善行は、灯り窓から照らされる巨人達を見上げた。
新しく搬入された2機の単座型士魂号と、練習機から改装された突撃仕様の複座型。

 善行は視線を下に落す。軍隊とは程遠い装備と、思う。

「どいつもこいつも問題児で、未熟で愚かだ……我々は熊本要塞の使い捨ての駒で、戦車は明らかな失敗作だ」

 善行は下を見ながら、つぶやいた。

「だが問題児の集団だから切り捨てられてはたまらない。未熟なのは訓練する。愚かというのは小利口に生きるより美しい。 戦車は、武器は使いようだ」

 善行は顔をあげた。
「規律正しい軍隊には最後までならないだろう。だが日本を守るのは僕の小隊だ」

 積み上げられた92mm弾倉の上に座るブータは、大きくうなずいた。
(そしてワシだ)

 そう思った。

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 善行は、死んだ家族達に祈った。祈る対象としての神をなくしてこっち、彼はいつもそうしてきたのだった。
 善行は決意を拳に込めて手を横に伸ばした。

「よし、はじめますよ」

 その言葉に呼応するように背後の布が跳ね上げられた。
新しい部下にして家族達が続々と入ってくる。

「遅れてすみません。委員長」
「士魂号起動用意。3分でやりなさい」
「ウォードレス着るのに30分は掛かります」
「3分です」

 中村は瞬間的に判断した。手を振りながら言った。
「ウォードレスは首まわりとヘルメットのみ! 人工筋肉はつけなくてもいい! パイロット、急げ!」
「はい!」
 壬生屋と滝川と速水が同時に答えた。舞はうなずいただけだった。

 素早く備品箱にとりついた瀬戸口がヘルメットをとってののみにほうりなげた。
キャッチしてヘルメットをパイロットに手渡すののみ。

 ののみは、舞に渡すときだけ、その顔をまじまじと見上げた。舞はののみの憧れであった。
「がんばって」
「いつも通りにするだろう」

 手早く首当てを装備し、金具を留めながらそう答える舞に、一足先にヘルメットをつけた滝川はマスクをつけながら、 不満そうに言った。
「そういう時は、おう、がんばるぜだろ」
「いつもがんばってるんだよ。だからいつも通りでいいんだ」
「無駄話はいいかげんになさい」

 胴衣にウォードレスヘルメットという異様な格好の壬生屋は、懐からたすきを取り出すと邪魔な袖が落ちてこないように きりりと結びあげた。
 次の瞬間には機体への階段を駆け上がり、機体に身をすべりこませる。

 瀬戸口が走る舞にウインクする。
「今度は小細工はないと思うぜ。心配しないでテスト合格してこいよ」
「この間の借りはそのうち返すだろう」
「おお、そりゃおっかない」

「瀬戸口、無線機は?」
 中村がテレメーターと戦術スクリーンを右手と左手で同時操作しながら瀬戸口をたしなめた。
「あれだけ訓練したんだ。15秒あれば、ぼんくらの俺にだってできるさ」
 瀬戸口はヘッドセットをつけながら言った。目をつぶっても20秒だ。

 ののみはすでにヘッドセットをつけて無線機をチェック終了。交信を開始する。
「まいちゃんあっちゃんきこえますか。ののみですっ」
「聞こえている。ハンガー。プリウォーキングチェック終了。出撃の許可を」
「ハロー、君達のお耳の恋人、タカちゃんです。許可ね。OK」
 瀬戸口は善行がうなずいたのを見ながら言った。

 中村が1番2番4番のレバーを引いた。
「士魂号、ハングアウト」

 3機の士魂号合計40tの重量が、地面に落下した。沸き上がる土煙を目をつぶって避け、土をかぶったまま オペレーター達は唾を吐いて数値を読み上げ始めた。
「落下確認。関節への影響なし」
「うんとね、みんなみどりいろなのよ」
「士魂01、02、04セットアップ。アールグリーン。指揮をお願いします」
「行軍体勢。校庭で展開。戦術ディスプレイに想定されている敵の布陣を表示しました。参照してください」
「とーえいしますっ」
「こちら士魂01準備よろし」
「こちら士魂02ステンディングバイ」
「こちら士魂04ステンディングバイ」
「アールステディングバイ。2分11秒。ああ! 整備ぃ、武器の用意遅すぎるばい」

 呆然と早業に見とれていた森の顔が、中村のさげすんだ声で真っ赤になった。
「……な、なんば!」
「武器を用意するまでが整備の仕事だろうが、ピーナッツ女郎! 20mmだ! 弾は演習弾。急げ!」


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 原の頭に上着を投げて、善行は捲り上げたシャツ姿で、鍛え上げた腕を組んでいた。
丸眼鏡のせいか、土煙の中でも鋭く見開かれた目をとじたりはしない。

「速い……」
「速水くんと芝村さん以外はまだまだですね。僕が3分と言ったら2分でやるべきだ」
 原の言葉を、善行は苦い顔で否定した。
「後で鍛えてやる」

「あの腕でそんなこと言うの? あれだったら普通に練成できているって……」
「いつからそんな腑抜けになったんですか。貴方の部下の動きも悪い。僕のやり方は知っているはずだ。あわせてください」

 善行を見る原は、善行が記憶の中の新品少尉ではないことに、指揮官としてさらに熟達していることに気づいた。 誰からも何一つ奪うことなく、ただ足すだけの指揮官と教育者に善行はなっていた。
日をあびて黒ずんだ肌、大人びた表情、びっくりするぐらい厳しく自らをいじめぬいた身体。一緒に寝た時も、 朝はいつのまにか抜け出して汗と土にまみれていた。
彼は自分好みに部下を鍛え上げたのだ。原は善行の上着を抱きしめながらそう思った。

 善行はやさしく、土煙にむせている狩谷と加藤を見た。
「貴方達は、今日はゆっくり見ていてください。大丈夫です。2週間で同じレベルにまで引き上げてみせますよ。 それができなければ死ぬだけです。そして私は死ぬことを許さない。死んで楽になるなんて、絶対にできないことを 覚えておきなさい」

 眼鏡の下の善行の視線に射すくめられて、狩谷は萎縮した。
「僕でもできるんでしょうか」
「そんなことは生きるか死ぬか関係ない所で言ってください。ここは、それができなければ死ぬところです。そして 死なせはしない。私はそれを好まない。私は理不尽な上官で、ここは私の部隊です。貴方がたに選択肢など、まったくない」

 狩谷と加藤は、顔を見合わせた。

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 怒りに震える森を押しのけて、岩田が踊った。

「フフフ、そういうこともあろうかと三本のジャイアントアサルトを用意しておきました。整備は中々です」
「言うのがおしゃあばあい。バカ」
「それは失礼」

 真面目に頭を下げる岩田から視線を外し、中村はおもしろくなさそうに森を見た。

「フン、お前が一番マシたあ、整備の質も最低のごたるね。俺らが最低部隊いわれとるのは知っとろうが」
「フフフ、まあ、貴方達の入学の成績だけ見ればそうでしょうね」
「だったら悔しく思えよ。そして訓練せえや。国も芝村も俺達落ちこぼれを助けちゃくれんぞ」

 中村は善行を見た。自分を取りたてた分は必ず倍返すと思っている。

「国の使い捨てになって死ぬる運命から俺達ば助けるのは、俺達の変態じみた訓練マニアの委員長と、こいつだけだ」
 中村は次々とジャイアントアサルトライフルを掴み、試射し、フォーメーションを整える巨人達を背に、 背後を指差して言った。

「たるむなや、バカ。3分と言われたら2分でやれ。バカ。お前らのせいで30秒遅れだ。バカ。委員長に言われたら 靴の先でも舐めあげるのがここのルールだ、バカ。お前らのヘタにつき合わされて仲間が死んだら誓って全員銃殺にしてやる。 必ずな」

 瀬戸口が陣形を目視で確認した。
「士魂01、02、04密集陣形組んだ」
「ようし。委員長! 御命令を!」
 中村は大型無線機を担いでヘルメットをかぶった。善行と共に、指揮できる場所まで徒歩で進出するのだった。

 善行は悠然と腕を組んで口を開いた。

「戦車前へ。戦車前進。敵を殺しなさい。一つも逃すな」
「聴いたか、優しい委員長は頭の悪い俺達でも理解できるシンプルで分かりやすい命令でテストしてくれるてばい」
「俺達、それしか訓練してねえよ」
 無線の向うで滝川が笑った。
壬生屋の咳払いも聞こえる。
「他にもありますよ。強行突破に包囲、それに白兵」
「後は蹂躙だ。滝川は全部物騒だと言いたいのだろう」
「そうそう」

 通信機のスイッチを切り、瀬戸口は近づいて来た善行を見た。
「……難易度が低くすぎるかな。マトの数、今の奴らには少なすぎるかも知れませんね」

 善行は自分のあごひげをひっぱった。
「動物園での戦いが士気をあげましたね。戦車への信仰が深まっている」
「さましますか」
「とんでもない。戦車兵が自分の装甲を信じなくなったら突撃できません。いい。そのままでいい。おしゃべりなのは 緊張しているだけです」
「じゃあ、緊張をさまさないとな。では姫、何か一言」

 ののみはマイクのスイッチを入れると、遠足の注意を思い出しながら言った。
「うんとね、えっとね。みんな、かえってくるまでがくんれんなのよ」

 マイクの向うで複数の笑い声が聞こえた。

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 ダミーバルーンとは空気が入った幻獣の形をした風船である。
膨らめば5mにもなろうそれは、練習生にとって様々な敵を演じてきた馴染み深いものであった。
 30を越えるバルーンが自走する台車を伴って校庭に並ぶ。

「敵、防衛ライン上で停止」
「ちゅういしてね。てきはごるちゃん。ちょーきょりほーせんです」

 舞はインジケーターの数字を見ながら口を開いた。
「付近の被害はどうするのだ、善行」
「実戦では幻獣が暴れまわっているでしょう」
「了解した。これより全感覚投入。カウント省略」

 士魂号複座型は背中から噴進弾を連続して打ち上げ始めた。
突撃前に弾を減らし、誘爆の危険性を減らす算段である。

 演習弾が派手に爆発の煙をあげ、校庭をほじくり返しながら、士魂号は密集したまま走り始める。

「弾幕形成。移動弾幕射撃」
「三機の進行方向にスクリーンがはられました。視界不良。敵の攻撃は失敗の判定」
「けむりをおいかけてみんなはしります」

 3機の士魂号は一糸乱れぬ隊形で噴進弾が耕した校庭を疾走した。
「04、弾撃ち尽くした」
「弾幕が切れます」

 弾幕を切り裂いて三機の士魂号が出現する。ジャイアントアサルトの砲身が並ぶ。

 善行はイヤーパットをしながらにやりと笑った。
「撃て」

 轟音と共に風船の一つが消し飛んだ。
三機が一目標に集中打撃を与えたのである。
次いで、その奥、さらにその奥と風船が爆発し、士魂号は幻獣の群れの中にその身をねじ込んでいく。

「乱戦に入りました」

「士魂号散開。各個撃破」
「さんかい!」

 糸が切れたようにばらばらに散開し、士魂号は獲物を狩り始めた。
 至近距離からうちぬき、口のあたりに銃口を突っ込んで射撃し、あるいは跳躍してその脚で頭を叩き割る。