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 士魂号はまるで後ろに目があるかのように幻獣の攻撃を回避してみせた。
 今この瞬間、人間の勘や先読み、殺気を感じる「何か」を組み込んだ人型戦車が出現したのである。そう、ハードウェアに「それ」が結びついたとき、 それは戦場の王になる。

 士魂号複座型は、上半身と首が回避行動を続ける下半身とは別々の方向に回転しながら、個別に敵を追った。その指は引き金を引きつづける。

 ジャイアントアサルトは三本の銃身を高速回転させながら、20mm弾を吐きだした。
近接信管の入ったそれは、幻獣に直撃しなくても至近距離から爆発し、破片と爆風で小型幻獣をなぎ倒し、火を吹かせた。

 約2秒半で銃身の回転が最高になり、銃口から吐きだす弾体の量も跳ね上がる。

 着弾しては爆発する飴色の帯が、蛇のようにのたうちまわりながら、次々と幻獣と周囲の民家を叩き壊した。
 銃口から上がる炎が、走る伝説の巨人に装備された装甲を鈍く輝かせる。


 コクピットの中では、舞が、唇を震えさせた。
「それは、悲しみが深ければ深いほど、絶望が濃ければ濃いほどに、心の中から沸き上がる反逆の誓い」

 そして、伏せていた目をうっすらと開いた。

「あしきゆめよ。そなた達の天敵が帰ってきたぞ。永劫の闇をぬけて」

 速水は舞と心を繋げたまま、その言葉を聞いた。
それはどこかで聞いた言葉であり、同時に舞でない何者かが、舞の口を借りて言った言葉に聞こえた。

 それは煙を上げて灼熱するジャイアントアサルトを投げ捨てて、92mmライフルを手に取ると、幾千万の夜を越えて再び闘争を開始した。

 それは人の心の中でずっと待っていたのだ。それは幻獣の天敵であった。

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 ブータは口の端を笑わせると、新たに洗濯されて生まれ変わったかのような火色のチュニックをはためかせた。円を描く燕神族を見上げ、 口の端を動かした。

 そして部下を引き連れ、銀河を見つめるように天に胸を張ると口を開いた。
「味方は単独で戦っているぞ。武楽器を鳴らせ、戦友を助けよ」


 そして誇り高く、我が種族の名を呼んだ。

「猫神族の誇りを守れ。猫前へ。第一撃。バッツ」


 ブータは、息を一杯に吸い込んだ。そして前を見て叫んだ。力の限り。

「猫前進!」


 猫の群れは突撃を開始した。

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 ブータが走ると、その後ろを、その横を、猫神族が続いた。

 土煙が立つ士魂号の足元を走りまわり、七色の歌で光の防壁を次々と打ち立てる。
防壁は幻獣の侵入路を限定し、その流れを分断し、士魂号の対処を格段に容易にした。

 士魂号複座型は、至近距離からほぼ無照準で92mmライフルをぶっ放した。
小さな鉄弾が恐ろしい密度で放射状に広がる。
 一撃で近距離にいたゴブリンリーダーとヒトウバンの群れが粉々の肉汁に変わり、その屍を蹂躙するように前進した。

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 生き残った幻獣達が士魂号に肉薄する。
 肉薄さえすれば、図体の大きな巨人からの反撃を受けない。それが幻獣にとっての最後の望みであった。


 ブータ以下の猫神族は、声を合わせて歌を歌った。その瞳が一斉に青く輝き出す。

「それは世界の総意により、世界の尊厳を守る最後の剣として、全ての災厄と共に人の心の中に封じられし災厄の災厄。 自ら望んで生まれ出る人の形をした人でなきもの。闇を払う銀の剣。悲しみの中より現れて、絶望を食らう伝説の存在」

 リューンの防壁が立てられる。幻獣が次々と、壁に当たっては光をあげた。
士魂号複座型は、猫の歌声に呼応するかのように次弾を装填し、防壁が破れるのと同時に派手に撃った。戦車随伴兵として猫神族が戦った最初の例である。

 死が量産される。

 伝説の巨人と善き神々は、幻獣の群れの打撃を吸収し、そして真向からの力勝負で粉砕した。

 幻獣の最後の望みを叩き潰し、幻獣の士気を崩壊させて前進する。幻獣達は波を打つように後退をはじめた。

 巻きあがる幻の血煙のその向こうに、士魂号と猫達の影が見える。
 一際大きな猫の影が、高らかに歌を歌った。

「それは、涙の中より生まれでて、限りを超えるために出現する、天に突き上げられし友情の前脚。自ら望んで不思議の側の大河を渡る 猫の形をした猫でなきもの。闇を餌にする最強の獣。涙を飲んで渇きを癒し、我が血で大地を癒すもの」

 ブータは血煙を抜けて幻獣達に告げた。

「絶望する心よ。ねたみそねむあしきゆめよ。汝らを打ち据える宝剣の使徒にして万物の調停者の軍勢が帰還したぞ。姿を変え名を変えて、 されど何一つ変ることなく」

 そして髭を揺らした。猫らしく誇り高く。

「汝らの王、アーに伝えよ。その喉を掻き切るは光の軍勢。ただいまより猫神族は此度の戦いに参戦する。……追撃用意。第2撃 ヘイグ」

 壊走する幻獣に直ちに追撃を開始し、士魂号は、おびただしい死を築きはじめる。

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 血煙の中、燕が一羽飛んでいる。翼を広げ、ブータに並ぶ。

「鳥神族は参戦しないと聞いたが?」
「鳥も一枚岩ではないよ。中にはシオネに恩義を覚えている者もいる。あの可憐で必死な詐欺師の少女の言葉を嘘だと知っても信じる神々も」
「そなたはどうだ」

 燕は嘴の端を動かした。さも面白そうに。

「さあな。だが、死んであの娘に逢えると言うのなら、土産の一つも持っていかねばなるまいよ」
「そうか。わしはわしのいない明日を楽しみに生きる」
「猫らしい」

 燕は竜の鱗をも裂く翼で幻獣を切り刻んだ。古来竜の好物は燕であり、燕は同時に竜を狩る生き物であった。
「大陸では別世界の生物達が広がりはじめている。白鳥神族も雁神族も、渡る鳥達は覚悟を決めるだろう」
「正義最後の砦がある。来るか」
「あのみすぼらしい天幕か」
「そうだ」
 ブータは誇らしげに燕に言った。髭が風に揺れる。

 燕は翼を広げて風を捕まえた。士魂号の跳躍にあわせて高くはね上がる。
「承知した」



第15回(後編) 了