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 三機の士魂号は散開して、それぞれが最小の被弾面積になるように姿勢をとった。
 膝をつくと、上を向くようにのけぞる。
 士魂号で一番装甲が厚いのは胸部前面である。このため、砲弾が上から降ってくるのであればそちらの方に胸を向けておいた方がいいのである。

 この点が、人と人型戦車の運用の違いの一つであった。搭乗ハッチがついている背面は、士魂号にとって装甲が厚いとはとても言えない。

 そして時を待った。その時を。

 3機の士魂号が、戦場に流れる沈黙の中で、完全に動きを止めて待っている。

 遠くに戦場音楽が聞こえる。
悲鳴と砲撃、うめき声の音楽。どうやら弾幕は、前方の味方部隊に対して向けられたもののようだった。
 後続もろとも粉砕するつもりのようであった。


 音楽が、近づいて来る。
 全員が息を飲むその戦場で、一人鼻歌を歌う人物がいた。

 善行である。善行は懐かしい戦場を、近所を散歩するかのように、鼻歌を歌いながら睥睨した。

 優しそうに、上機嫌そうに笑う。
 滝川がその様を見て、善行は鬼だと小声で罵った。
その響きすら懐かしい。善行はゴーグルをかぶると、手を振るった。

 命令あるまで待機。

 戦場音楽が場を包み込む。
 砲撃、砲撃。

 善行は笑って耐えた。口を開けていないと、衝撃波で鼓膜を破られるのだった。

 砲撃終了。弾幕ははるか後方へ。
善行は土煙の中でざらざらする口を開いた。
「軍隊というものが、子供を守る善き組織であることを……」

 誰の声も聞こえない場所で、だからこそ、善行は言った。昔見捨てた、信仰相手に。
「そんな絶望的な嘘が、嘘でもなんでもないことを、僕は証明する。僕の部隊で。お前の力は借りない。借りてなどやるものか」

 煙は晴れた。善行は勢い良く顔を上げた。ゴーグルを捨て眼鏡をかける。
「それでは行きましょうか。皆さん。1、2、3」

 背筋がぞくぞくするような美声で善行は言った。
 その声に打たれるように、三機の士魂号4人のパイロットが一斉にスタンダップスイッチをいれた。照らされる顔、顔。

 善行がその身を戦場にさらした。無線機を担いだ中村がついてくる。

「よく我慢しました。これから幻獣を地獄に叩き返します。戦車前へ。戦車前進!」

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 三機の士魂号は、敵の作り上げた砲撃による煙幕を利用して姿を隠しながら走りだした。
 戦場というものは、地獄の後には一瞬の天国が待っている。戦場における天国とは、殴られて生き残ったら、殴り返すチャンスが あるということだった。

 それを天国と称する時点で、戦争に参加する軍人は全員が狂っているとも言える。

 善行の鼻歌は、戦場の天国が到来することを喜ぶ賛美歌であった。

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 煙幕の中でも、士魂号の目にあたる頭部の二つのレーダー、すなわち捜索レーダーと火器管制レーダーは正確に動作を続けていた。
 速水はクラッペを閉め、舞の言葉を頼りに装甲で作られた闇の中で機体を走らせた。

「捜索レーダー感あり。キメラ6機。距離700。味方も見つけた。距離500。歩兵部隊」
 一番早く敵を見つけたのは、一番脚が遅い複座型だった。単座より大型高性能のレーダーを装備していたのである。

「私の捜索レーダーにもかかりました」
 壬生屋が緊張した声をあげた。
「俺のもだ」
 滝川。

「どうしますか?」
 中村が遠慮がちに、共に走る善行に声をかける。キメラに戦車部隊で戦闘を仕掛けることはしてはならないというのが、最近の戦車部隊の常識だった。
 善行は眼鏡を指で押した。
「構いません。士魂号は前進を続けてキメラを叩き潰してください。スカウトは友軍と接触。タイミングあわせを」
「若宮、了解しました」
「来須、了解した」

「速度をあげます」
 壬生屋と滝川が増速する。
 鈍重な複座型は速度についていけない。しかし、それでも思ったよりも速度差はつかなかった。これは整備程度において複座型が 一番優れていたからである。速水と舞の日々の努力は、こんなところでも結果を出していた。

 士魂号は跳躍。味方部隊の頭上を飛んでいった。

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 戦車の天敵はキメラという幻獣である。
 この、3つの頭とサソリの尾のような尻尾を持つ黒い幻獣は、生体レーザーを武器とし、1匹に付き4門のレーザー射撃を行ってくる。

 レーザーを回避するのは不可能に近く、装甲の厚さもさして役に立たない。
大陸軍国であるソビエトが粉砕されたのも、この種のレーザー兵器と火砲と呼ぶべき生体ミサイルによる火力制圧、移動弾幕射撃によってだった。

 この頃の幻獣は、装甲戦力を持たず、近接戦闘の劣弱をこの種の火砲で補うことで勝利を続けている。

 善行が突入を指示したのは、先の砲撃で人類が駆逐され、その代わりについ先ごろ前進してきたキメラの群れである。本格的な陣地が構成される前に、 敵陣を食い破るつもりだった。

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「速水、全感覚投入用意、カウントダウン、3、2、1」
 速水と舞は戦闘室の中で同時に永劫の星空を夢見ると、意識を失った。
 次の瞬間から、パイロットに代わって機体を動かすのは人型戦車、士魂号M型そのものである。捜索レーダーを作動開始、自動戦闘を開始する。
 壬生屋と滝川も、考えることを士魂号に明け渡した。

 文字通り人間の心を捨てたその兵器は、いや、都合のいい時だけ人を利用するその兵器は、今だ正当な評価をされていない。指揮をとる善行は、 そう考えていた。

 善行は考える。土台、人型の兵器を捕まえて戦車と同じ運用をするから間違いなのだと。
人型戦車には、人型戦車の使い方がある。人型ならではの、殺し方が。
 本人がどれだけ嫌がろうと、善行はこの種のことに関しては突出した才能を持っていた。

 人をもウエポンシステムに組み込んだその士魂と書かれた人型戦車は、地形を武器に、キメラ向きに未だ整地されていないビルの群れを盾として、 次々と移動を開始、最後のビルを跳躍でひとまたぎすると近接砲戦を開始した。キメラたちにあらんかぎりの機関砲弾、戦車砲弾を浴びせ始める。

 1分半で虐殺は終了した。この間に敵の身体に叩き込んだ弾の総重量は、同じ時間の間砲撃を行った120mm戦車砲よりも多かった。
 砲は大きければいいという物ではないという話である。

 士魂号たちは敵の歩兵であるゴブリンやゴブリンリーダーを無視した。
歯牙にもかけない。そのまま、跳躍と走行を開始、さらに奥地に走り抜けていく。

 敵前線の内側で、人類の残党を狩るのに躍起になっている、柔らかく、熟れごろの敵を狩るためである。

 士魂号に見逃され、前線に残されたゴブリンたちも、幸運とは言えなかった。
 今度は来須や若宮に教導された味方歩兵部隊が、これまでの憂さ晴らしとばかりに襲い掛かったのである。ゴブリンにとってはこちらのほうが、 よほど悲惨な末路と言えるかもしれない。

 善行は来須と若宮を招集、中村を連れ、4人で士魂号の後を追い始める。来須と若宮は他ならぬ自分の護衛であった。
 ここから先では、味方歩兵部隊の援護は得られないし、またその必要もなかった。

 土地を奪還してもそこを維持するには戦力がいる。
 増強されたとはいえ、106師団以下の弱小部隊でそれが出来ると善行は思っていなかった。
維持するコストは敵に払わせればいい。善行は思った。
 土地を奪還してみせたという政治的成果よりも、より多くの敵を拘束したという軍事的結果の方が、より望ましい。放棄される九州で、 嫌がらせのために置かれた熊本の役割としては、そちらのほうが理に適っていると考えた。

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 善行は矢継ぎ早に命令を開始する。
「01、02、04に命令。ビルに登った後、捜索レーダーを使用。我々の場所は暴露して構わない」

士魂号101 了解。0029
士魂号102 了解。0035
士魂号104 条件付保留。0083

「士魂号04、保留の理由を知らせよ」
士魂号104より小隊指揮官へ 本機の捜索レーダーがもっとも性能が高い。本機単独での捜索と、3機合同での予想捜索範囲、精度の差異は 添付データ通り。再考を要請する。0084

 善行は転送されたデータを一目見て、許可を出した。さすがは支援機、通常型とは情報処理能力の次元が違う。
「よろしい、士魂号04 単独捜索開始」

 複座型はビルの上にジャンプした。ビルを押しつぶしながら、再ジャンプ。合成開口レーダーの真似事をやってみせる。移動しながら レーダーを使い続け、巨大なレーダードームがそこにあるように情報処理して善行にデータを送り始める。

捜索開始。捜索終了。地図に投影。20時間前の航空偵察の結果と照合。データを転送した。0085

「士魂号04。ただいまの索敵見事なり」
 善行はそう言った。意味は伝わってないだろうが、まあ、同じことを後でパイロットに伝えてやればいいだけだろう。

ただいまの我が機動で敵部隊に動きあり 識別名 ヒトウバン。数、43。接敵まで9分。0086

 ヒトウバンは噛み付くだけしか芸のない幻獣だ。空を飛ぶ分速度は速いが、善行は士魂号部隊には脅威が小さいと判断した。当面無視。 ささやかな戦略目標を達成しようと思う。

「全機移動開始。目標座標はこれより入力する。しまったな」
 善行はつぶやいた。
「いかがなさいましたか?」
 顔をしかめる善行に、若宮は口を開いた。
善行は頭をかいた。口を開く。
「士魂号に我々が掴まって移動できるようにロールバーをつけさせておくべきでした。気分は悪くなるでしょうが、走るよりはいい」

 流石だなと、中村は思う。この戦いはもう勝ったということか。
「この戦いが終わったら整備に掛け合いましょう。現地改造できるはずです」

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 士魂号三機はさらに速度を上げると――弾薬を消費した分だけ、機体が軽くなった――敵の砲兵陣地まで到達した。
 それこそが、善行が摘み取りたかった、赤い果実であった。

 善行は悪魔的に笑った。
 砲兵陣地に並ぶ敵はゴルゴーンという名の、動く生体ミサイル発射台である。
それが10匹もいようか、護衛もつけずに並んでいた。

 善行は無線の先に居る人型戦車たちに語りかける。
「全弾叩き込め。全弾消費して構わない。一匹も逃すな」

 士魂号は砲戦を開始、正確に命令を実行した。

「全機破壊を確認しました。大戦果です」
 若宮は鮮やかな手並みに感心して言った。
 脅威度から言えば、ゴルゴーンの一匹はゴブリン千匹に匹敵する。
 善行はその言葉を無視して口を開いた。喜んだのは一瞬で、次の瞬間には次の戦争のことを考えていた。
「では撤退します。味方の前線の内側まで戻り、補給して再出撃します」

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 しかし、事は善行の思うようにはついに進まなかった。
 後ろから敵前線を突破して友軍前線の後方に逃げ込んだ善行以下の部隊は、そこで補給を受けるための整備班とかなり距離が 開いていることを確認した。

 このくらいの距離ならどうにかなるだろうと、整備班と合流しようと士魂号を動かそうとした善行だが、そこで士魂号のうち二機が、 足回りのトラブルで動けなくなったのである。壬生屋機、滝川機ともに戦闘機動の連続で脚部の人工筋肉の多くが断裂しており、自力歩行は 困難という有様だった。

 5121対中型幻獣駆逐小隊で動ける士魂号は、戦闘開始から1時間ほどで定数4に対して1機だけになったのである。

 実用兵器とは到底思えないその足回りの弱さにぞっとしながら、善行は壁を叩いた。
「1時間の出撃で、損耗率66%……どういう兵器だ」
 まだ戦果を拡大させるつもりだったのにと怒る善行に、中村は笑ってみせた。
「まったく使えないものを、場合によっては使えるものにしただけでも立派ですよ。味方部隊のところにたどり着くまで脚がもっただけ、 感謝せにゃあならんでしょう」
「それはなぐさめですか?」
 善行はたずねた。
中村は首を振って苦笑いした後、なぐさめですよと思いながら口を開いた。
「俺達は初陣です。まだこれからだって、戦うチャンスはありますよ」


<第18回 後編に続く>