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 来須は、士魂号用の20mm弾のチェックをしていた。
 ウォードレスを着用し終わり、弾薬集積所の前を通りかかったところ、森と新井木が必死に仕事しているところを見て、図らずも手助けすることに したのである。森が、お願いします、5分だけ、5分だけ見ていてくださいと言ったのだった。

 おりしも、足元を兎が旅していて、来須は悪い夢だと思った。
 気にせず仕事することにする。思ったより不良弾は多く、次々と不良弾入れに不良弾が投げ入れられた。
 その横のチビ、新井木は顔を腫らし、時折顔をしかめ、腹を押さえていた。顔色が悪そうだった。
 一方新井木は、うわぁ、外人だと思った。頭の悪そうな=人のよさそうなヨーコと比べれば、はるかに頭がよさそう=厳しそうで、緊張する。

 来須は横目で新井木を見ると、太い腕を伸ばして弾帯から一発の砲弾を抜き取った。
「この弾は不良だ」

 来須は少しだけ目を見張った。チビは、おびえている。
 そうか、それで殴られたのだな。
来須は嫌なものを見たとばかりに帽子を被りなおした。その種の行為は、趣味ではない。

 そして言った。
「気にするな。俺は殴らない」
「……あ、ありがとう」
 ありがとうございますだろうと来須は思ったが、それ以上は何も言わなかった。
個人や無知を怒るよりも、舞は制度に怒っていたものだ、と思う。
 俺よりも何年も後に生まれ、それでいてそんな見識を持つ舞は、やはりすごいのだろう。そして、ここの女と比べるのが悪いのだろうなと思った。

 遠くに列を作って行進していく猫を見て、無視する。今日は悪い夢が多い。
 チビは礼を言いながら、近寄りもしなかった。顔を見れば、本当に震えているように見えた。来須は帽子を被りなおす。俺はまだ、修行がたりない。
「俺は殴らない。武は、そういうもののためにあるわけではない。武は、暴力と違う」

 そう言った後、来須は帽子を取って新井木を見た。
「大丈夫か?」

 ここに来て新井木は、不意に自分がひどく大切にされていることに気づいた。
はじめて馬鹿にするのでもされるのでもない関係があることを知ったのだった。
「は、はい!」
 新井木は返事した。

 来須は見事な金髪を振ると、優しく聞こえなくもない声で言った。
「もう少しで終わる。その後に休め」

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 結局25分を大幅に超過した森は、来須に新井木の監督を頼みこむと、急いで速水の所へ走った。
お守りを渡してやりたかったのだった。出来るならなにか言葉を交わしたいとも思った。

 だが、遅かった。
 士魂号たちはすでにパイロットを組み込んで立ち上がっており、森の横を通り過ぎて行った。

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 善行は中村を引きつれ、懐かしい戦場へ歩き始めた。宮石に敬礼する。いまや民間人である宮石は頭を下げた。宮石は連れて行けない。 片腕だったし、そもそも戦闘行為を、元軍人であっても民間人が行うのは犯罪であった。

「出撃します。全機徒歩行軍。弾薬は2基数分。東原、瀬戸口は整備とともに後方で待機」
 大きな無線機を担いだ中村は声をはりあげた。
「全機徒歩行軍!」

 手信号にあわせ、士魂号たちが立ち上がる。
ゆるやかに歩いてくる。

 101壬生屋機は超硬度小剣と、ジャイアントアサルトこと20mm機関砲装備である。
 102滝川機は92mmQFライフルと予備弾薬庫。
 104速水・芝村機は92mmQFライフル、20mm機関砲をそれぞれ装備し、さらに一本だけ試作された超硬度大太刀を持っての進軍である。

 都市迷彩と増加装甲をとりつけた士魂号の側面にはそれぞれの機体の番号、太ももには士魂、さらに青地に猫のエンブレムが肩部に描かれている。 国籍マークはその反対側である。

 103号は、最初からなかった。戦車小隊は4機が定数だったが、部隊の整備能力から考えて、一機、つまり指揮官機なしで、戦うことにしていた。

 だから善行は、徒歩である。
そして僕は地面を歩くのがお似合いなのだと、自分を嘲笑った。

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「全機徒歩行軍! ご無事で!」
 原はそう言うと、機体たちを見送った。
 整備員達が一斉に敬礼する。軍の伝統から言えば帽振れといきたかったが、整備兵には十分な数の帽子も与えられてはいなかった。

 森はお守りを握りしめ、近所の神様に速水の無事を祈った。
あんなに気弱で優しそうな人が、なぜ戦争に行くのだろうと思った。

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 同時刻。

「探したぞ、ナニやってんだお前は?」
 若宮は駆け足のまま、20mm弾薬の仕分けを終わった来須に言った。
「手伝っていた」
「馬鹿野郎、もう出るぞ。俺達スカウトが戦車より先に出ないで、格好がつくか」
「分かっている」

 来須は帽子を被った。立ち上がってチビの新井木を見る。
 新井木が来須に話しかけるより先に、来須は若宮から巨大な40mm対空機関砲を受け取ると、とんでもない距離を跳躍し、士魂号を追って 移動を開始した。
 若宮が続く。跳躍、跳躍、ダッシュ。

 スカウトは瞬間的に戦車より速度が出なければ話にならない。
 二人が装備するウォードレスは、装甲を減らした狙撃兵(歩兵)用の互尊であった。

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 瀬戸口は遠ざかっていく機体を見ながら、無線のスイッチを入れた。
明るい声を作る。
「はーい! 皆さんのお耳の恋人、瀬戸口くんでーす」
 ののみは素でころころと笑った。
「えっとねー、ののみですっ!」
 瀬戸口は優しく言った。
「緊張しなくても大丈夫。速水、俺が色々、教えたろ?」
 ののみはガソゴソ。横を向いたらしかった。
「どんなの?」
 瀬戸口はしばらく黙った後、声を出した。
「うん? あー。まあ、大人になってからな。はは」
 ののみは、ののみにしては力強く言った。
「がんばって。死んだらめーなのよ」
 滝川がマイクを入れた。
「へっ、そっちこそ。護衛ないんだから、ちゃんと逃げ帰れよ」
 瀬戸口は笑った。脳裏に、泣いて走っていく壬生屋の姿が浮かぶ。
あれが俺の見た最後の姿だったら、俺は何年も夜うなされるなと思った。
「それがそうもいかないんだな。お前さんたちのポンコツの故障状況は、俺たちがモニタリングしないとな。ナビもいるだろ? 中村だけじゃパンクして しまう。ま、とにかくがんばれ。死ぬなよ」

 狭い戦闘室の中で聞く瀬戸口の声は甘く優しく、壬生屋はそれが軽薄に聞こえて嫌だった。時々見せるどうしようもない本気の目と、この軽薄な嘘声は、 どちらが本当だろうと思う。
 そして、腹を立てた。

 壬生屋は無線の入力をONにすると、マイクに声を入れた。やはり我慢がならない。
「委員長、どちらに行くんですか。敵は2時方向だと思いますが」
 善行は中村からヘッドセットをもらうと、耳にかけた。
「我々はそこをすりぬけて、もっと敵陣が薄いところに移動します」
「なぜですか? 我々こそは厳しいところに立つべきではないのですか?」

 善行は、装甲が厚くて信頼性のある戦車ならそうですねと思った後、マイクのスイッチを入れた。善行の部隊に与えられた戦車は、戦車とは名ばかりの、 車輪すらついていないものだった。

「ここから2km前方で、3人の子供が逃げ遅れています。我々はまず民間人を守るという前提に立ち、その子たちの救出のための時間稼ぎを行います。 敵陣を突破して、敵のゴルゴーン部隊を叩き潰して脱出路を確保します。そのためには敵陣の薄いところに移動しなければなりません」

 一呼吸置いて、善行は口を開いた。

「味方の命も大切だが、もっと大切なものがあります。壬生屋十翼長、我々が守るべきものは何だ?」
「……市民です」
「不十分ですね。中村十翼長。壬生屋くんに教えてやりたまえ」
 善行は中村に言った。
「はっ!我々がとりあえず守るべきものは我々の命であります!」
 大声で言う中村。
 善行は口元をゆがめた後、言葉を続けた。
「それ以上となるとどうだろう、我々が傷つくリスクを負ってでも守るべきものは?」
 中村はよどみなく言った。
「市民の安全と財産であります!」
 善行はうなずいた。
「なるほど、だがそれでも、軍隊というひどく身内に優しい組織は、我々に死ねとは言わない。いいか、我々は傷ついてもいいかも知れないが、 我々が市民の軍隊である以上、我々が死ぬのも市民が死ぬのも、同じことだからだ。……だがそれでも、なお我々が進んで死なねばならない理由とは なんだ?」

 中村は微笑むと、新兵の頃から何遍も繰り返した言葉を口にした。
「それは正義です。……この国に正義があることを証明し、それを守るそのためには、我々は犠牲を仕方ないものとして受け入れます」

 善行も微笑んだ。20の時から何度もつぶやいた言葉を。
「正義というものを僕は見たことがない。君もないだろう。それを身近に感じたことがないなら、それはきっと、今までの君の人生は幸せだったのだ。 正義は、幸せな時を生きる時には我々をそっとしておいてくれる。だが壬生屋十翼長、覚えておきなさい。我々が正義の御名を思い出すときには、 正義の実在を信じるその時には、誰かが不幸になっていて……」

「我々は何がどうあっても、それだけは守らねばならんのだ。たとえ友軍を見捨てて、我々自身が突撃してことごとくくたばってもだ!」

 そして不意に優しく言った。
「我々は戦う必要がある。これより10分後に戦闘開始。最後の一人までことごとく敵と戦って死ね。持っている全ての戦術を駆使しろ。 敵戦線を越えるのだ」

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 善行はマイクを切った。パイロットとは別の秘匿回線で、瀬戸口が無線を入れていることに気づく。チャンネルを切り替えた。

 瀬戸口の声は冷たい。
「子供の話は嘘ですね」
 善行は笑った。
「ええ。嘘です。ですが兵には、国家とか、英雄とか、弱者とか、己の命をかけるに足る幻想が要ります。それは例えば、架空の子供でもいい。 ……それがなければ、死ねません。まして職業軍人でなければね」

 瀬戸口は、善行が壬生屋を殺したがっているように感じた。
自分が一番壬生屋を泣かしている分際で、この男は善行の仕打ちに本気で腹を立てていた。
「……俺は、あなたのことを死ぬまで軽蔑しますよ」
 心配そうに見上げるののみの頭に手を置いて、瀬戸口はそう言った。

 善行は深夜の茶飲み友達を一人なくしたことを残念に思ったが、だからといって自分の決定を覆すことはなかった。瀬戸口よりも冷ややかに、 言った。
「結構。そういうことには、慣れている」

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 瀬戸口の次は舞だった。こちらは共用回線である。
「委員長、本機の捜索レーダーに感あり。生体ミサイルである可能性が高い。今、対砲兵レーダーモードに切り替えた」

「どうです?」
 善行は言った。
「移動弾幕射撃だ。こっちに来る」
 士魂号複座型突撃仕様のガンナー席に座る舞は、レーダースコープを覗きながら口を開いた。
「肉眼で煙を確認」
 こちらは前席である操縦席の速水。視察用クラッペを見ている。

 移動弾幕射撃とは、幻獣が歩兵にあたるゴブリンの前進支援や、防御のために行う砲撃のことである。大量の弾体を消費する、 幻獣の得意戦術の一つだった。

 善行は思い当たる可能性を尋ねてみた。
「我々の存在に気づいているようですか?」
「ありえない。こちらの方が先に捕捉するはずだ」
 舞の返事。
 それはありがたいと思いながら、善行は口を開いた。
「退避可能ですか?」
「無理だな」
 これもすぐ答えが帰ってくる。
 善行は皮肉そうに笑うと、命令を発した。
「なるほど。では防御体制に移行します。全機散開。砲撃防御」